第6話

「自己紹介も無事成功したし、何かゲームでもする? 最近買ったホラゲがあるんだけど」

「いいね、楽しそうじゃん」

「怖いのはしないよ?」

「やっぱホラゲはないよね」


 結翔に露骨過ぎる秒速手のひら返しをくらった。

 かく言う俺も興味本位で買ったはいいが、一人でやる勇気が出ずにここまで渋っていたのでどうにかこのタイミングでやっておきたい。


「ホラゲで怖がってる茉白が見たいならこっち側に戻ってこい。今ならまだお前の過ちを受け入れてやる」


 そっと結翔に近付いて耳打ちした。汚い手だと分かってはいるが、結翔の恋心と純心さを利用して茉白への好感度と本能をふるいにかける。れでぃふぁいっ。


「や、やっぱ俺もやりたいかもー」

「結翔くん!?」


 結果は無事本能が勝利を収めた。茉白は不服そうにぶつくさと文句を言っているが、部屋から逃げだす様子はない。


「俺も冬真も居るんだし怖くないよ」


 お前の裏切りがなければ茉白が怯えることもなかったんだぞと思いながらも、俺はそれを責める権利など持ち合わせているはずもないので黙って準備を進める。


「準備終わったし始めようか」

「おお、こういう感じなんだ」


 最近発売されただけあってグラフィックも凝っている。

 BGMもいい感じに薄気味悪くて始まる前から背筋の辺りがぞくぞくしてくるな、これ。


《名前を入力してください》


「どうすんの?」

「冬真くんが始めたんだから『冬真』でいいよ」

「捕まったら俺が死ぬんだけど」

「死んじゃえばーか」


 ソファに寄りかかってうずくまった茉白に命の喪失を求められながらも、他に案がなかったので俺の名前を採用した。


《とうまに決定しますか?》


「はい」


 そこからはここまでに至る経緯と操作方法が説明された。


 ゲームクリアには悪霊に追いつかれずに出口、すなわちゴールに辿り着くことが条件らしいが、幾つかある関門を突破しなければならないらしい。


「とりあえず交代でやってくか。じゃあ順番じゃんけんで決めようか」

「じゃんけんぽん」


 元気な男子二人と怯えた妹の声が重なる。トップバッターは可哀想なことに茉白だった。


「死んだら交代だからまあ気軽にな」

「自殺するコマンドとかないの?」

「動かなきゃ追いつかれて死ぬだろうけど努力はしようよ」


 余りにもやる気のない茉白を俺たち二人がお互いの目的の為に説得しながら何とかプレイを続けさせる。罪悪感はあったが結翔程ではないだろう。


「とりあえず屋敷内を散策してみようか」

「わかった」


 屋敷内は真っ暗で自分の周りだけが明るくなるので鉢合わせてもいないのに茉白の悲鳴が絶え間なく聞こえ続ける。


「スイッチを探して押すと灯りがつくらしいけど」

「えーどこにあるか分かんないよ」


 茉白の為に必死に攻略サイトを見て情報提供するも、操作もおぼつかないらしく難航していた。


「結翔くん、今なんかいなかった……?」

「うん、多分今めっちゃ追われてるね」

「やだっ無理……っ来ないで……きゃぁっ」


 当然タイムリミットが迫り、悪霊に追いつかれて敢え無くして茉白の操作した俺は一度この世を去った。


「もうやめとく?」

「トランプでもするか」


 結翔が気を使ってホラゲは終了となった。結翔は茉白の怖がる様子も見れたし、俺も見ていてこの程度なら一人でも行けると分かったので満足だった。


「初めからそっちで良かったと思うんだけど?」

「「ごめんなさい」」


 俺たちは口を揃えて謝った。結翔と俺は茉白を利用して満足したが、利用された茉白だけが何一ついいことがなかったので、胸のうちに残る罪悪感を少しでも払拭しようと素直に謝る他なかった。


「結翔は飯どうする?」

「もうそんな時間か」


 時間を忘れてババ抜きや大富豪をしていると、いつの間にか夕飯どきになり始めていた。茉白もすっかりいつもの余裕が戻ってき始めていた。


「良かったら食ってく?」

「親御さんが迷惑じゃなきゃ」

「うちは大丈夫だと思うよ」


「すみません、晩ごはんまでお邪魔してしまって」

「いいのよこれくらい。ご飯の量はこのくらい? 冬真と仲良くなったのはいつくらいかしら?」

「そのくらいで大丈夫っす。どうだろ、一ヶ月経たないくらいですかね」


 言った通り母さんは韻まで踏んで喜んでいる。

 友達を家に連れてくるなんてこと今までなかっただけに嬉しいんだろう。


 そう思うと何とも言えない気持ちになるが、これも一つの親孝行だと思えば悪くない気分だ。


「学校だと冬真くんってどんな感じかな?」

「別に今と変わんないよ」

「あーそっちじゃなくて。ね?」


 わざわざ俺にアイコンタクトを送ってから質問してくるのはさっきの仕返しのつもりなのだろうか。絶妙に俺の中に残る罪悪感で責める気にはなれないが。


「ああ、結構いい感じに見える。俺のこと放置だしね」

「そっかぁ、いい感じねー。ねー? 冬真くん」


 別に放置してるつもりもないし、十分結翔との時間も取っている。

 茉白も察しろビームを目から送ってきてるけどちゃんと感謝してる。


「え、なに冬真がどうしたの?」

「母さんはいいから」


 その後も結翔や茉白に関心を煽られた母さんから質問責めされてやり過ごすのに苦労した。


 夜もいい時間になったので結翔を送っていくことになった。


「あたしも行くよ」

「俺ら自転車だし茉白は危ないからいいよ。二人で話したいこともあるし」

「冬真の言う通り大丈夫だよ。良かったらまた遊んでね」

「うん、結翔くん今日はありがと」


 玄関口で茉白と別れた結翔の顔は少しだけ寂しそうに見えた。


「にしても茉白ちゃんいい子だね。性格までいいとか本当に好きになりそ」

「そうか」


 茉白も満更でもなさそうだったし、結翔が良い奴なのもちゃんと分かってる。

 お前なら好きになってもいいんじゃないかとも思った。


 けど今も過去の片思い引きずってる俺が、そんなこと軽々しく言うもんじゃないと思って何も言えなかった。


 家に招いて手助けしといて今更なんだよって感じだけど。


「今日誘ってくれてありがと。すげー楽しかった」

「恥ずかしいけどこんな風に遊んだの実は初めてなんだ。だから俺もまあ、楽しかったよ」

「着いた。また三人で遊ぼうぜ。いや、そんときは柏木も誘って四人かな?」

「……そうだな。じゃあまた明日」


 なんか俺、結翔に隠してることばっかだ。それなのにこんな真っ直ぐな視線向けられたら余計に心苦しくなる。


 結翔と遊んだあの日から約一ヶ月が過ぎた。あの後もう一度結翔が家に来て三人で遊んだ。二人の仲は縮まり、LINEを通しての連絡も続いているようだった。

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