第18話:呪いと占い②
「あのね、この前作楽ちゃんに勧めてもらったタロットカードも、物凄く評判で……」
頬を赤くさせながらカウンターへと詰め寄る自分より年長の少女の話を、作楽は椅子にもたれかかりながらふむふむと聞いた。
二人の風貌からしてその光景はまるで倒錯的だ。
しかしながらここ万来堂においては、「客」と「店主」というお互いの立場がそれを許容していた。
「もう最近は、毎日依頼が入って凄いんだよ! 全部作楽ちゃんの選んでくれた子たちのおかげ!」
「いやあ、それはルカリンの功績だよ。道具はきっかけか、味付け程度のものでしかない」
「でもみんな、このカードのこと褒めてて……」
作楽は終始同学年以下の相手に対するかのようなノリで接しているが、瑠架がそれを気にすることはない。二人の関係は「万来堂」のその雰囲気の中で、完全に対等なものとして位置づけられていた。
「うーんとね……」
肘掛け椅子で左右にくるくると回りながら、作楽はどこか遠くを見るように視線を投げた。
その先に何があるのか気になり瑠架もそちらを向いた。けれども、そこにあったのは頼りない薄光をこぼれさせる白熱灯だけだった。
「周りから見て道具が凄いように映るのであれば、それは使っている人が凄いということなのだよ」
「……?」
「あはは」
とうとう腰元までをも大きく傾けて、大げさに困惑するようなポーズを見せた瑠架に、作楽は胸元でその手を組みながら話を続けた。
「グローブにしろ、ギターにしろ、『○○モデル』なんて物があるよね。他にも、その道の一流の人が使った道具と同じ物が途端に売れることがある」
「えと……うん」
思い当たる節があり、瑠架はおずおずと頷く。
クラスメイトの会話でも「この化粧水は○○さんも使ってて~」などというくだりを耳にすることは、全く珍しいことではない。
「道具は道具なのにね。グローブはボールを取るだけ、ギターは音を出すだけ」
「……」
「ファインプレーもベストセラーソングも、生み出すのは道具じゃない。それを使う人間なんだよ」
瑠架は黙って作楽の瞳を見つめた。
一体どのような意図を持ってその言葉を放っているのか、その真意を探るためだ。
作楽の言った言葉は、一見瑠架に対する賛辞とその解説のような体裁を保っている。しかしそこには、大いなる皮肉が込められているように瑠架は感じてならなかったのである。
今ここで彼女の言うことにあっさりと頷いてしまったら、自分は彼女の皮肉に賛同したことになってしまうのではないか。
教室で日々すれ違うクラスメイト。連日自分へ相談に来る女子生徒達。それらの顔が瞬時に脳裏に浮かんでは消えていく。そして何となく最後に、心の中には疚しさが走る。
作楽の瞳は、感情を移さぬ灰色だ。その真意をそこから掻き出すことは難しそうだった。
瑠架は結局定めきれないあいまいな感情のまま、コテンと首を倒しながら言葉をかけた。
「あ、ありがとう……?」
「うん、どういたしまして」
作楽はその笑みでもって灰色の瞳を瞼で隠し、カラカラと笑った。
瑠架が今日万来堂に訪れたのは、新たな占い道具を求めてのことだった。
だが、その目的を聞いた作楽の眉が苦々し気に曲げられ、瑠架は不思議な気持ちでそれを眺めた。
作楽のイメージとはずいぶん違った態度だった。これまで買いたいものを伝えれば、嬉々として商品を店のどこかから取り出してきて、説明する言葉が止まらなかったのが万来堂店主代理の姿だ。
「占いグッズ、もう置いていないの?」
「いや、あるよ。うん……」
恐るべき事態が脳裏に浮かび、確認の意を込めて瑠架が尋ねる。
あっさりと否定されまた作楽の眉が曲がった。
「もの凄く、高い……とか?」
「いや安い……むしろ掘り出し物なんだけど……」
難しい表情のまま、作楽はすぐ横の棚から小さなポーチを取り出した。
淡く光沢のある、濃い群青色のポーチがカウンターに置かれると、中から「チャラチャラ」と小さな粒がこすれ合うような音が聞こえてきた。
その音だけで袋の中身を察した瑠架が、浮き上がるような心ごとその場でぴょんと跳ねる。
「これって、もしかして……!」
「うん。ルーンストーン」
ポーチを開け、作楽がその中身をカウンターの上に広げていく。やがてそこには、若干いびつな楕円形といった風情の石が25個並べられた。
親指の先より一回り大きいくらいのサイズに揃えられた石の表面には、一つの石に一つの文字が刻まれており、それが24種類及び無地の石が1つあった。
薄桃色に透き通った石一つ一つを手に取って眺めては、瑠架はその瞳を輝かせた。
「ルーン文字一つ一つの意味で占うルーンストーン……通販以外で全然見当たらなくて、ずっと欲しかったやつ!」
「そうそう、ルカリンがそんなこと言ってたから、丁度つてがあって入荷できたんだけど……」
興奮を抑えきれない瑠架に対し、作楽の態度は相変わらず怪しいままだった。
初めは現物を目にした感動のあまり盲目的になっていた瑠架も、ここまであからさまな態度を示されてしまってはそのおかしさに気付く。
不審な気持ちをそのままに、作楽へと疑問をぶつける。
「このルーンストーン、何か問題があるの?」
「実はね」
聞かれるなり作楽は無地になっている石をひっくり返すと、その裏側を指差して瑠架の目の前へと持って行った。
急激に物体との距離が近づき、一瞬ぼやけた視界がゆっくりと焦点をつなげる。クリアになった瑠架の視界には石の表面があり、そこに小さな傷が入っているのが確認できた。
「この
「え、これだけ?」
「うん、まあ」
キョトンと拍子抜けする瑠架。なぜならば彼女は、もっと恐ろしい事態まで想像していたからである。
顔色を無表情へと戻した作楽が、片法の手のひらを掲げパーを作った。そこに片方の手の人差し指を一本付け加えた後、またパーを作る。
「訳アリ品ということで、税込み650円」
「安い!! 本当に掘り出し物じゃない!」
値段を聞いて瑠架は更に驚いた。
どう見たって天然石由来のそれは、通販で買うならば3000円以上は下らない品だった。それが少しの傷があるというだけで半額以上の値下げというのは、瑠架からしたら運命の出会いのようにしか思えなかったのだ。
すぐに瑠架はカバンから財布を取り出すと、迷うことなく500円玉に100円玉と50円玉を一枚ずつ添えてカウンターへと滑らせた。
「買う、買います!」
「まいどありー」
硬貨と引き換えに品物を受け取った瑠架は、改めて石を手に取って店内の照明にかざして見た。若干半透明に透けている部分が光を通し、石の内部で拡散してキラキラ光っている。
しばしうっとりと眺めた後、石をポーチにしまいながら瑠架は何げなく呟いた。
「作楽ちゃんがあんなに言うから、呪いでもかけられているんじゃないかと思ったよー」
「あははは、そんなもの売る訳無いよ」
「だよねー」と満面の笑みを浮かべ、瑠架は薄暗い店内から出た。
既に日が傾き始めているとはいえ、斜めから差し込む日光に瑠架は目をくらませる。
くらっとした視界の中で何となく振り向いた万来堂。既に店の外に出てしまった瑠架には薄暗闇でしかない店の中は、もうすっかり窺い知ることができない。
瑠架は行きよりもほんの少し重たくなったカバンをウキウキ気分で抱えながら、細い路地へと曲がっていった。
「……世の中にはね、気付かないなら気付かないままの方が良いことの方が多いからね」
店内からスッと顔だけを出した作楽が、その背中を視線で追ってポツリと呟いた。
それからというもの、瑠架の占いの評判は留まることなく校内に広まっていった。
初めは一部の女子からの恋愛相談が主だったのが、だんだんと普段ほとんど関わりのない女子生徒までもが相談に来るようになり、さらにはその相談内容も多岐にわたっていった。
『最近家族の中が良くなくて……私どうしたらいいんだろう』
『将来なりたい夢を、このまま追い続けていいのか不安で……』
『すっごく大事な友達からの手紙無くしちゃって、どこにあるのかな!?』
真剣な表情を浮かべて悩みを打ち明ける彼女たちに、瑠架はポーチからルーンストーンを引いてはその文字が示す意味を代弁していった。
「
「
「
瑠架の言葉は、決して端的な解決法を示しているものではなく、あくまでルーンに込められた意味を相談内容に合わせて解釈しているだけだ。
大事なのは、受け取り手がその言葉にどのような光明を見出すかなのである。
瑠架の占いを受けたものは、みんな一回は目を丸くして首を傾けるものの、何かに思い当たったようにすぐパッと表情を明るくさせる。そして瑠架にありがとうと言葉をかけて去っていく。
その後、彼女たちから進捗がどうなったのか話を聞くことは無い。もともと瑠架の友達でも何でもない子たちである。
それでも瑠架は、自分の占いがどこかで役に立っていることを想像するだけで満足だった。
やがて瑠架の占いフィーバーは、何の臆面もなく男子が相談にやってくるほどまでに市民権を得ていった。
ある日の昼休み、自分の目の前に学ランを来た男子がドカッと座った時、瑠架は驚きの表情で傍らの花音を見た。
花音は表情を曇らせ、首をフルフルと振って言った。
「どうしても占ってほしいって、しつこくて……」
初めは男子を占うという行為に、文句の一つでも言われるのではないかと恐怖を覚えていた瑠架だったが、実際はそんなことはなく男子たちは大人しいものだった。
みな真剣に占いの結果を受け止め、仰々しく頭を下げていくものがほとんどだった。
思えば瑠架の中での男子のイメージは、まともな関わりのあった小学生低学年の時点で止まっていたので、これまでずっと同じ教室に男子はいたというのに、瑠架は目から鱗が落ちるような気持ちだった。
そうして、「瑠架先生の占いなんでも相談」は、
そんなある日、その事件は起きた。
ある日のお昼休み
その日は連日押し寄せる依頼のせいで碌に休憩をとることもできない瑠架へ、花音が気を使って設けた占いをしない日。「定休日」であった。
学校が普通にある平日だというのに「定休日」であるという矛盾めいた響きに、初めてそれを聞いた時には瑠架と花音はしばらく笑い合った。
週に一度訪れる、瑠架にとっては久々にひっそりと過ごすことができるお昼休み。
瑠架は図書室にでも行こうかと一人廊下を歩いていた。
その背中に、よく通る男子生徒の声が掛けられた。
「ねえ、園宮さんってきみだよね?」
「は、はい……!?」
瑠架は驚きに言葉を失ってしまった。
振り返った瑠架を正面から出迎えたのは、すらりと高身長な体躯に爽やかな笑顔が印象的な、いわば「学校のアイドル」とでも称されるべき有名な先輩だったのである。
当然瑠架とは面識もなければ、声をかけられるような謂れもない。
一体何事かと、中途半端に振り返った姿勢のまま固まってしまった瑠架へ、その先輩はツカツカと歩み寄り、その肩にそっと手を置いてきた。
「……っ!?」
それだけでも、男子どころか対人の接触免疫が碌にない瑠架の顔がぼわっと熱くなる。
悲鳴を上げることもできずに慄いている瑠架を気にする様子もなく、その先輩は熱い視線を向けて言った。
「俺のこと占ってくれないか。どうしても頼みたいんだ」
「ふぇ……?」
漏れ出た声を肯定と受け取ったのか、先輩は瑠架を見下ろしニコリとほほ笑んだ。
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