第4話
「埒があかないし情報収集でもしてみる?」
結翔の提案に乗っかって二人で聞き込みを始めた。趣味趣向が分かれば多少は話に乗っかってきてくれるかもしれない。
「ちょっといい? 柏木のことについて知りたいんだけど」
「私なーんも知らないよ」
「わたしもー。あんまりだれかと話してるとこ見たことないよね」
「そっか。ありがと」
やっぱり話そうとしないのは俺に対してだけじゃなかったのか。
ほっとした一方で、情報がなさすぎてこの先が心配になる。
手分けして聞いてくれていた結翔の方もこれと言った情報はないようで聞きこみ作戦は失敗に終わりかけていた。
「わたし一応LINE持ってるから繋ごうか? あっでも浅倉くんの持ってないから繋がらないとだけど大丈夫?」
「欲しいのは俺じゃなくて冬真の方だから冬真に直接あげて」
分かりやすく結翔のLINEを欲しがっていた女子に対して鈍感主人公のようなあしらい方をするものだから不憫だった。
「じゃあ希瀬くんの追加するね……」
「ごめんな結翔じゃなくて」
「あっ、ううん。全然……」
あからさまに気分を落としている様子を見て自分のせいだと分からずに彼女の心配をしている始末だ。
モテてるんだろうけどこんな風に気付かないうちに諦めさせてたから彼女いなかったんだな。無自覚モテ男おっかない。
「はい、これで柏木さんの送れたからわたし行くね」
「ありがとう、助かった」
学校にいるうちは見ないだろうと思い、夜家に帰ってから送ることにした。
「茉白、入っていいか」
「いいよ、入って」
もう同じセリフを言いすぎて朝の挨拶と同じ感覚になりつつある。
茉白もだいたい俺が来る時間に合わせてくれているのか、いいよ以外は聞いたことがない。
「なにか進捗はあった?」
「なんと連絡先を入手しました」
「おー自分で聞いたの?」
「いや、人伝てに一方的に追加しただけ」
「そっか。挨拶も返してくれないのに交換してくれるわけないもんね……」
そんな哀れみの目を向けるのはどうかやめて頂きたい。今日もしっかりメンタル抉ってくるなあ。こういうときだけ先輩面されて辛い。
「茉白は彼氏いたことあんの?」
「ないよ? どうして?」
「いつも上から目線なコメントが多いから」
「はぁ? じゃあもう手伝ってあげない」
「嘘ですごめんなさい」
反撃の狼煙キタコレとか思ってたらそうだった、俺が協力して貰ってる側だった。一言で形勢逆転されて嗚呼不甲斐ない。
でもアタックはそれなりにされてるだろうから理想が高いのかな。
「ちゃんと謝れてえらいえらい」
「そりゃどうも」
「話戻るんだけどメッセージってもう送ったのー?」
「あ、まだ送ってないな」
なんの為に茉白の部屋を訪れたのかを思い出す。一人で文章を考えた挙句、これもダメそれもダメで良さげなものが思いつかなくて知恵を借りに来たのにすっかり忘れていた。
時計はもう二十三時を回り、あまり遅くなっても迷惑だろうと焦りを感じて急に冷や汗が出てきた。
「ちょっと見せて。……冬真くんこれはさすがに」
「しょうがないだろ、経験ないんだよ。だから頼ってんだよ」
「だとしても絵文字とか多用しすぎ。これじゃおじさんだよ」
「それは、その……。文だけだと印象悪いと思って」
打ち込んで送信するか悩んでいた文を見られた。正直当人の俺が見てもたしかにおじさん臭い。寛容な茉白がガチで引いてる感じからして相当なんだろうな。
送らなくて良かった。切実に。
「あたしに送るような文でいいと思うよ?」
「でもあれじゃ淡白じゃない?」
「じゃあこんな感じでどう?」
茉白がカタカタと俺のスマホを操作して文字を打ち込んでいく。
十秒たらずで打ち終わり、スマホごと手渡されて目を通す。
『こんばんはー。急に追加してごめんね? こっちの方が話しやすいんじゃないかと思って友達から教えて貰ったんだ』
なんて言うか茉白が打ったからそりゃそうだろって感じなんだけど、俺っぽくない。語尾を伸ばしたり、謝罪に疑問符付けたりとかその辺が特に。
「もう少しナチュラルな感じで頼む」
「じゃあもうこれでよくない?」
『こんばんは。一組の希瀬冬真です』
「あーうん。それでいいや」
そもそも現代の中高生は一区切りずつなるべく短文で送信すると聞く。
あんまり長ったらしく書いたところで何から返していいのか分からない可能性もあるし寧ろこっちの方が安牌だ。
朝になってLINEを開くと既読の文字がメッセージの下についていた。返事はなかった。
「冬真くんおはよー。返事来てた?」
眠たそうに目元を擦りながら階段を降りてきた茉白にスマホの画面を見せる。確認すると気まずそうな笑みを向けられた。
関わって欲しくないってのは本心だったんだな。ここまで必死に声をかけても返事をくれないのなら諦める他ない。
付き合ってくれた結翔や茉白には悪いけど元々好きだったわけじゃないんだ。好きだった人に似てたから気になってた。本当にただそれだけだから。
「あれ、もう行かなくていいの?」
「そろそろ無駄な気がしてきた。今日からは普段の生活に戻ろうと思う」
「そっか」
茉白は少し寂しそうに一言そう告げると、それ以上何も言うことはなかった。
久しぶりに悠々と朝の時間を過ごした。支度が終わったあとにこんなに時間が余ると何をしたらいいか分からなくなる。今まではずっとこうだったのにな。
HRが過ぎて授業が終わり、結翔と一緒に弁当を食べているときに朝の話をされた。どうやら今日も俺が来るものだと思って早くから登校していたらしい。
申し訳ないと謝ったら今度は理由を聞かれたので茉白に言った言葉をそのまま結翔にも伝えた。
「そっか」
結翔もそれ以上何も言わずにただ寂しそうな顔をしていた。
どこかで二人との繋がりが消えてしまったような気がして俺も内心寂しかった。
帰りのHRが終わって教室の清掃があり、ゴミ袋の取り換えで廊下を歩いていると、柏木を女子数名が囲んで話していた。
朝諦めると決めたばかりなのに気になって陰に隠れて話を聞いていた。
「柏木さんの眼帯ってなんで付けてるの?」
「……えっと我が左目に宿りし死神よ。なんちゃって……」
「あははっ何それ! じゃあ見せてよ! 死神」
「嫌……っあなた達には関係ないでしょ」
「いいから見せなさいよ!」
俺が止めに入っていいんだろうか。挨拶もずっと無視されてLINEだって見て見ぬふりされて、そんな俺に止める権利があるんだろうか。
ただの言い争いに口突っ込んで悪化させて。そしたらまた皆から責められたりするのかな。
それでも、目の前で嫌がってるのに助けないで居るなんてできっこないよ。
「柏木が嫌がってんだろ……。手、退けろよ」
「見せてって言ってるだけじゃん」
「全部見てたよ。『だけ』じゃなかっただろ」
「あーもううざっ。わかったわよ!」
女子達は少し食い下がると諦めた様子で散っていった。
昔みたいにはならなかった。安心した俺はバクバク高鳴った胸を撫で下ろして柏木の元へ駆け寄る。
「はぁ……はぁっ……」
「無理しなくていい。治るまで横に居るから」
柏木はまた過呼吸を起こして嗚咽を繰り返していた。何がここまで彼女を苦しめているのかは知らない。
でも今くらいは傍に居てやらないといけないような気がした。少しずつ呼吸も震えも落ち着いてきたので立ち上がって手を貸す。
「……要らない」
「まだ震えてるじゃん。ほら手掴んで、お願いだから」
俺の手と自分の手を交互に見て控えめに手を差し出し、俺はそれを引っ張った。なんだかやけに彼女の手は暖かく感じた。いや、俺の手が酷く冷たかったから相対的にそう感じただけなのかもしれない。
「もう大丈夫だから手、離して……」
「うん」
「ありがとう。じゃあね」
立ち上がり、震えも収まってきたので手を離すとまた感謝だけを告げて俺の前から遠ざかっていった。
何かを期待して隣にいたわけでもない。何も起きて欲しくなかったから傍にいただけだ。
「ありがとねっ冬真くん!」
目を閉じるとあのときの栞さんが蘇ってきた。とびきりの笑顔で感謝を告げる栞さん。あの笑顔がいつまでも脳裏にこびりついて離れないんだ。
その日の夜、柏木から返信が来た。
『こんばんは』
たったそれだけだった。その一言が妙に嬉しくて茉白の部屋に駆け込んだ。
「茉白、返信が来たんだが」
「本当に?」
勢いよく開けられたドアが俺の鼻を強打した。喜びから来る興奮と鼻をぶつけた衝撃で鼻血がでた。鼻を抑えながら茉白の部屋に入ると申し訳なさそうに何度も謝られてお互い気まずい。
「それより本題に入りたいんだが」
「あー返信来たんだっけ? なんて来たの?」
「こんばんはって返ってきた」
「うんうん。さては今日学校で何かあったね?」
うちの妹には案の定見抜かれていたので大人しく頷いた。まあ朝に諦めると告げて夜にこれでは何か起きたと推測するのが自然だ。
「あたし、これでも冬真くんのこと心配してたんだよ? 自分で言ったことに辛くなってるように見えたから」
朝のままだったら柏木との話はもう茉白にするつもりはなかった。朝の時点で茉白が気を使っていたのは明白だったし、言ってもお互い気まずくなるだけだと思ったから。
明日結翔にも同じように伝えておかないとな。あいつも結構気にかけてくれてたみたいだし。
「心配かけて悪かった」
「大丈夫だよ、冬真くんは諦め悪いって知ってたから」
「頭があがらないな」
「また脱線してたね」
茉白に諭されてようやく気付いた。既読を付けてから時間が経っているので向こうにも既読無視されたと思われるかもしれない。なので早急に、かつ不自然でないような内容で話題提供しなければならない。
「今何してた? とか」
「うーん……まあいいと思うけど」
いい案だと思ったのだが何か含みのある言い方をされて不安になりつつも、メッセージを送信した。既読自体は案外すぐについた。
「やっぱり返事来ないな」
「考えてるんじゃないの? その子なりに」
——ピコン。
そんな話をしているとタイミングよく通知が画面上に表示された。
タップしてトークを開くと、
『返信考えてた。』
という文の返信が来ていた。
「ほらやっぱり!」
もう一度返信したし、今日はくれないと思って諦めかけていただけに立て続けに返信が来たことが嬉しくて、自然と口角が上がりかけるので慌てて口を噤んだ。
既読がついてから十分程経ってからの返信だ。つまりその間考えた挙句の返信がこれってことだ。不器用過ぎて……。
「ずっと返事考えてこれって不器用で可愛い」
そうそれ、それが言いたかった。
「でもこれめちゃくちゃ返事に困らないか」
「そこはほら、可愛い柏木さんの為に頑張って考えるんだよー」
頑張って俺なりに考えたところ、既読をつけてしまってから十分程経ってからだった。
「あっ冬真くんも不器用で可愛いよ?」
「そういう慰め要らないんで」
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