第2話 「殺される」という単語は何回出てきたでしょうか?


 ベッドに寝転がりながら、状況を整理しようと頭を働かせる。

 私は今、セレナ。

 芹奈は、たぶん前世なんじゃないかと思い始めた。なんとなく。

 さっきのひねくれた子はひとつ下の弟、ギルバート。

 ギルバート・ウィンスフォード……どこかで聞いたことがある気がする。いや弟の名前なんだけど、そうじゃなくて。

 うーん。


 で、地下の彼。

 徐々に思い出してきた。

 あの人は私が住む国・ドレイク王国に滅ぼされた南方の小国出身の男で……奴隷だ。

 名前はジードだっけ。

 奴隷制度が普通にあるんだ。嫌だなあ。

 伯爵家の騎士に嫌われまくっている私が、自分だけの護衛騎士がほしいとお父様にねだって買ってもらった奴隷。

 でも、あの男はわが国を恨んでいるはず。そんな男を、なんで私の護衛騎士に?


 ――その男を夏休みのあいだにうまく手なずけ忠実な護衛騎士に育て上げられたら、その手腕を認め後継者候補として考え直してやろう


 お父様は、たしかそう言っていた。

 でもおかしいよね。

 なんで奴隷の男を忠実な護衛騎士にできたら後継者候補になれるのさ。

 セレナはその言葉を信じてたけど。


 セレナは伯爵家を継ぎたがっていた。この国では女性でも爵位を継げるから。ただ、実際に爵位を継いだ女性はものすごく少ないけど。

 そして弟の存在に脅威を感じていた。

 お父様がギルバートをこの家に養子として迎え入れたのは、彼を後継者にして自分を追い出すつもりだからじゃないかと。

 彼をいじめていた原因の一つはこれだ。

 実際、誰もがギルバートを後継者と考えていた。

 セレナ以外は。


「私はどうしたらいいんだろう……」


 少なくとも私は女伯爵になんてなりたくない。

 領地経営とかできる気がしないし。

 今のところセレナとしての記憶すら完全じゃないのに。

 そうだ、弟に後継者を譲りまーすと言って働きながら街で暮らそうか。

 あ、それいいかも。

 どうせこのままこの家にいたら、貴族のご令嬢だもん、どこかにお嫁に行かされるに違いない。

 今、セレナは婚約者がいない。

 顔も知らない男に嫁がされるくらいなら、働きながら暮らしたほうが百倍マシだわ。


 よし、そうと決まれば逃亡だ。


 えーと、金目のものは、と。

 お、ドレッサーにはそこそこお金になりそうな宝石類が。

 あとは机の中に何か……。

 ん? これなんだろう。 クシャクシャになった手紙。なんでこんなゴミっぽいものが引き出しの中に。もしかしてセレナが書いた恋文とか?

 そんなことを思いながら丸まった紙を開き、字を読む。

 日本語でも英語でもないその字は、普通に読めた。読めた……けど。


『あなたには死相が見えます』


 ……。

 なにこれ。

 怪しい占い師の手紙かなにか? もしくは不安をあおってお金を巻き上げる詐欺?

 気持ち悪いと思いながらも、気になってその先を読む。


『むしろ死相だらけです。死相にまみれています』


 !?


『このまま周囲の人に嫌われ続けると、あなたは死にます。弟ギルバートの負の感情が上限に達するとあなたは彼に殺されます』


 ちょっとまって。

 待って待って。どういうこと?


『使用人への接し方も注意してください。使用人から殺される可能性は限りなく低いですが、彼らの嫌悪感が高まると弟の嫌悪感も高まります』


 えっ?


『最難関は奴隷戦士ジードです。あなたへの負の感情を減らすため、彼に恋心でなくてもいいので好感を抱かせてください。彼の負の感情が上限に達すると“怒りの一撃”で殺されます。あなたが伯爵家を捨てて逃げてもいずれ殺されます。奴隷を解放できるのは十八歳以上ですので、現時点ではあなた自身が彼を解放することも不可能です。売ろうとしても殺されます』


 頭の中がまとまらない。

 思考が追い付かない。

 心臓がずっと嫌な音をたてている。


『この手紙を見せてあなたのお父様に助けを求めた場合、お父様が死ぬ可能性があります。彼に、少なくとも殺すのをためらう程度の好感を抱かせるしかあなたが生き残る方法はありません』


 ……?


『信じる信じないはあなた次第ですが、私はあなたが死ぬのを望みません。どうか無事に夏休みを終えられますよう』


 ……!?


『予言の聖女 ヒメカ・タチバナ より』


 あまりの内容に、しばし放心中。

 なにこれ。この手紙の中で殺されるって何回出てきたの?

 しかも予言の聖女? 予言の聖女、ヒメカ・タチバナ。……橘 姫香。

 あ、思い出した。

 ギルバート・ウィンスフォードをどこで記憶していたのか。


 芹奈のときに読んでいたネット小説だ。


 「予言の聖女」というそのまんまのタイトルの逆ハー小説で、そこそこ人気があって書籍化して完結もしてたはず。

 私は暇つぶし程度にざっくりとしか読んでいなかったし、途中で読むのをやめてしまったけど。

 内容としては、予知能力を持っていたヒメカという日本の少女が予言の聖女として異世界召喚されて、その能力で王国の様々な問題を解決する、という話だったはず。

 学園が主な舞台で、そこで繰り広げられるのはありがちといえばありがちの逆ハーレム。恋人最有力候補は第二王子。

 弟ギルバートも聖女ヒメカに恋をしている一人で、同じ学園に通っていた。学年は私とヒメカの一つ下。

 セレナはというと、流行りの悪役令嬢ですらない雑魚悪女で、たまに陰でこそこそ聖女に嫌味を言ったりするキャラだったはず。

 それを謝るギルバートと、「お姉さんはお姉さん、あなたはあなたなのだから気にしないで」と広い心で許すヒメカ。

 そして。

 そう……たしか夏休みが明けて新学期、ギルバート・ウィンスフォードはこう言った。


「姉が夏休み中に不慮の事故で亡くなった」


 と。

 そこからギルバートのヒメカへの執着は病的に強くなっていき、立派なヤンデレキャラへと変貌する、はず。

 たしかそのあたりで面倒くさくなって読むのをやめた。


 どういうこと。

 私は小説の中にでも転生したっていうこと?

 小説の中に入るなんてありえる? 誰かが書いた文章の中に?

 ありえない。いや、そういう小説がけっこうあるのも知ってるけど、まさか自分が。しかも主人公でも悪役令嬢でもない、雑魚悪女としてって……。

 それより何より、私って夏休み中に死ぬキャラ? 雑じゃない!?

 いやだそんなの。死にたくない。

 今は約二か月ある夏休みが始まったばかり。

 つまりあと二か月弱でギルバートとジードをどうにかしないと死ぬってことでしょう。

 でも負の感情が上限に達しないようにするって、どうすればいいの。負の感情なんて目に見えるわけじゃあるまいし。表情や言動で判断しろって?

 ……待って。

 ギルバートの胸に見えたあの黒い棒。

 そうだ、あれはセレナの唯一のしょぼい特殊能力、「自分に対する負の感情が見える」だ!

 セレナはそういう特殊能力があったのを思い出した。そして、それを秘密にしている。小説にも書いていなかった。亡くなったお母様以外は誰も知らない能力。

 よしよしよし。

 なんとかなりそう。

 ようはあの黒い棒が上限に達しないようにしつつ、下げていけばいいんだよね?

 セレナみたいに意地悪いことをせず常識的に振る舞っていれば好かれないまでも嫌われはしないはず。

 まったく、なんであんな性格になっちゃったのかなセレナ。って私か。

 でも、セレナと私って本当に同一人物なの? 芹奈の生まれ変わりがセレナ? 名前も似てるし。

 でも今はほとんど芹奈としての人格だよね。

 あーもうわかんない……。

 とりあえず今は生き延びることを考えよう。

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