第10話 そんな理由でエドゥアが滅ぼされたなんて


 今の、聞き間違い?

 姉上をいじめる権利? いやいや、長年にわたっていじめてたことは大変申し訳なかったと思うけど……姉上をいじめる権利?

 まさか既に小説のようなヤンデレの片鱗が……。でもデレてないからヤンデレではないか。


「そういえばエドゥアの話でしたね」


「え? ええ」


 とりあえず、さっきの言葉については深く考えないでおこう。


「逆に姉上はどこまで知っていますか?」


「えっと……」


 エドゥアに関しては歴史の授業でさらっと触れただけなんだよね。

 それによると……。


「南方の小さな王国エドゥアは、無謀にも我が国に多数のスパイを送り込み、最高機密である軍事用魔道具の技術を盗んで独自に魔導兵器を開発しだしたため、我が国と戦争になった。けれど、我が国の兵力と魔道具の前に敗れ、滅亡した。それが一年半くらい前。身体能力が高い者が多く、優れた戦士を多く輩出する国だったと歴史の本にあったわ」


「それだけですか?」


「えっと、王と王太子は戦いの中で亡くなり、唯一生き残った王族である王女が国民の助命のために我が国の国王陛下の側室になった、ということくらいかしら」


「浅い知識ですね」


 にっこりと笑いながらギルバートが言う。

 ひどい。


「子供でも知っている程度の知識です。それでエドゥアの戦士を手なずけようなどとよく考えたものです。貴族ならもう少し知っておくべきでしょう」


「う……。じゃああなたが知っている知識を教えてよ」


「教えてよ、ではなく教えてください、でしょう?」


 また意地の悪い顔でギルバートが笑う。

 どうやらさっきの姉をいじめていい発言は聞き間違いじゃないらしい。


「……。おしえてください」


 くそー。

 あとでおぼえときなさ……いやいかんいかん。今までの償い。ここは我慢。


「まあいいでしょう。ただし上位貴族しか知らない情報が一部含まれていますので、決して口外しないでください」


「わかったわ」


 って、上位貴族しか知らない情報ってことはお父様から聞いたんじゃない。

 やっぱりお父様はギルバートを後継ぎとして考えているんだな、とちょっと落ち込む。


「まず、エドゥアが我が国の魔導兵器の技術を盗んだというのは表向きで、実際は五年ほど前に発見されたエドゥアの魔石の鉱脈を手に入れたいために我が国ドレイク王国が一方的に滅ぼしたんですよ。もちろん魔石の輸入について交渉はしてきましたが、金で解決したい我が国と魔石の対価に魔道具の技術がほしいエドゥアの間で交渉が難航していましたからね」


「……!」


 えっ。なら悪いのはドレイク王国だってことだよね。

 魔石がほしくて、何も悪いことをしていないエドゥアを滅ぼすなんて。


「我が国は魔石から作られる魔道具で成り上がった国ですからね。魔石を他国に売られてはたまらないし、近頃不足気味な魔石もほしい。エドゥアの鉱脈に眠っている魔石はかなりの量でしたし。さらには、魔石を多く保有することになったエドゥアが、我が国に技術提供を断られたことで魔道具を独自に開発しだしたことも気に入らなかった。技術はまだまだ拙いものでしたが、魔獣が多く発生するエドゥアが魔獣の素材を魔道具に組み入れる実験をしていたことにも脅威を感じていた。それで、宣戦布告もなく暗殺に近い形でエドゥア王と王太子を殺害したんです」


 ますます最低じゃない。

 国と国との関係ははきれいごとじゃないってわかるけど、それにしたって。

 ジードが意地でもこの国の貴族に仕えたくない気持ちもわかる。


「我が国の王太子殿下は最後まで戦争に強く反対していましたが、陛下が押し切り、結局エドゥアを滅ぼしました。いくらエドゥアの戦士が強くても、圧倒的な人数差と数多の強力な魔道具の前にはなすすべもなく、戦士の四分の一近くが戦死したと言われています。そして王女オフィリアが降伏を申し入れました」


 日本にいたころ、戦争というものに実感はまるでなかった。

 昔戦争をしていたことも、遠い国ではたびたび内乱が起きていることも当然知ってはいたけど、自分には直接かかわりがなかったから。

 セレナになってからも直接戦争とはかかわりはないけど、実際に戦争の結果奴隷となったジードがいるのに、そして自分はジードの国を滅ぼした国の貴族なのに、当事者意識が欠けていたと思う。


「オリフィア様は陛下と親子くらい年齢が離れているわよね?」


「そうですね。オリフィア妃は王太子殿下と同じ二十五歳です。陛下は若く美しいオフィリア妃に夢中だという話……いえ」


 陛下って四十五歳くらいじゃなかった?

 二十も年上の男の側室って、つらすぎる。せめて王太子殿下ならと思うけど、殿下は王太子妃を迎えられたばかりだし。

 なんだか心が重い。


「その年齢なら、オフィリア妃には夫がいたんじゃないの?」


 ギルバートが馬鹿にしたように鼻で笑う。


「エドゥアでは第一王女は結婚せずに神に生涯を捧げるという文化があります。神殿で一生祈りを捧げながら暮らすとか。これは秘匿された話でもなんでもなく、文化として有名な話ですよ。ご存じないとは」


 イラッとするけど我慢我慢。

 怒ると喜ばれそうな気がするから。

 それにしても、神殿に生涯仕える女性はずだった女性を側室として召し上げて、しかもお気に入りだなんて。そのうち罰があたるんじゃないの。


「今エドゥアの内部は?」


「オフィリア妃の自己犠牲とヒメカ様の予言のお陰で、一般人はわりと普通に暮らしているようです。国外には出られませんが」


「姫香の?」


「聖女様を呼び捨てにしないでください」


 ああそうそう、ギルバートの憧れの姫香様だもんね。


「はいはい、予言の聖女様ね。彼女が何か予言を?」


「ヒメカ様がちょうど戦争が終わった頃にこの国に降臨されたのはいくら姉上でもご存じだとは思いますが、最初の予言で“エドゥアの民を虐げるとドレイク王国に大いなる災いが起きるだろう”と。逆にエドゥアの民に慈悲を与え虐げずに生活させていれば、彼らが人質の役割を果たして奴隷の戦士たちも大人しくなるだろう、と」


 あー、そういえば小説でそんなシーンあった!

 姫香のおかげでエドゥアの民は穏やかに暮らしていけることになったんだよね。

 大いなる災いについては、姫香はエドゥアの怨嗟の血によって魔獣が増え続け、絶えずドレイク王国に魔獣がなだれ込むようになると予言したはず。

 エドゥアには魔物が生まれる場所と言われている森がある。エドゥアの西に位置する深い森から魔獣がたびたび発生していて、エドゥアの戦士たちはそれが人里に立ち入らないよう戦ってきたとか。

 そこから魔獣が大量発生するようになるってことだよね。

 エドゥアの民を虐げず大量発生を防いだとしても、何もしなくても魔獣は出てくるんだよね? この国、大丈夫なのかな。魔獣を防いでいたエドゥアはもうないし。

 この国の最大の武器である魔道具も、魔力を帯びた獣である魔獣とは相性が悪いと小説に書いてあったし、不安だわ。


「そういえば、戦士はみんな奴隷になったの?」


「大半の戦士はそうですね。隷属の首輪ほど強いものではないですが、魔道具を装着され、主にエドゥア国内の魔石の採掘や時折現れる魔獣の相手をしています。重労働で危険もありますが、これもヒメカ様のおかげで待遇自体は悪くないとか。地位が高く見た目のいい一握りの戦士は奴隷として我が国へ連れてこられ、みな買い手がついたようです。まあ返品されたのもいるようですが」


 それってジードのことだよね。


「気になって奴隷商人のところで調べましたが、地下のあいつ以外返品された奴隷はいないようです。よりにもよって一番手に負えない返品奴隷を買ってくるとはね」


「まあ、頑張ってみるわ。だめだったらその時考えるから」


 だめだった時って私が死ぬときかさらわれるときだよね……。


「普通の奴隷と戦争奴隷っていろいろ扱いが違うのよね? 例えば奴隷身分からの解放に関しても」


「そうですね。普通の奴隷は買った主人が解放すれば平民より多少権利が少ない程度の自由民になって終了ですが、戦争奴隷は解放されても隷属の首輪の代わりに誓約の指輪をして国内貴族の誰かに忠誠を誓わなければ国内に住むことはできません」


 色々難しい。

 解放、はい自由! じゃないんだよなあ……。


「ちなみにエドゥアに共通した特殊能力はあるの?」


「特殊能力? ギフトのことですか? 知る限りでは民族に共通したギフトはないと思いますが。ギフトは遺伝しませんし」


 ギフト。神様からの贈り物と言われる特殊能力。

 姫香の予言も、私の黒い棒が見えるしょぼい能力も、そしてたぶんジードの怒りの一撃とやらもそう。

 ギフトを持っている人は十人に一人くらいと言われてるけど、その大半はあまり役に立たない能力らしい。

 髪がのびるのが早い、昆虫の雌雄を遠目でも見分けられる、三分後の天気がわかる、猫になつかれやすいなど。

 ちょっと役立つのだと、甘い果物がどれかわかるとか、ほんのちょっとだけ植物を育てるスピードを速められるとかいうのもあるらしい。

 ただ、私のようにトラブルを恐れて能力を隠して生活してる人もいるから実際のところはよくわからないみたい。


「さて、もういいですか? 僕はそろそろ部屋に戻りたいんですか」


「あ、うん。ありがとう。時間とらせちゃってごめんね」


「まったくです。なんで僕は自分になんのメリットもない話を引き受けてしまったのか」


 ふう、とため息をつくギルバート。

 たしかに彼にメリットはないよね。

 それなのに引き受けてくれて、いろいろ教えてくれて、ちょっと口は悪いけどやっぱりいい子だ。

 私は椅子から腰を浮かせると、ノートを片付けているギルバートの頭をナデナデした。


「!? な、なにをしているんですか! これがメリットだとでも!?」


「そこまで考えてないわよ。ただいい子だなー、ありがとうって思って」


「五歳児じゃないんです、子ども扱いはやめてください」


 そういうギルバートの顔は赤くなっていた。

 お年頃の男の子は子ども扱いは嫌うものよね。芹奈にはきょうだいがいなかったし、かわいくてついやってしまった。

 失敗したなーと思ったけど、彼の黒い棒はまた短くなった。

 なんだ、うれしいんじゃん。素直じゃないなー。

 汚いって手を振り払われた頃から比べれば、すごい進歩だわ。


「今日もありがとう、ギルバート。おやすみなさい」


「……おやすみなさい」


 そしてやっぱり律義に挨拶を返してくれる。

 この子のこういうところ、好きだな。

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