第15話:すり替わったポイ捨て④
『法月さんから話がある』
隣のクラスの友達である友莉恵からそう話を持ち掛けられたときも、
法月作楽。同じ学年の女子だ。
しかし凛音は、作楽とまともに接したことが全くなかった。5年間一度も同じクラスになったことが無いし、共通の友達もいない。
というより、法月作楽に友達と呼べる人はいるのだろうか。
時々トラブルを起こして話題になるが、基本的には学校にいないか、学校で一人でいるか。それが凛音の作楽への認識だった。
つい最近また大きな騒動を起こしたらしいが……その作楽からの呼び出しは、凛音にとって不気味なものでしかなかったのである。
しかも学校ではなく、公園に集合だという。更にその場所は、今現在継続中である友達との喧嘩――
これは、何かがある。
そう感じ、警戒に身を固めた凛音だったが、人好きのする笑顔を浮かべる友莉恵からの頼みを断りきることができずに、その日の放課後現地に赴いたのであった。
廃墟じみたボロボロの遊具の上に立ち、作楽は自分を見上げる4人に向かって恭しくお辞儀をした。誰も物を言わぬ異様な雰囲気の中で、深く折り曲げた腰をパッと戻した作楽が、ニヤケ面とともに両腕を大仰に広げた。
「お待たせしました。それでは今から『空き缶すり替え大事件』の真相トリックをご覧に入れたいと思います!」
「やったぁー!」
と、拍手をして大盛り上がりを見せるのは友莉恵だけだ。他の三人は黙したまま作楽の幕開きを聞き届けていた。
そのうちの一人、げっそりとした表情を浮かべている映理へと、作楽は壇上から呼びかけた。
「エリリン、一緒にやんないのー?」
「ちょっと、話しかけないで……今無理」
言うなり、映理はふらふらと移動すると、作楽の立っている遊具の階段状になっている部分に座り込み、そのまま蹲ってしまった。
ずっと不審そうに表情をこわばらせていた加奈が、より一層怪訝に顔を歪ませて友莉恵に尋ねる。
「……アイツ、どしたん?」
「あはは……映理ちゃんが一番頑張ってくれたから」
「ああ?」
今一つ要領を得ない友莉恵の説明に、加奈がより不機嫌を強める。友莉恵はそれに対し、言葉を添えることなく壇上の作楽を指し示すことで答えた。
「それじゃあ、早速事件の日何が起きたのかをお見せするよ……これでね!」
作楽が遊具の陰から袋を取り出し、ドカッと置く。するとその袋から「ガラガラ」「カラン」とけたたましい金属音が鳴り響き、その場にいた者達の耳をつんざいた。
思わず加奈が不満を漏らす。
「うるせっ……何それ、空き缶?」
「その通り、今日のためにかき集めたのだよ!」
そこにあったのは、袋に詰められた空き缶の山だった。その数はパッと見で20近くはあり、種類はビールとジュースが半々といった様子だ。
揚々と自慢げに胸を張る作楽へ、うずくまっていた映理がちらりと顔を上げ恨めし気な視線を向ける。
「偉そうに……」
映理が不満に感じているのは、その功労の割合が全く平等ではなかったことについてだった。
――昨日、真相の目星をつけた映理と作楽は、缶をとにかく集めることを計画した。その際、話を聞きつけた友莉恵は真っ先に家からビールとジュースの空き缶を調達し、二人へと差し出した。
その時点で既に十数個の缶が集まっていたのだが、トリックを再現するにはまだ少し心もとないということで、残りは自分たちでジュースを飲んで缶を空けるということになったのがつい先ほどのこと。
その際、映理は今月の小遣いの大半を犠牲にして4本も缶を開けたのだ。しかも、せっかくの飲み物を無駄にできないと、その全てを律儀にも飲み切った。
友莉恵も、すでに大量の缶を用意していたというのに、更に2本缶を開けた。
対して作楽が開けたのはサイダーの缶1本。それだけ。
「ぷはーっ」と缶から口を離し、言い放った一言がこれ。
『体感できる美味しさって、最初の一口がピークでね。飲めば飲むほど損なんだって』
すでに飲み過ぎでグロッキー状態になっていた映理は、もう文句を言う元気すら残ってはいなかった――
「あのさ! さっきから訳わかんねーしウザいんだけど!! 私、特にすることないなら帰るよ!」
それまでずっと口を閉じていた凛音が、状況の意味不明さに耐えられずとうとう声を荒げた。
凛音からしてみたら、突然仲良くもないクラスメイトに呼び出され、行ってみたら喧嘩中の相手と、最近噂のこれまたよく知らない転校生がいて、何だかわちゃわちゃと内輪のノリのようなものを繰り広げられているという、本当に意味の分からない状況だ。
例え乱暴な口調で罵ってしまったとしても、黙ってその場を去ってしまっていないだけマシだと言えた。
それに答えたのは、申し訳なさそうな顔を浮かべた友莉恵だった。
「ご、ごめんね凛音ちゃん。あのね、加奈ちゃんが凛音ちゃんのこと誤解しちゃった原因を、法月さんたちが突きとめたんだって」
「……だから? 私に関係なくね」
そう言われたところで、凛音の反応はつれないものだった。彼女からしたら、自分は勝手に疑われただけの被害者で、真相が分かったのなら加奈が自分に謝罪すれば済むだけの話なのだ。
凛音はちらりと加奈の表情を覗き見る。
「……」
「……チッ」
加奈もたまたま凛音を見ていて、偶然合ってしまった視線からは、未だお互い敵意じみたものが漏れ出しているのが分かった。それだけで一触触発の雰囲気が生まれるほど、二人の態度は不穏だ。
――この場に自分がいた所で、喧嘩が激化してしまうことこそあれ、状況が良くなるとは到底思えない。
そう感じた凛音が、とうとう公園から出て行ってしまおうと足を踏み出しかけた時だった。
「りおぽん!」
「……はあ?」
一瞬何が起きたのか分からなかった凛音は、振り返り、作楽の視線が自分に向けられていることを確認する。それから、自分がふざけたあだ名で呼ばれたことを悟った。
「てめ、何勝手に……!」
「たぶんだけど、りおぽんも今回の件には関わりがあるはずだよ」
凛音の怒りを無視して、次々と自分の言いたいことを一気にまくしたてる作楽。
その傍若無人な振る舞いを受けて、凛音はあることを思い出した。
それは、友達の加奈が作楽のことを嫌っていたということ。
「事件の全部も聞かずに『自分は関係ない』と断じることは、愚かな行為だとは思わないかい?」
遊具の上から自分を見下す同級生に対し、確かに凛音は嫌悪感を抱いた。
作楽は袋の中から、青いサイダーの缶を取り出した。そしてそれをポールの穴のところまで持っていき、入れる直前で動きを止める。
「カナブンはこのポールの中に缶を隠した。そうだったよね?」
「……ああ」
加奈が返事をした直後、作楽は缶から手を離した。
重力に従って缶は穴へと吸い込まれていき、姿が見えなくなってから少し後に『カコーン』と金属音を響せる。ポールの底に衝突した音だ。
すぐに加奈が不可解に感じ、首を曲げた。
「んん……? 何かあたしが入れた時とは違うような」
「むふふふ、そうでしょうそうでしょう。カナブンは『力を込めてねじ込んだ』んだもんね」
作楽が浮かべるドヤ顔に若干イラっとする加奈。しかし、言っていることは心中の疑問を的確に指摘していたため、彼女は作楽のパフォーマンスを黙って見守ることにした。
作楽はそこから次々に缶をポールの中に放り込んでいった。缶が投入されるたびに鳴っていた『カコーン』という金属音も、数が重なるにつれ周期が早まっていき、それと同時に響きも弱まっていった。
そして、作楽が缶を手放しても穴に吸い込まれた缶が金属音を響かせなくなった時、彼女は缶を入れる手を止めた。
ポールの中が完全に空き缶で満たされたのである。
もともと大量にあった袋の缶は、とうとう最後の一個となっていた。
映理が飲んで空けた、コーラの赤い缶だ。
作楽が鼻からフスっと息を漏らし、仰々しく最後の一環を掲げる。
「傾注!」
皆が表情を困惑に染めたまま、その缶の行方を目で追っていた。
作楽の手が、握られた缶が、ポールの頂点にある穴の部分に添えられる。作楽が手を放す。しかし缶は中に吸い込まれることはなく、ちょっと傾いた格好でまだポールの上に存在していた。
ポールの中が缶で満たされているのだから当然である。その缶の入り込む余地は、つい先ほどまでがらんどうだったポールの中に、現在は残されていないのだ。
ならば、他の缶を押しのけてでも自分のスペースを確保する以外に、中に入る方法は無い。
「これが、事件の日起こったことの真実だよ!」
作楽が手を伸ばし、その缶をポールの中へとグイッと押す。
すると、『スコーンッ』と音を立てて缶はポールの中へ姿を消した。
否、金属音を響かせたのは、今しがたポールの中へ消えて行った赤い缶ではない。
遊具の外から、ポールの全体像を眺めていた加奈たちにはそれがよく分かった。
「ああっ!!」
「ンな!?」
「……!」
友莉恵が驚愕し、加奈が大口を開けて、凛音が目を丸くしてその光景を見つめる。
地面に、ポールの底の側から押し出されて出てきた缶がコロコロと転がっていたのである。そしてそれは、作楽が最初に入れた青いサイダーではなく、茶色いパッケージのお茶の缶だった。
「な、何でなん? この缶はどっから……」
まるで手品にでも化かされているような前後不覚に陥りながら、加奈が缶を見下ろす。その風景は、丁度事件のあった日に彼女が見舞われた状況に似ていた。
ほとんど独り言のような疑問の声に、遊具に座った姿勢のままの映理が答えた。
「昨日、底から覗いた時に見えた缶が、恐らくそれよ。つまりあのポールの中には既に誰かが缶を捨てていて、それが今押し出されて出てきたってこと」
「ロケット鉛筆みたいにね」と終わりに映理が添えるも、それで納得したような顔を浮かべるのは友莉恵だけで、加奈と凛音は聞きなれない単語に首をかしげるだけだった。
そのことに少し恥ずかしさを感じた映理は、感情を誤魔化すため無理やり身を奮い立たせて立ち上がった。
加奈と凛音に一歩一歩と近づいていき、責めるような視線を二人へと向ける。
「つまりこの現象は、それまでに缶を遊具の中に隠した奴がごまんといなくちゃ成立しないってことよ」
「……んだよ、あたしのせいだってか」
「そう言ってるつもりよ」
「ふんっ……」
映理の指摘に、結局加奈は口をとがらせるだけで反論をすることは無かった。
その反応を事実上の白旗と受け取った映理は満足げに鼻を鳴らすと、「アンタだけのせいでもないけどね」と一応のフォローを付け足した。
そのまま続けて、今日初対面の凛音を見る。
きつく睨んでくる眼前の相手に緊張しながらも、映理は最後まで詰まることなくそのセリフを言いきった。
「アンタはどうなの。確かに今回の事件はコイツの自業自得だけど、本当にコイツだけの責任とも言い切れないところがあるわ。他にも缶を隠した人物がいた可能性はとても高い」
「……私はっ」
凛音は耐えられずに映理から目を逸らす。その先には友莉恵がいた。
「凛音ちゃん……」
頼りなげな視線を向けてくる、純粋にこちらの身を案じてくるような瞳。堪らず凛音はまた目を逸らす。
その先には作楽がいた。
「……」
何も言わずニヤニヤとして、まるで動物でも観察しているような目を向けてくる瞳がそこにあった。今度は迷うことなく目を逸らした。
そうして最後に、加奈と目が合った。
真っすぐ凛音に向けられる視線は、責めるようなものでも、怒るようでも、蔑むようでもなかった。
ただ、凛音を見ていた。普段隣り合わせで、何でもない下らないことで話している時と何ら変わらない、平凡な視線。
そしてそれは、凛音の心を解き放つのに十分なものだった。
「……隠したよ、私も。持ち帰ったなんて、する訳ねえ」
誰も何も言うことはなく、その言葉は金属音のように公園に冷たく響いた。
その後、加奈と凛音が元通りダベる仲になるのに言葉は必要なかったという。
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