第21話:呪いと占い⑤

万来堂のカウンターに広げられているルーンストーンを一つ取り、作楽は灯りにかざして見た。


表側にも裏側にも文字の刻まれていない、少しばかりの傷がついた石。未知ブランクのストーンだ。


「うむむむ……なるほどなるほど。まさかこのルーンストーンがそんな事態を招くだなんて……」

「アンタがきちんと説明しないからでしょうが!!」


呑気に構えている作楽に対し、カウンターを「バンッ」と叩いて厳しい言葉をかけるのは多々良部映理だ。そしてその傍らには、不安そうな表情を浮かべた園宮瑠架の姿があった。


友莉恵は、加奈が頑なに「行く訳ねえ」と万来堂への同行を拒否したため、友達を一人にするわけにはいかないと公園に残った。そのため、今この場にいるのはこれで全員だった。


映理に責められた作楽が、その唇を尖らせぶつくさと不満を垂れる。


「だって……わざわざ知らせなくても、知らなくてお得感が出るならいいと思ったんだもん」

「まるっきり詐欺師の手法よねそれ。転職をお勧めするわ、さくら餅」

「えぇー、またレベル上げするの面倒くさいー」

「もともとゼロよアンタは!!」


そのやり取りを眺めながら、瑠架は口が塞がらないような驚きに包まれていた。


映理ときゃいきゃいとじゃれる作楽の表情が年相応に幼く、灰色の瞳にはっきりと感情が宿っているように見えたからだ。


瑠架は自分に見えていた世界があっさりと瓦解するのを感じていた。作楽は謎の怪しい少女で、その裏では何かおぞましい何かが暗躍していて……そんな想像が今となっては在り得ないことだと分かり、瑠架は内心で自分を恥じた。


作楽は確かに不明な点も多い。言うことは子供っぽくないし、そもそもなぜ小学生の身分でこんな店を経営しているのかも分からない。


しかし、法月作楽は普通の少女だ。少なくとも瑠架はそう確信していた。


「えと、じゃあこのルーンストーンには呪いだとか、そういう謂れは無いの?」


もう薄々は分かっていたことを、確認の意味も込めて作楽へと質問する。


「呪い……あははは! ごめんね、余計な心配をかけてしまったみたいだね」


作楽は笑顔のまま申し訳なさそうな顔を作るという器用な真似をすると、未知ブランクのルーンを瑠架へと差し出した。小さく傷がついている、「訳アリ」と称された所以のストーンである。


「これね、これだけ実は川原で拾ってきたただの石なんだ」

「ええぇぇえ!?」


当然驚愕し、瑠架はすぐさま差し出されたルーンを手に取り、灯りにかざす。


半透明の部分がキラキラと光り、薄桃色の石色が鮮やかに彩られる。他の24文字のルーンと見比べても全く遜色のない、とても綺麗な石だ。


「これが、川原の石? 信じられない……」

「エリリンが頑張ってくれたからねぇ」


瑠架がその瞳に尊敬の色さえ宿しながら、横の映理を見た。しかし、その視線を受ける映理の顔色は忌々し気に歪められていた。


「信じられる? 珍しくしおらしい表情で『万来堂の危機が』とか言うから相談に乗ってやったら、そのまま山直行で石拾い3時間コースよ!? コイツのお願いは一生聞かないって心に決めた瞬間だったわ」

「だからお礼にジュース買ってあげたじゃん」

「割に合うか、バカ饅頭!!」


二人のやり取りを見るに、どうやら嘘ではなさそうだと瑠架は判断した。真相を聞いてなお、手にあるストーンが本当の意味での「天然石」だったとは未だ信じられないが、だとしたらあの安さも頷けた。


映理の賃金分がどこに行ってしまったのかは不明だが、まさしくタダ働きだったということなのだろう。瑠架は心の中で映理へ合掌しつつ、次なる疑問が自然と口からこぼれ出た。


「じゃあ、何で占いで皆が……やっぱり私のせいなのかな」

「それなんだけどね、ルカリン」


作楽は瑠架のつぶやきに反応すると、カウンターから出て店の奥へと消えていった。


突然の謎の行動に、映理と瑠架が顔を見合わせると、店の奥から出て来たそれにそろって悲鳴を上げた。


「ぎゃあ!?」

「なん、何だそれはぁ!」

「ヴダンア゛ーヴェン」


店の奥から出て来た作楽は、肩から上を包む巨大なマスクを身に着けていた。何やら喋っているようだが、やたらごてごてと金光りしているマスクの中で声が反響し、何と言っているのか分からない。


「ヴォヴォヴィッベビューヴォヴァファー」

「何言ってるか分からんわ! さっさとマスク外せ……痛っ」


軽く頭を小突いただけだというのに、映理のげんこつは固いマスクに跳ね返され、その手がジンジンとした痛みを訴えた。かなり頑丈な素材でできているようだ。


マスクを外した作楽の表情は、映理を責めるようにその眉尻が吊り上げられていた。


「ちょっとエリリン! このマスク高いんだよ、駄目だよ叩いちゃ!」

「知らないわよ、っ痛ぁ……」


ゴトリと、重厚な音を立ててカウンターに置かれたマスクを見る。何より特徴な金ぴかの色合いに加え、目じりと眉がデフォルメされた特徴的な顔つきと、青い線の縞模様で縁取られた輪郭。そして額には蛇と鳥の首がその姿をのぞかせていた。


一目で印象に着くその姿には、流石に瑠架にも見覚えがあった。そして同時に、それはあまりにも有名なある噂とセットであることも知っていた。


「ツタンカーメン……」

「そう。エジプト古代王朝のファラオで、その発掘作業に関わった人物が次々に謎の死を遂げたとされる『王家の呪い』で有名だね」


そう。これこそが正に「呪われた品」の代表格ともいえるものだった。関わった者に次々と不幸が訪れた、「呪いの副葬品」。それが「ツタンカーメンのマスク」だ。


なぜ今この場にそれを作楽が持ち出してきたのか。その真意を測ることができず、瑠架はじっと作楽の瞳の奥を探るように見つめた。


不意に、瑠架の方を見た作楽の瞳と真っ直ぐに視線が合い、瑠架はビクッとその体を痙攣させる。


作楽は普段瑠架に見せているような、感情の読めない薄ら笑いで瑠架を見上げていた。


「だけどね、その『王家の呪い』というものは、今でいう『都市伝説』のようなものであったと取り扱われるのは現在では一般的なんだよ」

「え……ど、どうして」


向けられる疑問の視線から目を逸らし、作楽はスッとツタンカーメンのマスクの頭をなでた。


「物は人を呪わない。人を呪うのはいつだって人さ」


作楽はその詳細を語った。




翌日の朝、瑠架は普段は行ったことも無いような他クラスの教室の前で、ある人物を待っていた。


その人物は割かし遅くに登校してくるようで、ドアの前で待ちぼうけを食らいながら、瑠架は作楽から聞いた「ツタンカーメンの呪い」の全容を思い出していた。


――――


ツタンカーメンの発掘後間もなく、資金援助を行っていたカーナヴォン卿なる人物が急死した。その死は蚊を媒介とした感染症によるものだったが、ツタンカーメン発掘という偉業を達成したハワード・カーター氏及び発掘に関する記事の独占契約を結んだ新聞社を恨んだ他の新聞社が、こぞってその死を「ミイラの呪いだ」と報じたのである。


それをきっかけに、その後発掘関係者の中に死亡者が出るたびに「王家の呪い」として新聞社は報じ、周りもそれに乗っかって囃し立てた。これが「ツタンカーメンの呪い」の真相なのだ。


なお、一番の当事者であるはずのハワード・カーター氏は発掘の後も考古学者として活動を続け、発掘から17年後の64歳の年にその生涯を終えている。


もし本当に「ツタンカーメン」自身が墓を暴いたものを呪ったのであれば、張本人であるハワード・カーター氏が真っ先に呪われていたはずである。よって、「ツタンカーメンの呪い」とは、ハワード・カーター氏の成功を妬んだ周囲の者が生み出した幻想にすぎなかったとされる。


『もし呪いがあったのならば、それは幻想を作り出した人間の妬みの感情そのものこそが呪いだと言われてしかるべしである』


作楽は話の締めに、ルーンストーンを袋にしまいながらこうも語った。


『もしルカリンの身の回りで呪いの仕業としか思えないような出来事が立て続けに起きているのだとしたら、それは誰かにとって都合のいいこじつけや作り話の可能性を疑うべきだよ』

『だ、だけど先輩は実際に……』


瑠架は食い下がった。自分が占った結果別人のように変わり果ててしまった人物の姿を瑠架は身をもって体験しているのだ。


あれは演技だったり、幻想だったりすることは決して在り得ないと瑠架は断言できた。


しかし、その反論に対しても作楽は動じることなく、また「ツタンカーメンの呪い」を例に挙げた。


『カーナヴォン卿が発掘間もなく死亡したのも事実だよ。だけどそれは、何十人といる関係者の一人がたまたまそのタイミングで亡くなったに過ぎない。分母が多ければ、例外的出来事が起きる確率もまた上がるのは当たり前のことなんだよ』

『えっと……?』

『ルカリンは、自分が占った全ての人に、直接会って確認したのかい?』


そこまで言われ、瑠架はハッとした。ここまでで初めて、光明が差したような気がした。


自分が直接会って異常を確認したのは先輩だけ。他の人たちが不幸になったという話は……。


――――


どれだけ経ったのだろうか。廊下を行きかう人々もまばらになったころ、ようやくその人物は角を曲がって現れた。


その人が一歩一歩と近づいてくる度、瑠架の心臓がバクバクとうるさくなる。元来引っ込み思案の瑠架は、自分から人に声をかけるという行為自体滅多にすることは無いのだ。


それでも、一歩を踏み出すほかに瑠架には選択肢が無かった。そうしなければ、今度こそ自分は全てを失ってしまうかもしれない。そんな予感が、彼女の中にあったからだ。


一歩前に出て、廊下の真ん中でその人の前をふさぐように立つ。


「あの……っ!」


その人物は瑠架の存在に気が付くと、ハッと気づいたようにまず目を丸くした。


そしてその後、なんと両手を広げて抱き着いてきたのである。


「園宮さん! ありがとー!!」


瑠架にしがみつき、明るい表情を浮かべてぴょんぴょんとその場で感情を抑えられないように跳ねる少女。


それは、瑠架に家族の仲について相談に来ていた女子生徒だった。

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