第16話:すり替わったポイ捨て エピローグ
「おい転校生!」
事件解決の翌日、朝。
自分の教室への階段を上っていた映理は、背後から響いた自分を呼ぶ声に振り返る。
階段の下から自分を見上げていたのは、事件の当事者、今村加奈だった。
階下から視線を向けられているためか、上目遣いのその形相にはまるで睨まれているような気がして、映理は身構える。
「……なんか用」
「事件の謎、解いてくれてサンキュ」
思いがけない素直なお礼に、映理は言葉を返すこともできずに固まってしまった。
加奈の方も気恥ずかしくなったのか、そそくさと階段を上っていき、やがて映理の横を通り過ぎていく。
「……法月にも言っといて」
「あ、ちょっと!」
すれ違いざまにボソッと聞こえた加奈のつぶやきに、映理は体の硬直が解けて、反射的に声を上げた。今度は先ほどと逆の立ち位置となった加奈が、映理を見下ろしながら振り返る。
映理は努めて、睨んでいるような格好にならないよう首の角度を上げて言った。
「そんなの……自分で言いなさいよ」
「無理。アイツに礼なんて、死んでも言うか!」
そのまま逃げるように去って行ってしまった加奈を、映理は呆然と見送ったのだった。
「でも、残念だったなー私」
教室に着いて荷物の整理をしていると、友莉恵が寄ってきて映理の机にぐでーっとへばりついた。何やら事件のことについて話しているようであるが、朝の準備の邪魔なので手で押しのけながら、映理は適当に返事を返す。
「何がよ」
「だってえ、今度こそ見られるかと思ったんだもん。二人が『犯人はお前だっ!』ってカッコよく犯人を暴くところ」
「なによ、それ」
頭の中でその風景を想像し、映理は失笑してしまった。
作楽と横並びになって、同時に一人の人物に向かって指を差す姿……あまりに現実感に乏しい一枚絵である。
「ゆりえってぃーは、今回の事件が誰かの仕業であってほしかったわけだねー」
「邪魔よ、さくら餅」
いつの間にか登校してきていた作楽も、ランドセル姿のまま友莉恵と同じように映理の机にへばりついていた。映理は、先ほど友莉恵を追い出した時よりも気持ち乱雑に作楽を追い出す。
それを少し寂しそうな目で眺めた後、友莉恵は立ち上がる。
「そ、そういう訳じゃないけど」
「ポイ捨ての犯人なんて特定することなんてできないし、その行為に意味は無いよ。もしそうしたいのであれば、社会にいるほぼ全員が容疑者であり、そのほとんどが犯人なんだからね」
「作楽ちゃん、意地悪……」
すっかりふてされてしまった友莉恵と、なぜ友莉恵がそうなっているのか分からず首をかしげる作楽。二人が映理を挟んで剣呑な雰囲気を作る。
――朝っぱらから勘弁してくれ。
映理がどうしたものか困惑していると、丁度その空気を打ち破るかのように、乱暴なドアの音とともに担任の安江繁子が教室へと飛び込んできた。
その剣幕に、一体何事かと教室の全員が顔を上げる。
繁子は、息を切らしながらヒステリックに叫んだ。
「この前話をした公園に、また空き缶が大量に捨てられていたそうですよ! 地域の人から通報が入りました。昨日公園には五年生ぐらいの子供たちがいたと!!」
「あ」
涙さえ流しかねないほどの熱量で「まさかこの中にはいませんよね! 先生言いましたよね!?」と語る繁子の声に埋もれるように、映理と作楽がつぶやく。
「缶片づけとくの忘れてた……」
「あははー、やっちゃったねぇ」
あの髪を振り乱した、山姥のごとき迫力を見せる繁子に自分の罪を告白する……?
考えただけで恐ろしい。
一体どうしたものか。映理と作楽は友莉恵の方を見た。
彼女は被害者だ。何せ、昨日トリックの証明をした後、用事があるから帰らなくてはと慌てた友莉恵を「片づけは自分と作楽でやっておく」と見送ったのは、他ならぬ映理だったのだから。
「は、は……」
「友莉恵?」
二人からの気まずそうな視線を正しく理解した友莉恵は、顔をサーと青くしたかと思うと、その右腕をぶるぶると震わしながら高く振り上げた。
初め二人は、彼女が繁子に対して挙手をしているのかと思ったが、それは違った。
なぜならそのさきにある手は人差し指だけがピンと伸ばされ、今にも何かを指差すための形を取っていたのだ。
そして意を決した友莉恵により、その指先は真っ直ぐ二人へと指し降ろされた。涙目で、口は震え、彼女が理想としているそれとは全くかけ離れてしまっている情けない格好だ。
しかしそれは間違いなく、罪人を告発する糾弾者の姿だった。
「はんにんは、お前だ……っ」
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