第6話 そういうゲームはやったことがないんですが


 いくらイケメンで好みのど真ん中な男が相手でも、私の中身がアラフォーでも、この状況で最初に湧き上がるのは恐怖心なのだと知った。

 ジードはベッドの端に腰かけて、私の顔の横に手をついて無表情に私を見下ろしている。

 いくらなんでも無防備すぎたと反省した。

 ……でも、怖がる必要はない。というか、怖がってはいけない。

 ジードは隷属の首輪をしているから、私にいろんな意味で危害を加えられない。

 怒りの一撃とやらで首輪を壊すには、負の感情が足りないはず。

 だから、大丈夫。


「何をしてるの?」


「別に?」


「首が絞まるのが実は好きだとか?」


「ハッ」


 ジードは笑うけど、既に首が絞まりはじめているはず。


「どれに反応してるんだろうなあ。行動そのものか、あんたの感情か、俺の中の感情その他か」


「私で色々試すのやめてくれない?」


「ばれてたか」


「ばれないわけないでしょ。お互いのためにもどいて」 


 身を起こそうとすると、肩を軽く押されて仰向けにベッドに倒れる。

 さすがに焦ったけど、ジードはそれ以上何もしてこなかった。というか、できないのかな。

 小刻みに震えながら、苦痛に顔を歪めている。


「っ……体中、ビリビリ痛ぇわ……」


「だからどいてってば」


 今度は無事ベッドから抜け出して、ひとまず息を吐く。

 でも、ジードの体からは痛みがひかないらしく、今度は彼がベッドにうつぶせに倒れこんだ。


「く……ぅ……」


 首輪のペナルティだ。

 あるじに対して不適切なことをしようとしたから。

 最初に警告として首が絞まったのに、それで引かずに続けたから。

 この男は危険すぎる。

 こうなるとおそらくわかっていて、私で色々試した。私はテスト装置じゃないっつーの。

 自業自得なんだから苦しめばいい。……そう、思うのに。


『……ペナルティ解除』


 ジードの体から、力が抜ける。

 これで痛みが消えたはず。


「二度と馬鹿なことはしないで。次は解除しない。死なない程度に二十四時間苦しむはめになるわよ」


「なら今回もそうしとけばよかったのに。お人よしだな」


 痛みが消えたとたん、余裕の笑みを浮かべて憎らしいことを言うジード。

 額から流れる汗が無駄にセクシーでよけいに腹が立つ。

 ふん、もうちょっとビリビリさせとけばよかった。

 だけど。


「目の前で苦しんでるのにほっとけるわけないでしょ」


「俺を拷問した女が言うセリフか?」


「……それもそうね」


 私には何かを言う資格はない。

 今は前世の人格が強く出ているとはいえ、セレナはたしかに私だったんだから。

 私が、彼を拷問した。


「いずれにしろ、その気もないくせに変なことしないで」


「その気がないなんてどうしてわかる?」


「女として魅力がない、ガキのパンツに興味がないって言ったのは誰よ」


「ならその発言は一部撤回しておくよ。長いこと色々と不自由な生活をしている男だから、ベッドに横たわる女を見て妙な気分になることもある」


 相変わらずの余裕の表情でそんなことを言われ、私の頬が熱くなる。

 あのときはそういう目で見てたっていうこと!? 男は好きじゃなくても、なんて言うけど……。

 いやいやダメだ、惑わされちゃ。この男の言うことなんて信用できない。


「……私が無防備だったわ。もうあなたの前で隙を見せるようなことはないから安心して」


 くっくっとジードが笑う。

 やっぱりからかわれたんだ。腹立つわー。


「あんたは異質な女だな」


「異質?」


「拷問するとんでもない女かと思えばお人よしなこともする。男に慣れているのか初心なのかもよくわからない。水と油が中途半端に混じり合っているような雰囲気とでも言うのか、人物像がはっきりしない。読み切れない」


 それは芹奈とセレナが“混じっているようで混じっていない”状態だからなんだろう。


「女はいつでもミステリアスなのよ。男には理解できないようになってるの」


「ふ、そうかもな」


 あ、ジードの黒い棒が、また縮んだ。

 今日は好感触? ……いやいやジードに油断は禁物。

 まあでも一定の成果を見られたし、素直に喜んでおこう。怖かったけど。


「じゃあ疲れたから私は戻るわ。私の忠告を忘れないでね」


「ああ。今度はあんたがその気になってからにするよ」


「な、ならないわよ! じゃあね!」


 あわてて部屋から出ていく。

 ジードが笑っている……気がした。


 なんだかひどく疲れて、部屋に戻るなりベッドに寝転がる。

 ふと私を見下ろすジードを思い出して動悸が激しくなった。なんなの、もう! 悪エロ男め!

 ジードは少しずつ私に興味を抱いてきてるんだろうか。それとも、あれは演技?

 わからない。ジードは私を読み切れないというけれど、私だってジードを読み切れない。彼も人生がかかってるだろうし、簡単に心のうちは見せないだろう。


 でも……ジードを惚れさせて、それで私は生き延びて。

 そのあと、私はどうしたらいいの? ジードをどうすべきなの?

 宣言通り護衛騎士にする? 私に惚れてる男をずっと飼い殺すの?

 ……。

 それって残酷なことだよね。今、奴隷であることを強いているだけでも残酷なのに。

 やっぱり、惚れさせるなんてやめたほうがいいのかも。

 好感度が一定以上あればいいんだから、主としてふさわしい行動を心がけていれば、殺さなくてもいいと思える程度にはなってくれるかも。

 うん、それがいい。そうしよう。

 やっぱり人の心をもてあそぶなんて良くない。

 とそこで、ノックの音が鳴る。


「どうぞ」


「失礼いたします」


 入ってきたのは、アンだった。


「お嬢様宛てにお手紙が届いています」


 アンが差し出してきたのは、蜜蝋で封がされている薄桃色のきれいな封筒だった。一目で女性が差し出し主だとわかる。


「お疲れ様。いつもありがとう」


 そう言うと、アンは一瞬戸惑ったような表情を見せて、わずかに微笑んだ。

 そして黒い棒がまたぐんと縮まる。この子が一番縮まりやすい気がする。

 私が封筒を受け取ると、アンは頭を下げて部屋から出た。

 封筒をひっくり返して、差出人の名前を見て一瞬息が止まる。


 ヒメカ タチバナ


 予言の聖女からだ……!

 震える指で封筒を開け、中の手紙を読む。


『あなたの未来に新たな分岐が見えたのでお知らせします』


 分岐?


『ひとつは、あなたが無事に夏休みを生きのび、ジードを護衛騎士にしているという未来』


 おおー!


『もうひとつは、ジードがあなたをさらって他国へ連れ去り、監禁する未来です』


 ひえー!?


 紙を持つ手がぶるぶると震える。

 ジードが私をさらう?

 しかも何、監禁って。


『護衛騎士ルートはおそらく愛と言えるほど好感度が高くなった場合に起きると思うのですが、はっきりとは見えません。監禁ルートに行き着く条件はまったくわかりません。あなたの運命を予言で捻じ曲げた弊害か、ルートに行き着く条件がほとんど見えないのです。あまりお力になれず申し訳ありません。さらって国外へ出るというのはかなりの労力を要するはずなので、可能性は低いのですが、何かをするとそこに行き着くようです』


 何か……何かって何よ……。

 そこが一番大事でしょうよ……。


『ジードがただ逃げてあなたが生き延びる未来もうっすらと見えますし、夏休みが終わってもあなたが生きている可能性は高くなってきています。ただ、年齢制限つきの恋愛シミュレーションゲームのバッドエンドにありそうな展開になる可能性も少ないながらもあると心にとめておいていただければと思います』


 監禁って閉じ込めるだけじゃなくてそっち系もありってこと!?

 うそでしょ。考えたくない。

 お願い、うそだと言って姫香さん。


『あくまで可能性の一つではありますが、決して嘘ではないことはご承知おきください。私は予言に関する嘘をつけません』


 そういえば小説の中にもあったね、そんな設定。

 嘘だったらよかったのに。

 なんで私の人生、年齢制限つき恋愛シミュレーションゲームのスーパーハードモードみたいになってるの!? そんなゲームやったことないけど!

 私は普通に生きたいだけなのに!

 ……というか姫香、普通に恋愛ゲームの話を手紙に書くなんて。日本出身だから彼女が知ってるのは当然だとして、普通は通じないよね。

 あれ? もしかして私が前世の人格を取り戻したことまで予言で知ってるの?

 さすがヒロイン……。今度日本の話を一緒にしてみたいな。


 ひとまずそれはおいといて。


『条件がはっきり見えないのであまり無責任なことは言えませんが、ジードは好きだからこそ監禁するというヤンデレ系ではないようなので、さらって監禁なんて考えないほど心を通わせればその道は避けられるのではないかと思います(たぶん……)。あなたの幸運を祈ります』


 ……。

 危なすぎでしょ、ジードっていう男。

 なんでこんな奴隷を買ってきて「護衛騎士として手なずけたら~」なんて話になってるの? 無理に決まってるじゃない!

 それだけ言い残して自分はさっさと領地に行っちゃったけど……お父様、もしかして。

 私をジードに、殺させたかっ……。

 いや、さすがにそこまでじゃないはず。そもそも怒りの一撃のことなんて知らないはずだし。

 ジードに私を殺せるような能力があると知っていれば、大事な後継者候補であるギルバートまでタウンハウスに残していくはずがない。

 もしかして、お父様は手なずけるのが無理だったということを理由にして私を後継者候補から正式に外すつもりだったのかも。さらにはどこかに嫁に行かせるつもりだとか?


 だいたいジードって、あの見た目でなんでまだ買われずに奴隷として残ってたの? 戦争が終わって一年以上経つのに。

 うーん、どうもジードを買った経緯をまだ詳しく思い出せない。

 とにかく、ジードは拷問されようが脅されようが食事を抜かれようがセレナの言うことをまったく聞かず、セレナはあせってた。

 ……ああそうだ、そんなとき、セレナは姫香からあの手紙をもらって。

 馬鹿げてる、嫌がらせだと言いながら手紙をくしゃくしゃに丸めたけど捨てられず、引き出しにしまった。

 そしてだんだん怖くなってきた。予言の聖女の予言は絶対のはず、と。

 なら殺される前に殺そうと、ジードを首輪の力で動けなくして、首を絞めた。

 いやいやそれこそが危ないよね。まさに怒りの一撃が発動しちゃうじゃない。命の危機なんて一番発動しそうな状況だもの。

 でも、セレナも本気でジードを殺すつもりはなかったのかもしれない。

 本気ならあの太い首を女が素手で絞めるなんてことはしないはず。もっと他に色々方法があった。毒を盛ったりとか。

 だからジードもあの行為を「殺害のため」じゃなく「拷問の一環」ととらえたのかもしれない。そうじゃなければ怒りの一撃が発動していたかもしれない。


 あ……思い出した。あの時のセレナの気持ち。

 ジードの首を絞めている時、セレナには激しい葛藤が生まれていた。

 殺さなきゃいけない、でも殺すなんて。だからって死にたくない、どうしたらいいの。もう嫌だ誰か助けてとセレナは心で叫んだ。

 そして……今の私の人格と入れ替わった。というか、前世を思い出して、人格も前世に染まった。

 強引な手段でジードの問題を解決できるはずがなかったのに、馬鹿なことをしたなあ、セレナ。……私か。


 ところで、今回新たに見えたという危険な運命の分岐とそれに伴うしゃれにならないエンディングは、ジードがわずかであっても私に対する興味を抱いたから出てきたんじゃないの?

 そう仕向けたのは私。私も馬鹿だ。

 馬鹿だけど……どうすればよかったの。

 ジードの境遇を良くしてあるじらしく振る舞えば、恋愛的な意味じゃなく好感を抱いてくれた? そうしたら生き残れた?

 わからない。わからないけど、きっと今の記憶を持ったまま前世の人格が目覚めたあの日に戻っても、きっと私は同じことをしたんだろう。

 だって好感を抱かせる一番の近道は、恋愛感情だから。

 もう、卑怯でも人でなしでもいい。

 私は死にたくない。生き残りたい。

 恋はいつか忘れられるものだけど、命はなくなったらおしまいだから。ましてや殺されるなんて絶対に嫌。

 そもそもジードが私を好きになるとは限らない。

 好感は抱いても、恋はしないかもしれない。

 もうどうするのが正解なのかわからないけど、今はジードとの交流を深めるしかない。

 先のことは生き延びてから考えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る