第13話 中身年下のジードに翻弄されています


 今日はスッキリと晴れたので、ジードとお散歩をすることにした。

 地下から連れ出して、一緒に庭に出る。

 ギルとかち合ったらまた面倒なことになりそうだから、この時間に散歩することをあらかじめギルに伝えておいた。また黒い棒がちょっと伸びたけど。


「今日も暑いな」


 庭をゆっくりと歩きながらジードが言う。


「そうね。ところで、今日はサプライズプレゼントがあります」


「?」


 私はあらかじめ植え込みに隠しておいたものをガサガサと取り出す。


「じゃーん」


「なんだじゃーんて。それよりも……」


 私がジードに差し出したのは、木剣だった。

 我が家の騎士が使っている建物からくすねてきたもの。予備としてたくさん置いてあったものだから困らないでしょう。たぶん。


「もらっていいのか?」


 うっすらと頬さえ染めてうれしそうな顔をするジードがかわいい。

 こんな怖そうな男がそんなかわいい顔って、反則でしょ。


「ええもちろん。ただし庭でだけ使ってね」


「……俺が怖いんじゃなかったのか? こんなものを渡していいのか」


「また枝を折られたら庭師が泣くし、万が一あなたが私に危害を加えられる状態なら、木剣がなくたって素手でもそこらへんの枝でも簡単に私を倒せるでしょう、私はか弱いんだから」


「まあそれはそうだが」


 ジードが木剣を手に取った。

 何度も柄を握ったり離したりして感触をたしかめている。 


「ありがとう」


「どういたしまして。ついでも私に忠誠を誓ってくれるとありがたいんだけど」


「それはそれ、これはこれだ」


「ふふ、そうでしょうね」


 そう簡単にいかないのはわかってる。

 それでもジードの黒い棒がまた縮む。もうかなり短い。上限の四分の一くらいまでいったんじゃない?

 ジードをどうするか悩むところだけど、私に対する嫌悪感が少ないに越したことはない。


 ジードがいきいきと剣を振るのを、私はまたベンチに座って見ていた。

 今日は日傘も扇子も持ってきたから暑さ対策もばっちり……でもない。暑いものは暑い。エアコンが恋しい。

 しばしジードを眺めてから、今日は本を読む。

 十数ページ読んだところで、ふと顔を上げるとジードがいた。

 本を読んでいたとはいえ、近くに来ていたことに気づかなかった。足音が聞こえなかった気がする。……やっぱりジードはまだちょっと怖い。


「終わった? お疲れ様」


 そう言いながら、準備しておいたタオルを渡す。

 今日はジードの顔を拭くような馬鹿なことはしない。


「ありがとう。今日は拭いてくれないのか?」


 少し意地悪な笑みを浮かべながら、そんなことを言う。

 ふん、予想してんだから、こう言われるのは。


「ご自分でどうぞ」


「冷たいな」


 そう言いながらも相変わらず口元には笑み。

 余裕な態度が憎らしい。


「今日はこのまま庭でお茶でも飲んでいかない?」


「奴隷と茶なんて飲んでいいのか? また弟君が発狂するんじゃないのか」


 発狂って。


「気にしなくていいわ。メイドに用意してもらってるから、あっちのガゼボへ行きましょう」


 立ち上がって歩き出すと、ジードは私の日傘を持ってくれた。

 ジードが傘をさしてくれるなんて。


「そんなことしなくてもいいのよ」


「レディにお仕えするんだからこれくらいはな」


「仕える? さっきそれはそれ、これはこれって断ったくせに」


「ふ、そうだな」


「でもありがとう」


「ああ」


 相変わらずジードは読み切れない。

 これも私を油断させるための作戦なのかもしれないけど、それはもう考えないことにした。

 奴隷とあるじじゃなく、対等な立場で出会っていたならジードとはもっと分かり合えたんだろうか。

 分かり合う以前にジードは私に興味を抱かなかったかな。


 ガゼボに設置されているテーブルの上には、すでにお茶が用意されていた。

 今日は氷が入ったアイスティー。軽くつまめるクッキーもある。

 用意してくれたアンの姿はない。氷がほとんど溶けてないってことは、どこかで様子を見ていてちょうどいいタイミングで用意してくれたんだよね。あとでお礼を言っておこう。


「座って、ジード」


「ではお言葉に甘えて、レディ」


 ジードが私の向かいに座って、氷が入ったアイスティーに視線を移す。


「これは……氷?」


「ええ」


「まあこれだけ魔道具が発達した国だ、氷を作り出すくらい造作もないか」


 ……失敗したかも。

 魔道具に必要な魔石のために国を滅ぼされ奴隷になったジードに、魔道具で作り出したものを出すのは無神経だったかもしれない。

 ジードの故郷を滅ぼした国の貴族なんだから、ある意味当事者なのに、いまだにその意識が欠けていた。


「別に皮肉で言ったんじゃない。何からできてようが道具はただの道具だ。国のこともあんたが気に病む必要はない」


 言葉が出てこない。

 何を言ったらいいかわからなかったから。


「俺の国は弱かったから負けた。戦士は強いが魔獣を相手にした戦闘ばかりで戦争を想定した訓練はおろそかになっていたし、魔石鉱脈をめぐる交渉も下手くそだった。弱いものは淘汰される。ただそれだけのことだ」


 淡々と語るジードの心のうちは読めない。

 ジードは現実主義で冷静すぎるほど冷静な部分がある。

 それでも、国を滅ぼされて平気なわけはない。だからって私が下手に謝罪や慰めをすればかえって気分を害するだろうし。


「そんな顔をするな。いちいちそんな反応をされるほうが憐れまれているようで嫌だ」


 ジードが苦笑する。

 私にできることは、ジードに普通に接することだけなのかもしれない。


「わかったわ」


 にこっと笑うと、ジードは少しだけ意外そうな顔をして、微笑した。

 その瞳が優しくて、思わずドキドキしてしまう。

 悟られないようにつとめて冷静を装って、アイスティーをコップに注いでジードの前に置く。


「どうぞ」


「ありがとう」


 運動して喉がかわいていたであろうジードが、アイスティーを一気に飲み干す。

 顎を少しあげたことで汗ばんだ首筋と上下する喉仏があらわになって、思わず見入ってしまった。

 男性の首筋に見とれるなんて、私って変態だったのかな?

 いやいや違う、こんなに無駄に色気をまき散らしてるジードが悪い。

 ……ごめんなさい責任転嫁しました。私が変態なだけです。変態楽しいです。


「はぁ……たまらない。暑い日には最高だな」


「もう一杯いかが?」


「ああ、もらうよ」


 アイスティーを注いだコップを渡すと、今度はゆっくりと飲み始める。


「氷なんて北方に旅した時以来だな」


 そう言いながら、コップについた水滴を指でなぞる。

 指、長いなあ。男らしく骨ばっていながらもきれいな手に見とれてしまう。

 

「ジードは旅をしたことがあるのね」


「ああ。修行も兼ねて一年ほどだけどな」


「素敵ね。気に入った国はあった?」


「そうだな、ガロ海峡の向こう、オルビス王国が一番肌に合ったな」


「オルビス……自由の国と呼ばれているところね」


「エドゥアと同じく魔獣の多い地域だが、その分冒険者ギルドや傭兵といった分野に特化していて、強そうなやつが多くてなかなか面白かったな。重犯罪を犯せば容赦なく国外追放されるが、そうでなければ異国の者にも寛容な国だ」


「だから自由の国なのね」


「ああ。国外から流れてくる者が多いのもうなずける」


 敗戦後のエドゥアから逃れた人もそこにいたりするんだろうか。

 オルビス王国、か。

 私もいつか行ってみたいな。

 その前にやることは色々あるけど。


「話は変わるが、聞きたいことがある」


「なあに?」


「あんたはなんで急に変わったんだ?」


 顔を上げると、真剣な表情をしたジードと目が合った。

 探るようにじっと見られているのが落ち着かなくて、視線をそらすために自分のコップにもアイスティーを注いだ。


「……減量のことなら」


「そうじゃなく。俺の首を絞めたあの日以降、中身が丸ごと変わったように思える」


「……」


 気づかないわけはない、か。

 芹奈の記憶を取り戻してからもジードの前では悪女ぶったりもしたけど、無理があるよね。

 でも。


「私は私よ。ただ、夏休みを機に変わってみようと思っただけ。別人が入れ替わって私になったわけじゃないんだから、あまり不思議に思われても困るわ」


「たしかにまったくの別人かと言われるとそれも少し違う気がする。だが表情、とくに目つきが違う。変わることを目指したからといってそこが急に変わったりはしない」


「……」


 どう答えればいいんだろう。

 前世を思い出したから変わったなんて言えないし。


「言えないか? まあいいさ。どうせ聞き出そうとしても女はミステリアスって言うだけだろうしな」


 小さく吹き出してしまう。


「そうね、よくわかってるじゃない。それにしても、付き合いが長くないあなたに別人と思われるほど変わったんだから、大成功だったみたいね」


「ああ変わった。性格や体型は言うに及ばず、視線、声のトーン、歩き方まで」


 ぎくりと体がこわばる。

 そんなところまで変わっていたなんて。

 ジードは一週間自分を拷問しただけのセレナのこと、よく見てたんだなあ。その洞察力が恐ろしい。

 緊張のあまりじんわりと汗が浮かんでくる。

 誤魔化すように、アイスティーに口をつけた。


「あとは急に色気が出た」


「ゴホッ!」


 飲みかけのアイスティーが変なところに入ってゴホゴホとむせる。

 そんな私を面白そうに見つめるジード。


「けほっ……急におかしなことを言うのはやめて。からかわないでよね」


「からかっているつもりはない。最初はただ馬鹿でうるさいだけの性格の悪い小娘だと思っていたんだが……」


 ジードを直視できなくて視線を下げる。

 それでも彼がじっと私を見ているのがなんとなくわかって、ひどく居心地が悪い。


「俺は今のあんたのほうが好きだ」


「!」


 自分でも頬が熱くなるのがわかる。

 愛の告白でそう言っているわけじゃないのはわかっているし、反応しちゃだめだと思うのに、止められない。

 彼に一本とられた気分。

 なんでこんなに純情な反応をするようになっちゃったの。恋愛経験が豊富とまではいかないけど、それなりに男女の駆け引きだって経験してきたはずなのに。

 十代女子のセレナの心に引きずられてるんだろうか。

 あーっもう考えたくない!


「からかうのはやめてって言ったでしょう」


「からかってはいない。こんなに可愛らしい反応が見られるとも思わなかったが」


 それを聞いて確信する。

 私がこういう反応するってわかってて言ったな!

 気が緩んでた……失敗した。


「もうこの話はやめましょう。帰るわよ」


「承知しました、お嬢様」


 笑みを浮かべるジードの黒い棒が、また短くなる。

 立ち上がって歩き出すと、ジードは黙ってついてきた。

 最近ずっとジードのペースだ。良くない。年下(中身)に翻弄されっぱなしだなんて。

 ジードみたいな男とかかわったことがないから、どうにもペースがつかめない。

 しかもそれをどこかで心地よく感じている自分がいて戸惑う。

 でも、あまり心を通わせるのも良くないのかもしれない。

 ジードをどうしようかまだ決めてはいないけど、完全に自由にしたいという気持ちもあるんだから。

 別れの時がきても笑顔でいられるように、いざというとき彼を解放できるように、……好きにならないようにしなきゃ。

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