第13話:すり替わったポイ捨て②
二時間目が終わり、長い休み時間。
作楽と映理は、友莉恵が連れてきた一人の女子生徒と対面していた。
場所は、休み時間の喧騒から隔絶されているような、外れの空き教室。どういう訳か、これまた友莉恵が鍵を仕入れてきたその場所で、作楽と映理が隣り合わせになり、机を挟んで向かいに友莉恵とその女子生徒といった格好で四人向かい合う。
「えっと……穂高さん、どういうこと?」
まず声を上げたのは映理だった。
未だ状況が掴めていない彼女は、初対面の女子生徒のことをちらちらと視線で気にしつつも、場にそぐわぬニコニコ笑顔を浮かべる友莉恵と、いつもと雰囲気が違う作楽のことが更に気に掛かって、もうなんだか訳が分からなかったのだ。
「だからね、事件なの! こちらの加奈ちゃんともう一人凛音ちゃんっていう私の友達が、トラブルになっちゃって……」
鼻息荒く語る友莉恵に悲壮感は微塵も感じられない。むしろこの状況を楽しんでいるような……不謹慎じみた感情がありありと伝わってきて、映理は非難の視線を向けた。
「あっそう。だったら先生とかに報告した方が良いんじゃない」
「アンタ、噂の転校生でしょ」
話の流れをぶった切って映理に話しかけたのは、加奈と呼ばれた女生徒だった。
「……何だって?」
話の腰を折られた映理が、友莉恵に向けていた非難の視線をそのまま加奈に向ける。
加奈はその視線をそのまま反射するかのように、鋭く細められた目で映理を見返した。
この時点で、二人のファーストコンタクトは最悪と言えた。
「転校早々、クラスから気に入らない男子と先生追い出したんしょ? 裏で『革命家』とか『エリザベス女王』とか、さんざん言われてっし」
「はあ!?」
全く寝耳に水の情報に、映理は目を見開き食って掛かる。
「私は断じてそんなことしてない!」
「知らんし。皆が言ってるから言っただけ」
全く手ごたえ無くそっぽを向くだけの加奈に対し、映理はそれでも指を差し糾弾の声をやめなかった。
「だいたい女王は革命される側よ! あだ名内でもう矛盾が発生してるじゃないの!!」
「ゆりえー、あたし分からん、通訳よろー」
「え、えーと」
全くピンと来ていない様子の加奈に、話を振られた友莉恵も曖昧な笑顔を浮かべる。自分の憤りが全く通じていない状況に、映理は愕然とし言葉を失った。
映理は隣を見る。既に立ち上がっていた映理視点で、頭頂部越しに覗く作楽の肩は微かに揺れていた。
映理のあだ名がおかしくて、笑いをこらえているのだと分かった。しかし、いつもだったら真っ先にからかってくるはずの作楽が、ここまで言葉を発さずにいるという事態が、映理には異常に感じる。
この教室に呼ばれ、4人で向かい合った時から作楽の様子はおかしかった。ずっとつまらなそうな無表情で顔を逸らし、手元を弄くっている姿は、まるで不貞腐れる子供だ。
映理が作楽を気にしているのが分かったのか、加奈が身を乗り出して机を超えて来た。その顔には、意地の悪そうな笑みが張り付けられていて、作楽に対する加奈の悪感情が露骨に現れていた。
「法月はあたしのこと嫌いだもんなあ!?」
場に緊張が走った。
映理は動けず、友莉恵の笑顔も凍り付いている。
しかし、作楽はいつもとは違った無表情のまま、動揺した様子もない流し目で答えた。
「別に嫌いじゃないよ……ただ」
全員の視線が作楽に向く。
一つ大きなため息の後、呟いた。
「カナブンの話、楽しかったことないんだもん」
「テメ……ッッ!!」
激昂した加奈が、机を蹴り飛ばして作楽に掴みかかろうとした。だが、友莉恵が引き留め、映理が立ちふさがったことによりそれは未然に阻まれた。
そのような状況になってなお、つまらなそうな半眼を浮かべる作楽。
触発され、加奈の怒りはなかなか収まらない。
「引きこもりのクセに! 誰がテメエになんか……っ」
「加奈ちゃん、落ち着こうよ!」
この場で加奈をなだめることができるのは、連れて来た張本人でもある友莉恵だけだ。それを彼女はよく分かっていた。
「空き缶を捨てた犯人が誰か、知りたいんでしょ? この二人だったら、絶対に暴いてくれるから!」
「……クソっ!」
地面を一回蹴り、友莉恵を引き離した加奈は、しかし作楽へと掴みかかろうとはもうしなかった。椅子にドカッと座り、鼻からフンっと息を漏らすと、足と腕を組んで前を向く。
友莉恵が机を元に戻すと、舞台は再び振出しへと戻った。
友莉恵の語り出しで、ようやく事件の概要が語られる。
「昨日、学校近くの公園で、加奈ちゃんが不可解な出来事に巻き込まれたんだって……」
未だ落ち着かない妙な雰囲気の中、映理と作楽は語られる内容に耳を傾けた。
「くだらないわ」
真っ先に漏れ出たのは、映理の正直すぎる感想だった。
「あ?」
加奈が激しく立ち上がって、不満を露にする。蹴り飛ばされた椅子が、ガタンと音を立てて後ろに倒れた。
「ンだとぉ? 転校生」
「あんたが缶をポイ捨てしたのは事実なんだから、諦めて受け入れたら」
加奈の話は、映理にとって突っ込みどころが多すぎた。
まず、自分が飲んだジュースの缶を当たり前のように遊具に隠している。
そして、その後突然現れた缶を友達が捨てたものだと決めつけている。
何より、自分がしたことについての反省が全くない。
以上のことから犯人など捜している場合ではなく、加奈に自分の犯した罪と向き合わせることがまず先決だと、映理は感じていた。
「天誅よ、天誅。神様があんたの所業を見て、缶を化けて出させたのよ」
「テメエ、凛音の肩持つのか!?」
「どこをどう取ったらそういうことになるのよ、この馬鹿……あっ」
「バ……ッッ!!?」
次は映理に掴みかかるのではないかと思われたその瞬間、友莉恵が二人の間にその体と笑顔を滑り込ませた。
「かっ……加奈ちゃんには凛音ちゃんを疑う理由があるんだよね!?」
「っ……そうだよ。あの空き缶はなぁ……!」
未だ肩に力が入った状態のまま、加奈は当時の状況を詳細に語った。
――その日、加奈とその友人である凛音は、自動販売機でそれぞれコーラとサイダーを買ってから公園へと向かった。
定期的に地域住民による清掃が入っているとはいえ、その日は清掃日から暫く経っていたのか、ずいぶんとお菓子のゴミが散らかっているような状況だったという。
『相変わらずキッタネエ公園だよなあ』
『ていうか、うちらのせいじゃん。ウケる』
そんな話をしながら、空になったお菓子の袋をゴミの山に紛れ込ませるように、二人して捨てる。
そんなだから、随所に散らばるゴミの中に、空き缶だけが無かったのは妙に記憶に残っていた。
しばらく公園でダベった後に、凛音の方が用事を思い出したとかで先に帰ってしまった。
その時、さっきまで彼女が手に持っていたはずのサイダーの空き缶が無くなっていたというのが、加奈の記憶による証言だ。
加奈も帰ってしまっても良かったのだが、家に帰ってもやることが無く、まだコーラも少し残っていたことから、何となく公園に居座り続けた。
その後、件の不思議な現象に巻き込まれる。その時転がっていた空き缶もまた、凛音が飲んでいたのと同じサイダーの青い缶だったという訳である――
「……で? その凛音って子は何て言ってるの」
頭を抱え、苦々しい表情を浮かべながらも、映理はとりあえず先を促した。
話の中で当たり前のようにポイ捨てが行われていることに一々突っ込んでいたら、いつまでも話が進まないと思ったためである。
質問には友莉恵が答えた。
「凛音ちゃんは『私は捨ててない、家に持って帰った』って」
途端に、加奈が不満を露に机を蹴る。
「嘘にきまってるし。アイツがそんないい子ちゃんする訳ねえ!」
「……友達が聞いて呆れるわね」
「あア!?」
映理のつぶやきに対し、またしても加奈が椅子を蹴って立ち上がる。椅子が再度後ろにガタンと倒れた。
今度は映理も負けじと立ち上がった。
「いちいち突っかかんないでくれる!? 話が進まないわ!」
「突っかかんてんのはテメエだろ!」
「友達だったら、友達の言うこと少しは信じてあげたらどうなの!」
「友達だから分かんだよ、アイツは嘘ついてるって!」
加奈と映理は立ち上がったまま、至近距離でにらみ合う。お互い息を切らし、一歩も譲らない。
あわあわと様子を見守るだけの友莉恵も、今度こそ役に立たない。
緊迫した現場に口を出すことができたのは、長い沈黙を破った作楽だった。
「公園を出るときに捨てたのを見たの?」
思わぬ人物から上がった質問に、加奈はピクリと反応しつつも、眼前の映理から目をそらすことなく乱雑に答えた。
「見てねえよ」
「じゃあ、サイダーの缶が元から転がってたんじゃないの?」
「だから、落ちてなかったって……!?」
続けざまに浴びせられた質問に、いい加減うんざりした加奈は、不満げな態度を顕わに作楽を向いた。
しかし、その先にあった光景を見て、加奈は目を見開いた。
映理もまた、作楽の様子に目を向けて、こちらはげんなりとした表情を浮かべた。
そこにあったのは、椅子の上で器用に足を組んで目を閉じ、ヨガの基本姿勢を取る作楽の姿だった。
皆が言葉を失い、その場にしばしの沈黙が流れた。
ニヤリと口角を上げ、作楽が瞳を開く。
「いい……いいね」
「あ……?」
一体何が「いい」のかが分からず、加奈が困惑の表情を作る。
その横で、作楽が考えていることの大方を察してしまった映理は、わざとらしく肩を落とし盛大なため息をついた。
「はあぁー……!」
「おお、エリリンやる気だね」
「……っ、逆だ馬鹿!!」
事の成り行きをこわごわ見守っていた友莉恵の顔が、ぱあっと明るくなる。
「映理ちゃん、法月さん。じゃあ……!」
「……何? どーゆうこと?」
未だ事態を呑み込めていない加奈が、キョロキョロと落ち着きなく目線を動かす。それも無理からぬこと。
誰一人として、自分の意思を明確に示している者がこの場にはいなかったのだから。
言葉足らず過ぎる三人を代表して、おもむろに立ち上がった作楽が加奈の肩に手を置いた。
加奈は若干身をよじらせ、胡乱気な視線を作楽へと向けた。
彼女の記憶する限り、作楽がここまで彼女に近寄って来たのは初めてだった。
瞳を輝かせ、唾が飛んできそうなほどの勢いで言葉を紡ぐ作楽を見たのも、加奈は全くの初めてだったのである。
「カナブンにしては、面白い話を持って来たね! 私は人の成長を感じたよ!」
「は、はああぁ!?」
相変わらずの不名誉なあだ名とともに、よく考えなくても非常に失礼な言葉を生き生きと吐く作楽へ、加奈は抗議の意思を込めて胸元を掴もうとした。
しかし、作楽が素早く身をひるがえしたことにより、意図せずそれは空振りに終わってしまう。
「早速現場の公園を見に行こー、今から!」
「無理に決まってんでしょ、まだ二時間目よ」
「映理ちゃん……。分かるけど、説得力無いよね……」
加奈一人を残し、そそくさと空き教室を後にする三人。
「何なん、コイツら……」
その喧騒を後ろから眺めながら、加奈はポツリと呟いた。
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