第5話

 翌日登校してすぐに結翔に謝った。


「ごめん、やっぱり昨日言ったこと忘れて。あと気使わせたのも本当にごめん」

「今日は元気そうで良かった。昨日は元気なさそうだったから気にしてたんだよ」


 協力させておいて身勝手に諦めた俺のことを心配してくれていた。

 こんな恥ずかしいセリフを面と向かって言ってくれるような友人はそうそういない。

本当に、結翔と友達になって良かった。


「俺には勿体ないくらいの友人キャラだな」

「恋してるからって自分だけ主人公みたいな言い方やめろよ。俺からしたら冬真も友人キャラなんですけど」

「スペック的には俺みたいな平凡で卑屈な奴の方が主人公タイプなんだよ」

「それなら俺も卑屈で平凡だ」


 その言葉にカッとなって謝ったばかりなのにお互いがいかに優秀かを褒め合う喧嘩が始まった。勿論スペックで向こうの圧勝なので俺が勝った。


 翌日からはまた柏木が来るのを二組の教室の前で待つ一週間が始まった。


「柏木、おはよう」

「……おはよう」

「やったね! 柏木が冬真に挨拶返してくれたのなんて初めてじゃない!?」

「ああ、ありがとう結翔!」

「……ばか」


 喜びを噛み締めて結翔とハイタッチしていると、柏木がこちらを向いて何か呟いた気がしたが、とても聞こえるボリュームではなかった。


 昨日はメッセージで返して貰ったが、まさか翌日に会って直接返してくれるとは思っていなかった。今までの努力がその一言で報われたような気がした。


「心開いてきたってことじゃん。ならもうグイグイ行くしかないよ」


 調子づいていた俺は結翔に促されて、中庭で弁当を食べていた柏木に声をかけた。


「良かったら一緒に弁当食べてもいいか?」

「……」

「午後の授業なんだったっけ?」

「……」

「今日挨拶返してくれて嬉しかった」

「……っ! あれは気まぐれだから!」


 照れたように頬を赤らめて反論すると二人分距離を空けて座り直して食べ始めていた。あまりしつこいとストレスになると思い、そのまま弁当を食べて別れた。


 また次の日もその次の日も俺は弁当を持って中庭に向かった。


「隣いい?」

「あのさ……困るんだけど、そういうの」

「わかった。本当に柏木が困るならやめるね」

「……もう、好きにしたら」


 得も言えぬ顔で目線を逸らす柏木を見て、零だったものがようやく一に変わったような確かな達成感を噛み締めていた。


 それにあそこで否定せずに好きにしたらと言ったのは本当は嫌じゃなかったということだ。


「どう? 柏木さんと話せるようになった?」

「たまに返事くれるよ。あと一緒に飯食っていいって許可降りた」

「ふーん。あたしの知らないうちに随分打ち解けたんだ?」

「自分の話は全然してくれないけどな」


「柏木と食べる飯は美味いか?」

「お前もなんだか言葉がささくれだってるな?」

「お前もって言うと?」


 そう言えば茉白のことを結翔に言ったことがなかったことを思いだした。別に隠すようなことでもないので茉白にも同じように協力して貰っていたことを打ち明けた。


 思った以上に結翔の食いつきが良かったので少し心配になってくる。


「双子の妹かあ、うちは兄貴だしほぼ無干渉。何より家に華がないんだよね」

「華って言っても妹だし血繋がってるからな」

「でも可愛いんでしょ?」

「ここだけの話めっちゃ可愛い」


 写真を持ってないか聞かれてフォルダを漁っていると、俺と二人で高校の制服を着て撮った写真が出てきた。


「うわマジで可愛いじゃん」

「うん」


 改めて見ると整った顔してるなあ。本当に同じ親か、これ。


「てか隣の奴誰?」

「普通に俺なんだが」

「なんか今と雰囲気違うね。今の方が楽しそう」

「ああ、まあ」


 中学のときの話なんてしたくないので適当に流す。でもまあ、中学卒業してすぐのときなんて高校生活になんの期待もしてなかったからな。


 それこそ周りの人間なんてどうでもいいと思い始めた頃だ、かろうじて茉白の隣だから笑っていただけだ。それに比べたら今は少しくらいマシに笑えてんのかな。


「話戻るけど名前なんて言うの?」

「希瀬茉白」

「うわ名前まで可愛いとか」


 お前の名前も可愛いよ。という感想は心の中だけに留めておく。


「惚れたの?」

「いや希瀬さんは見れただけで眼福っていうか、マジでそういうんじゃないから」


 まさかの希瀬さん呼びで驚いた。俺も希瀬なんだけど。苗字にさん付け、更には見てるだけでいいから付き合いたいとかそういうのじゃない。とか硬派なオタクみたいなことを言いだすし、もしかして結翔って結構奥手なのかな。


「あんなに柏木にアタックしろってうるさかったのに人のこと言えないじゃん」

「そうだよ所詮口だけだよ。口程にもなくて悪かったね」

「いや別にそんなつもりじゃ」

「もういっそ殺してくれよ」


 普段ポジティブの塊みたいな結翔がここまでネガティブになるほど俺の言葉がぶっ刺さったんだと思うといたたまれない。


 何とかして普段の結翔に戻さないとこっちまで調子が狂う。


「じゃあさ、今日家くる?」

「死に場所の提供感謝するよ」

「一度死から離れろ。家にいれば茉白と話せるかもしれないし、うち来たことなかっただろ?」

「行ってもいいなら」


 家に着く頃にはすっかりいつものテンションに戻っていた。それどころか鼻歌まで歌って随分と上機嫌に見える。


 一応茉白にも友人を家に連れて行くと連絡を入れたところ、もう既に家に帰っているとのことなのでちょうど良かった。


「お邪魔します」

「俺の部屋とリビングどっちがいい? 俺の部屋だと気使って茉白来ないと思うけど」

「じゃあ、リビングで」


 わざわざ聞くなと言わんばかりの即答で思わず吹き出すと、脇腹をどつかれる。

 まあ名目は友達の家に遊びに来た。だけど目的は茉白だろうし、こんな質問をする俺が悪いんだけど。


「あっおかえり冬真くん」

「ただいま」


 結翔にリビングに行く前にトイレを借りたいと言われ、案内を済ませて俺だけ先にリビングに入ると茉白がソファに寝転んでスマホを弄っていた。


 俺からしたらもう見なれた光景だがこの光景は色々と危うい。


「冬真の家すげー綺麗じゃん」

「こんにちは、ゆっくりしていってくださいね」


 いつの間にかトイレを済ませた結翔がドアの前に立っていた。

 まずいと思って急いで注意を俺に向けさせようとすると、既に立ち上がってお辞儀をする茉白の姿があった。危機察知能力が高くてお兄ちゃん一安心。


「あ、はじめまして。冬真と仲良くさせて貰ってる浅倉結翔です」

「お互い猫被るのやめたら。二人ともタメじゃん」


 さっきみたいに結翔が奥手だと進展しそうにないとは思っていたが、この調子だと明らかに何もなさそうだったので助け舟をだした。


「冬真くんと双子って知ってたんだ?」

「実物もこんな可愛いと話せないんだが」


 右耳に茉白から、左耳から結翔に同時に耳打ちされる。


「今日初めてお前のこと話した感じだよ」

「なるべく助けるから頑張ってくれ」


 一人ずつ耳打ちし返すとまた二人から耳打ちが帰ってきた。


「冬真くん本当に友達いたんだね。なんか安心した」

「希瀬さんに趣味とかないか聞いて」

「お前らなあ……」


 好き放題言われて溜息ついでに言葉が漏れる。茉白は優しさだろうけどプライド砕くし、結翔は他人任せが過ぎるしでボリューム調整を間違えたのも俺のせいじゃない。


「じゃああたし部屋行くね」


 気を使って去ろうとする茉白を見て、捨てられた子猫のように弱々しい目で俺に訴えかけてくるので溜息をつきながら茉白を引き止める。今日だけで沢山の幸せが逃げていくな。


「茉白も一緒に遊ばない? 二人だとやれること少ないし」

「二人がいいなら、遊ぼうかな」


 茉白を引き止めることに成功して三人で遊ぶことになったのはいいが、何をして遊べばいいか一向に定まらないでいる。


「とりあえず二人とも自己紹介でもしたらどう?」

「そうだね。えっと趣味とか話せばいい感じ?」

「なんでもいいんじゃね? 質問とかお互いあったらすればいいし」


 まずまず俺が慣れてないことを聞かれても分からないわけで、適当にやらせとけば茉白が何とかしてくれるだろう。


「改めて浅倉結翔っす。好きなことはスポーツ全般と漫画描いたりとか」


 スポーツは何となく得意そうな雰囲気があったが、漫画を描いているだなんて初耳だった。


 しかし俺がここで口を挟んではせっかくの時間を邪魔してしまう。ここは兄として友人として詳しく聞きたい気持ちをグッと堪えて見守るしかない。


「すごいね。どんなジャンル?」

「いや、少女漫画なんだけどさ……」

「そうなんだ? その様子だと冬真くんも知らなかったよね?」

「ああ、実は全然」

「俺が少女漫画描いてるなんてらしくないだろ?」


 茉白の表情に変化はなく、淡々と言葉のボールを投げかける。それと比べ、俺は顔にばっちり出ていたようで秒速で看破される。

 結翔もいつになく萎縮して恥ずかしそうだった。


「あたしはいいと思うけど」

「え、本当に?」

「嘘じゃない。だから仲良くなったら見てもいいかな?」


 途端に結翔の心に灯りがともり、照れ隠しをするように唇を噛んで深呼吸をする。


「俺もその、希瀬さんとはやく仲良くなりたいよ」

「……。もう、希瀬さんだと冬真くんもいるし茉白でいいよ」

「俺のことも結翔でいいから」


 結翔の初々しさは勿論、茉白もあんな風に照れたりするんだなと、どこか父性や安心感のようなものを覚えた。あの様子なら俺が手助けする必要もなさそうだな。

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