第11話:ご利益の代償 エピローグ
「ごべんねえ゛……えりぢゃん、わたじ……ごべんねえ゛ぇ」
「もういいって……私も言い過ぎだったし」
二時間目が終わって長い休み時間が来ると、皆の切り替えは早いもので、もうすっかり教室の雰囲気はいつも通りに戻っていた。……ただ一人を除いて。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらひたすら謝罪を口にする友莉恵は、二時間目終わりのチャイムが鳴ってすぐ映理のもとに駆け込んで以来、ずっとその調子である。
結局のところ彼女もまた、つい大石作の粘土作品を触ってしまった生徒たちの一人にすぎなかった。容疑者を庇っているように見えた彼女の振る舞いも全ては、自分もルールを破ってしまっていた疚しさから出た行動だったのだ。
映理は必死な友莉恵の謝罪をぶつけられながら、どうしても居心地が悪く感じてしまう。映理とて、とんだ思い込みで友莉恵に暴言を吐いてしまったという後ろめたさがあったからである。
「グス……グス……、で、でも流石映理ちゃんだよね。私も隠れて触ってたってこと、すぐに気づいちゃったんだもん」
「あ、あれはっ」
――何が助手役よ。あなたなんて、正義の味方になんか絶対になれない――
映理が激情に任せて言った言葉を、友莉恵は見事に誤解していた。それが、映理の歯切れがどうしても悪くなってしまう理由だ。
――説明した方が良いのだろうか……でも流石に今更過ぎないか?
映理が心の中で葛藤しているうちに、友莉恵の涙は何とか収まったようで、次なる話題は映理のすぐそばに控えている作楽へと移り変わった。
「法月さん、また学校に来るんだね! 私うれしい!」
「うん。私もうれしいよ。うれしい」
「……?」
友莉恵に対する作楽の態度がおかしい。映理はすぐにそう感じた。
笑顔は笑顔のままだが、明らかにそれは作楽の顔の表面に張り付いている。ここまで感情を灯さない笑みを浮かべる作楽を、映理は見たことが無かった。
「作楽、あんた何かおかしくない?」
「エリリン、私は何もおかしくなんてないよ?」
そしてその無機質な笑顔は、次に友莉恵が言い放った言葉により完全にその色を失う。
「法月さんも、流石の名推理だったね! 私、今日からまたどしどし依頼調達してくるから!」
「依頼調達?」
何やら不穏な気配を感じる言葉に、映理が疑問を呈した。
友莉恵は実に生き生きとした表情で興奮気味に語り始めていた。
「うん! あ、もちろん映理ちゃんにも……え、ちょっと待って、もしかして今日からは法月さんと映理ちゃんとでダブル探偵活躍譚が繰り広げられちゃうの……? やだ、あたし興奮しすぎて死んじゃうかも!?」
「ちょ、ちょっと穂高さん?」
「うわーうれしいなーエリリンがんばろうねー」
慌てる映理に対して、無表情で無感情の言葉を漏らす作楽。
何の抵抗も見せずに友莉恵の妄言を受け入れようとしている作楽に対し、映理はその胸元を掴むと抗議の意を示した。
「ちょっと、訳わかんないこと言ってないで否定しなさいよ!」
「無理だよ、諦めなエリリン。彼女は一切合切こちらの言い分が通用しないタイプの人類なのだよ」
振り返り、友莉恵の様子をもう一度観察する。くるくる回りながら瞳に光を宿し、ブツブツブツブツと妄言を吐き続けている様はたしかに尋常のものではない。
作楽が、がっしりと映理の肩を掴み返した。
「エリリンと一緒なら、被害も半減だし耐えられるかなって。よろしくね、探偵一号!」
「誰が一号だ! ……あんた、『私がいるなら学校に行けそう』ってそういう!?」
友莉恵の口から漏れ出続ける不可解な文字列が、彼女の目に見えている今後の学校生活を如実に示し続ける。
「法月さんが推理して映理ちゃんが解決して私がそれを手伝って見守って支えて皆が二人のカッコよさにひれ伏すの。うふふふ、夢みたいだわあー」
「嫌あああああああ!!」
輝く瞳で虚空を眺めている友莉恵には、どこまでも輝かしい理想的な未来が見えているようだ。
なのにどうしてか、眼前で死んだ目をしている作楽にしがみつかれている映理には、幸せな未来が見える気がしなかったのだった。
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