第13話

 花火大会当日、現地で結翔と柏木が来るのを待っていた。

 空は茜色に染まり、出店や人の数も増えてきた。横では白い浴衣に身を包んだ茉白が落ち着かない様子でぐるぐる歩き回っている。


「奏ちゃん達まだかなー?」

「柏木はまだ連絡ないけど結翔はもう着くって」


 それから二分と経たないうちに結翔と合流した。


「お待たせ。茉白ちゃん浴衣なんだね」

「せっかくだから。どうかな?」

「似合ってる」

「そっか……」


 褒められて紅潮した顔を両手で覆いながら目を逸らした。最近では普通に初々しいイチャイチャを見せつけられることも多くなった。結翔もウブだと思っていたが茉白も大概だ。


 二人の会話を横目に見ながらスマホを取り出して柏木にメッセージを入れる。


『結翔と合流した』

『ごめん、まだ今駅ついたところ』

『なら迎え行くよ』


 スマホを閉じてポケットに入れ、二人に声をかけてから駅の方角に歩き始めた。既に会場近くは人集りができ始めている。


 暫く歩いて駅に着くと、一人寂しそうに携帯の画面を眺めている柏木を見つけた。前に公園に行ったときのように虚ろな目だった。


「柏木」


 声をかけて駆け寄ると明るい表情に戻り、待ってないと答えた。


「浴衣似合ってるね」

「あ、ありがと」


 さっきの結翔達見てても思ったけど言う側も結構恥ずかしいんだな、これ。

 それに褒めたあとにこんな反応されるとそれだけで胸がドキドキする。


「そろそろ行こうか、皆が待ってる」

「あの、希瀬くん……」


 呼ばれて振り返ると柏木の目線が左下から右下へ、右下から左下へ泳いでいる。


「どうした?」

「手、握ってもいい……? ほら、はぐれると困るし。嫌だったらいいんだけど……」

「いや、嫌じゃないよ」


 差し出された手を掴むと柔らかな感触が広がる。簡単に壊れてしまいそうなくらい小さく繊細だ。


 前に一度立てなくなった柏木に手を貸したことはあったが、そのときとはまた違う。

 活発化した心臓の脈がお互いの手を介して伝い合う。幸せを握りしめているように心の中がじんわりと温かい。


 結翔達と合流して全員集まったところで花火を見る為の場所取りを始めた。

 持参したブルーシートを持って辺りを見渡すと既に結構な数のブルーシートが敷き詰められている。


「せっかくならいい位置がいいよな」

「あんまり人がいないとこの方がいいだろうね」

「あたしはどこでもいいよー?」

「私もべつに」


 なるべく景色のいい席をとって雰囲気を大切にしたい男子組と、はやく席をとって出店を見て回りたい女子組で意見が別れた。

 女子の方がそういうの気にしそうなものなのに。


「冬真、ここなんてよくない?」

「二人も待ってるしそこにしようか」


 結翔が見つけてきた比較的人の来なそうな場所にブルーシートを置いて固定した。


「時間までにはここに戻ること。いいな?」

「了解」


 言い終わると同時に俺以外の皆が揃って歩き始めた。さすがに一人は寂しくて死ねるので後を追うようについてまわる。

 人の流れも多く少し目を離したらはぐれてしまいそうだ。


「柏木。その、手は大丈夫か?」

「……じゃあ、お願い」

「冬真達いい感じだねぇ」

「あたし達もはぐれると困るし、いい?」

「いや、そりゃ俺は全然いいっすけど!」

「じゃあ、はい」


 気付くと茉白と結翔の姿が見えなくなっていた。この人波にのまれれば当然といえば当然だが気を使って別の方向に行ったのか、もしくは自分から俺達と別れたかったのか。


 どちらにしても集合場所は決まってるし、連絡手段もあるのでそこまで気にする必要はなさそうだ。


「柏木はどこ行きたいとかある?」

「あれかな」


 柏木に手を引かれて少し歩くと金魚すくいの看板が見えた。店のおじさんに百円玉を渡すと金魚をすくう為のポイを渡された。

 せっかくだからかっこいい姿を見せたいところだけど、経験や才能がものを言いそうではある。


 ポイの破れやすさを人によって変えてるという話は知っている。俺がおじさんにどの程度のレベルに見られてるのか分からないが、思い通りにさせたくはない。


 なるべく水の抵抗が少ないように斜めに入水して角に追い詰めて持ち上げるときは手首で動かすイメージで。なんて素人なりに色々考えながら試してみる。


「あー兄ちゃんどんまいだな」

「まじすか」


 水につけて五秒で穴が空いた。近くにいた大きな金魚に狙いを定めてなるべく丁寧に入れようとしたら乗せた瞬間に破れてしまった。


 仕方ないので柏木の様子を伺っていると既に二匹はとれたらしい。一匹もすくえていない時点で格好はつかないが柏木が二匹もとっているとなると余計に恥ずかしい。


「希瀬くんはもう終わった?」

「開始五秒で破けたよ」

「じゃあ私もいいかな」


 そう言っておじさんに穴のあいていないポイを差し出して袋に入れてもらった金魚を持って店を出た。手はどちらかが言うこともなく自然と繋ぎ直していた。


「良かったのか?」

「うん。だって希瀬くん楽しくないでしょ?」

「べつに見てるだけでもよかったよ。俺が下手すぎて劣等感凄かったけど」

「私の使ってたのは破けにくいらしいから同じのだったら分かんない」


 これだけ気を使われてフォローされると余計に申し訳なくなってくるな。

 柏木が金魚すくいに夢中になっているうちに二回目買っとけばまだお互い楽しめたんだろうか。


「射的やりたいんだけどいい?」

「うん」


 金魚すくいでの雪辱を晴らす為に自ら射的を選んだ。射的ならある程度自身はあったし、上手くできれば格好もつく。

 コルクの弾数は五発か、一つでもとれれば上等かな。


「柏木欲しいのある?」

「え、ああ……ないかも」

「まあ、そうだよね」


 格好つける為に射的の屋台に来たはいいが、射的の的にされている景品は子供向けの玩具ばかりで女子高生が欲しいと思うものはなかった。


 既に金は払い終わっているし、適当に取れやすそうな景品を狙ってみよう。


 ——パンっ。


 発射音と同時に景品が倒れる。


「幸先いいな」

「すごい」


 柏木に褒められて更にいい気になった俺は立て続けに発砲する。すると次々に景品が倒れて五発で五個も景品を取るという大勝利を収めた。


「はい景品だよ。もう来ないでくれよ」

「あはは、すみません」


 屋台のおじさんからは冗談交じりに本音を言われて申し訳なさを感じながら景品を受け取った。子供向けの玩具をこの数持って歩くのはしんどい。


「君たちこれ欲しかったらあげるよ」

「マジで!? あざす!」

「あざす!」

「どういたしまして」


 射的の屋台の前で物欲しそうに景品を眺めていた小学生くらいの男の子達に袋ごと渡した。要らないから押し付けただけだしこんなに感謝されると少し照れくさい。


「希瀬くん射的上手なんだね」

「あれはさすがにまぐれだよ」

「あの子達にあげて良かったの?」

「うん」


 俺が持っているより欲しがっている子が貰ってくれる方がいいし、何よりあんなにたくさん荷物があったら手を繋げない。


「あっそうだ、俺わたあめ食べたい」

「わかった」


 そのまま何も考えず歩いていると、楽しそうに笑う結翔と茉白の姿が見えたので邪魔してはいけないと思い強引に撤退した。


 わざとらしい言い方に疑問符を浮かべていたが、柏木は結翔が茉白のことを好きだと知らないので見て見ぬふりをする。


「すみません、わたあめ二つください」

「あいよ!」


 二人でわたあめを頬張りながら出店を見てまわる。思いのほか片手で食べるには食べずらい。柏木は器用に上手いこと食べていたが、俺は口のまわりにへばりついて難儀した。


「一昨日はどうだった?」

「おかげさまでケジメついた」


 俺が今好きなのは柏木だ、これは間違いない。でも今まで柏木と接していたとき、俺が何を思っていたのかはちゃんと伝えないといけない。


 例え拒絶されてもそれは受け入れるしかない。今、こんなに楽しい時間を共有できているだけでも感謝しないといけないくらいだから。


「そっか。もう戻る?」

「そうだね」

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