第20話 それぞれの思いが交錯する、運命の誕生日
「私、あと十日で十八歳になるの」
庭のベンチに座ってジードを見上げながら言う。
ジードは不思議そうな顔をした。
「そうか。それはおめでとう」
「ありがとう。それでね。夏休みも終わりに近づいてきているし、あなたに決めてほしいの。あなたがどうしたいか」
「……つまり護衛騎士になるか売られるか決めろと?」
「ふふ、売ったりしないわ。お父様があなたを売ろうとするならどんな手を使っても全力で阻止する。だから決めてほしいの。護衛騎士になるのか、自由を望むのか」
「自由というのは解放してくれるということか? だが、前にも言ったとおり……」
「十八歳になれば私があなたを解放できるから、あなたが自由を望むなら一緒に国境を越えて解放するわ。ただ、色々考えたけど、お父様に気づかれず国境を越える手配をして二人で家を抜け出して、というのは難しいかもしれない。私が十八歳になったらお父様も私の行動を警戒すると思うし。なんとかお父様が納得する形で……例えば私に護衛を数人つけた上で解放を行うということも考えているの」
「それでも父君は許さないだろう」
「説得するわ。後継者辞退の話はまだしていないから、今後ギルバートが後を継ぐことに関して一切口を出さないことを交換条件にしようと思ってる」
「嫁ぐことも交換条件に出されるんじゃないのか」
ジードの眉間にしわがよる。
胸の黒い棒も少しだけ伸びて、苦笑いが漏れる。
「それはわからないわ。お父様とはだいぶ和解したし、意思を尊重してくれると思いたいところだけど」
「……」
「そこは気にしなくていいわ。あなたは自分のことだけを考えて。解放されれば、あなたはもう奴隷じゃない。自由に生きられるわ」
「だが指輪なしでこの国を出れば二度とこの国には入れない。あんたはそれを望んでいるのか」
つまり二度とジードには会えないということ。
胸がじくじくと痛む。
本当はジードに傍にいてほしい。もう自分の気持ちをごまかせないくらい、ジードを好きになってきている。
でも護衛騎士にさせるということはジードという優れた戦士を一生飼殺すということ。そして触れ合うことも結ばれることもないまま傍に置くつらさを味わうということ。
離れていれば、いつかこの恋心も忘れられるのかもしれない。でも彼が傍にいればきっとそれはできない。
どっちがつらいんだろう。
二度と会えないと知りつつ別れるのと、一生結ばれないと知りつつ傍にいるのは。
「俺と一緒に来る気はないか?」
ジードの言葉にドキッとする。
見上げると、彼はどこか切ない目で私を見下ろしていた。
多少の不自由はあっても、きっと彼との生活は楽しいだろう。
お互いに何の縛りもなく、対等な関係で一緒に暮らせたら、どんなに幸せか。
だけど。
「私は外国で暮らすと早死にするそうよ」
「何? なぜそんなことがわかる」
ジードが私への情で迷っているのなら。
それを断ち切るのも、私の役目なのかもしれない。
「予知能力がある友達が、そう教えてくれたから」
「予知能力……? まさか予言の聖女?」
「そうよ。百年に一度、この大陸のどこかに現れる予言の聖女。エドゥアの民の待遇改善を訴え出た、心優しい聖女」
「……。その聖女が、あんたが外国で暮らしたら早死にすると?」
「ええ。ほかにも教えてくれたことがあるわ。あなたの隠された能力と、その発動条件」
「……!」
ジードが目を見開く。
黒い棒は、以前のギルと同じくひどくぶれていてよく見えない。
「これでわかったでしょう? 私があなたへの拷問をやめて、態度を軟化させ環境を改善した理由が。お父様との賭けが理由じゃない。死にたくなかったからよ」
ベンチから立ち上がる。
ジードの顔を見られない。
彼はショックを受けているだろうか。けれど、これは事実。ずっと彼に隠してきた、真実。
「私はずるくて計算高い女なの。だから私への情に縛られる必要はないわ。じゃあ、また誕生日の夜に会いましょう」
それだけ言って、動かない彼のもとを去る。
裏切られたと思って、彼の怒りが上限に達するだろうか?
でも、それならそれでもういい。
彼の怒りも選択も、すべて受け入れよう。
時間はあっという間に過ぎ去って。
私は、十八歳になった。
残念ながら友人もいないので、家族だけで少し豪華な食事をすることになった。
アンに手伝ってもらって体のラインが出る少し大人びた青のドレスに身を包み、食事の準備が整うのを待つ。
ノックの音に返事をすると、正装したギルバートが入ってきた。
白いタキシードがとても似合っていて、わが弟ながら美しい。学園でもさぞモテてるんだろうなあ。
古き良き時代の貴族は正装でディナーというのが普通だったらしいけれど、この国ではその文化は廃れて、王族以外は特別なイベントやお客様をお招きする時以外は自宅で正装することはない。
そして今日はその特別なイベントの日。
「姉上、準備が整いました。アン、僕がエスコートするから戻っていい」
「承知いたしました」
頭を下げ、アンが出ていく。
ギルと二人きりになりたくないんだけど……まさかアン行かないでなんて言えるはずもなく。
結局、部屋には二人だけになった。
「準備ができたのよね? 行きましょう」
「そんなに警戒しなくても何もしませんよ」
「当然でしょう」
そう言いつつも、私をじっと見つめるギルの視線が落ち着かない。
「本当に痩せましたね。華奢とまでは言いませんが、女性らしいながらも引き締まった体つきになりました」
やっぱり無感動にギルが言う。
体つきのことを言うのは不躾だと思うけど、いやらしさも感じないのでかえって戸惑う。
「また太ればいいのかと先日言っていましたが、それもいいのかもしれませんね」
「どういう意味?」
「僕にとっては太かろうが細かろうが大差ない。性格と清潔さだけ変わってあとはそのままでも良かったのにと今になって思います。そうすればあの男は今ほど姉上に興味を持たなかっただろうし、卒業後に社交界デビューして男どもが寄ってくることもない」
「……ギル」
「もう一度だけ確認させてください。あなたが僕を男として見ることは、この先もないんですか」
「ええ」
「あくまで弟だと……」
「……ええ。大事な弟よ」
彼が大きくため息をつく。
「最初からわかっていました。わかっていたけど、あきらめられなかった」
「……」
「僕があなたを欲していると知ったら、父上もおそらく反対するでしょう。姉弟として育った二人が、と噂になるのは目に見えていますし、血も近い」
色気すら感じる切ない表情で、ギルが近づいてくる。
不思議と警戒心は生まれなかった。
近くまで来て、ギルが止まる。
「結局僕はどこまでいってもあなたの弟でしかいられない。だから……この気持ちは封印します」
「ギル……」
ごめんね、という言葉を飲み込んだ。
謝ればよけいにつらい思いをさせるかもしれない。
どうして私はこの子を傷つけてばかりなんだろう。芹奈であったことを思い出して自分は変わったと思っていたけど、結局ずっとこの子を傷つけ続けている。
「そんな顔をしないでください。これに関してはあなたが心を痛める必要はありません。僕の問題です。でも、少しでも……たとえ弟としてでも僕を大事に思ってくれているなら、一度だけ許してください」
何を、と問う前に、ギルに抱きすくめられていた。
一瞬抵抗をしようかと思ったけれど、すがりつくような抱擁を拒むことができなかった。
「あなたは魅力的です、セレナ。憎らしいほどに。あなたの弟であることを、恨むと同時に幸せに思います」
複雑な心の内が、震える声と手に表れている。
私は抱きしめ返すことができない。
やがて私の背中に回された腕の力が緩み、ギルが体を離した。
「……すみませんでした。不意打ちのようにこんなことを」
「ううん……」
「ダイニングルームへ行きましょう。父上がお待ちです」
「ええ」
ギルにエスコートされながら、無言でダイニングルームへと向かう。
ダイニングルームに着くと、お父様が笑顔で出迎えてくれた。その笑顔は少しぎこちなかったけれど、きっと関係を改善しようと努力してくれているのだと思った。
豪華な食事に、お父様とギルからのプレゼント。
うれしくて温かくて、少し苦い誕生日になった。
入浴を済ませ、みんなが寝静まる時間を待ってそっと部屋を出る。
使用人の中には起きている人もいるだろうけど、幸い地下室の入り口まで誰にも会わずに済んだ。
別にやましいことをしに行くわけじゃないんだけど、今日のジードとの話は聞きかれたくない。
ジードの部屋まで降り、ノックをする。
返事を待って部屋に入り、ドアを閉める。
ジードは本を読んでいたらしく、ベッドの上に読みかけの本が伏せてあった。
「ごめんね、こんな時間に」
「まだ起きていたし問題ない。それより誕生日おめでとう」
「ありがとう」
ジードの様子は落ち着いていて、先日のような戸惑いは感じられない。
黒い棒も短いままで、少しほっとする。
「今日は着飾らなかったのか?」
「着飾ったけど着替えたわ。お風呂も入ったし、もうこんな時間よ。正装した私を見たかったの?」
「もちろん」
「ふふ、それは悪いことをしたわね」
本音なのかどうかもわからない、じゃれあいのような会話。
これはこれで心地がいい。
でも、そんなあいまいな関係も今日で決着をつけなければ。
「ジード。あなたの心は決まった?」
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