第3話

「冬真、もう行くのか?」

「お父さーんココアいれて」

「行ってきます」


 茉白が気を利かせてくれたのか、はたまたタイミングが被っただけなのかは知らないが、都合が良かったので注意が逸れている間に家をでた。

 茉白は気が使えるので恐らく前者だろうと勝手に推測する。


 何故俺がいつもの登校時間よりも三十分程はやく家をでたかというと、昨日言われたように柏木に挨拶をしに行く為だ。


 挨拶以上の何かを望んでいるわけじゃないが、教室の前で待ち伏せていれば流石の柏木も逃げられないはずだ。


 二組の教室の前に着いた。教室の中に生徒の姿は見えず、廊下の窓から見える校庭には部活の朝練に励んでいる生徒達がちらほら見えた。


 そうだ、部活。もし部活に入っていて朝練でもしてたら登校してくる時間が他の生徒と被ってこんな時間から待っている意味がなくなる。


「ここ君の教室じゃないじゃん? 何してんの?」

「人待ち、的な? というかごめんだけど誰?」


 気付くと知らない男子生徒が馴れ馴れしく横に並び、返答に困る質問をしてくるのでぎこちない返しをするが退いてくれそうにない。


「あ、俺二組の浅倉結翔あさくらゆいとねっ」

「俺は希瀬冬真きぜとうま、てかじゃあ教室ここなんだ。入んないのか?」

「なんか刑事ドラマの張り込みみたいで面白そうじゃん。てか待ってる子って誰? 好きな子?」

「昨日別の子と似たような会話したような気がする」


 初対面なのにグイグイ来られるのは置いといて、人当たりの良さそうなやつだ。

 柏木と比べても男女の差はあるにしろ、二人で居ても気まずさを感じない。初めて会った人でこうも話が続く人はなかなかいない。


「他の人にもバレバレなんだ。クールそうに見えて結構ウブ?」

「どっちも違う気がするけど立ち回りは下手な自覚ある」

「それじゃなんか楽しそうだし俺も協力してあげよっか?」


 予期せぬ展開の連続で全く先が読めないが、いい方向に転んだと見ていいんだろうか。少しでも仲間はいた方がいいし、浅倉も柏木と同じ二組なら尚更都合がいい。


「浅倉はこういうの慣れてそうだし心強い」

「結翔でいいよ。なんか冬真とは仲良くなれそうな気がするから」

「奇遇だな、俺もそんな気がしてた」


 結翔から突き出された拳に呼応するように拳を合わせた。本当の意味での友達なんて小学生の頃以来だがそれも喧嘩別れして自然消滅。これで今は結翔が唯一の友達ってことになるんだろうか。


「それで、冬真は誰待ってるんだよ」

「柏木」


 かれこれ十分以上結翔にも同じように教室の外で待たせてしまっている後ろめたさを感じたのと、仲良くなった記念に素直に答えた。


 別に誰を待ってるか言っただけだし、関係性だって明言してないのでよく考えれば問題はない。


「ああ、あの子か。大人しいし素っ気ないけど結構可愛いって噂になってたな。冬真もお目が高いね」

「そいつはどうも」


 勝手に俺が柏木に惚れているというていで話が進んでいるように見えるんだが。ただ待ってるって言っただけだよね。

 茉白といい結翔といい、最近の高校生はちょっと色ボケし過ぎじゃないか。


「でもなんで眼帯してるんだろうね。あんまし勘ぐるのもよくないけど」


 たしかに結翔が言うように柏木が眼帯を外している所を見たことがない。

 今まで気にせずにいたことなのに言われると急に気になってくるな。


 さっきの結構可愛いとかその辺の話もそうだが、客観的な意見を聞かされると自分の考えが間違っていなかったことがわかって余計にそのイメージが定着してしまう。


「そうこう言ってるうちに来たみたいだよ」

「あのさ、柏木……おはよう!」

「……」


 立ち止まってこちらを一瞥すると、ドアを開けて教室の中に入っていってしまった。返事は貰えなかったが拒絶されるよりかはマシだった。


「んじゃ、俺自分の教室戻るわ」

「え、待って。今まで待ってたのはなんだったの!?」

「悪かったな。おはようって言いたかっただけだよ」

「こりゃ長期戦かなあ……」


 結翔が驚いた様子でに小言を言っていたが、俺達は恋愛関係でもましてや友人でもない。ただの他人同士なんだからそもそもスタートにすら立ってないんだよ。


「挨拶はできた?」

「するにはした。返事はなかったけど」


 家に帰って一通り支度を済ませたあとに、相談した側の責任もあるので話をしに茉白の部屋を訪れていた。


 なんだか頭では状況が理解できているし、仕方ないと思えるのに言ってて悲しくなってくる。


「冬真くん嫌われてるの?」

「もしかしたらな」

「今、保険かけたね?」

「なんだよ、容赦ないな」


 それでも気丈に振舞おうとする兄に対して妹は躊躇なく傷口に塩を塗り込んでくる。気遣ってくれる癖に同等に痛め付けてくるので癖になりそう。


 飴と鞭の使いわけが上手すぎて褒められたくてなじられたくてこれから毎日通いたくなる。なんてそんなことあるか。茉白くらいはどうか優しくあって欲しい。


 それから二週間程おはようを言う為だけに朝早くに登校して一方的な挨拶をする日々が続いた。


 結翔が結構な頻度で俺に合わせて早い時間から来てくれたのでその日は待つのが苦じゃなかった。


 一人で数十分待ったあとに返事も貰えずに居るとさすがにその日は憂鬱な気分で過ごさないといけなくなるので、内心本当に助けられていた。


「いつか返事が貰えると信じて続けてるだなんてとんだ純愛ラブコメだね」

「それに協力してこんな時間から来てくれてるお前は友人キャラ過ぎるな」

「おかげさまで冬真とも仲良くなれたし俺は別にいいんだけどさ。これ何日経てば進捗あるのかなと思って」


 協力するなんて言った手前後に引けなくなっているのかと少し気にしていたが、どうやら杞憂のようで安心した。


 というか結翔も来る時間三十分早めるとか簡単じゃないだろうにそんなセリフがさらっと出てくる辺りナチュラルイケメン過ぎないかな。


「正直何かない限りは柏木が折れるの待つしかないだろうね」


 面白そうだと言って始めた付き添いだけにこうも進捗がないと申し訳なくなってくる。


「まじかー。んじゃ明日からも精が出るね」

「結翔って本当にポジティブだな。こっちまで元気にさせるような」

「それ狙いでポジティブしてるんだよ。なんつって。今のちょっと決まってなかった?」


 例えこれが結翔の本心だとしても俺が元気にさせられてる時点で結翔の勝ちだ。狙い通りにことが運んで、それを実現させるだけの力がある結翔はそれだけですごいと思う。


「羨ましいな……。俺がしたくてもできなかったことだから」

「冬真には冬真なりの何かがあるさ。例え今自覚できてなくて悩んでたってまだ人生始まったばっか。これから探してけばいい」


 綺麗ごとばかりのくさい言葉だって響くときは響くんだと知った。的確に俺の不安定な胸のうちをピンで射止めるような言葉に胸がいっぱいになった。


「どうしよう、俺お前に惚れそう」

「柏木から俺に乗り換えると今までの苦労も台無しだね」

「性的にじゃなくて人間性にだけどな。ていうか柏木だって別にそういうんじゃない」


 もう言い飽きたお決まりのセリフを吐いて笑い合う。

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