泥臭い奇跡を希う
朱珠
第1話
「はぁぁ……はぁっ……」
街の交差点の真ん中で
人が周りにいないのは大半が渡り終え過ぎ行くものだから。
しかし少女は動かない。信号が点滅を始めて徐々に胸のざわめきが俺に訴えかけてきた。人助けは、人の為なんてのはもうやめたんじゃなかったのかよ。
違う。今は損とか得とかどうでもいいんだ、助けなければ人が死ぬ。死ねば悲しむ人がいる。今回は、今回だけだから。
「あの……動いた方が」
少女は怯えた様子で小刻みに身体を震わせていて息も荒い。周りも見えちゃいないし多分この声も届いていない。
所謂パニック状態だ、それなら担いででも一度ここから動かさないと二人とも死ぬ。
気が付くと肩にはその子が乗っかっていて、横断歩道を渡りきるとそのまま降ろして再び歩きだした。
目の前で死なれるのが嫌だっただけだ。生と死は損得の範疇にない。その後どうなったかなんて知らないけど゛もう゛他人のこと考えて生きていくのはやめたんだ。あの人のことなんて考えちゃいられない。
過ぎ行く時間は誰にも止められない。失われていく時間もそしてこれからも、この人生は俺だけのものだ。
こんな俺でも小さい頃は好きな人がいて、俺が小学生で向こうは高校生、歳の差はあれどよく遊んでくれていた。
当時同じクラスだった友達と喧嘩をして殴り合いになった。先に殴ったのは向こうで勝ったのは俺だった。何故か俺が責められた。
理由はあいつが泣いて都合のいいように先生に言いつけたから。
帰り道、俺は悔しさと腹立たしさから落ちていた石ころを蹴飛ばした。
「くそ……っ! なんで俺だけ!」
「こら、そんなことしたら危ないよ。わたしでよかったら話聞こっか?」
「なんだよ……あんたには関係ないだろ。ほっといてくれよッ!」
「あっ待ってってば」
家にも帰らず公園で一人で泣きじゃくった後に疲れて木の影で微睡んだ。
ほんのりいい匂いがして目が開けると横には栞さんがいて俺の肩に寄りかかるようにして眠っていた。
制服や靴は少し汚れていて服も乱れて見えた。
俺が逃げたあとも探してくれていたんだと察し、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。さらさらした綺麗な茶髪も長いまつ毛も、細くて繊細な指先すらも何もかもが愛おしく思えてきた。
ただ彼女に触れたくて徐ろに近付くと急に目を覚ますものだから驚いて距離を置いた。すると彼女が距離を詰めて俺を抱き寄せて笑う。
「よしっ掴まえたっ!」
「……なんでそんなに優しくするんだよ。俺みたいなのに」
「君にも優しくして欲しいから」
今度は寂しそうにどこか遠くの方を見つめながら言った後に、しんみりした空気を誤魔化すようにいつもの笑みを繕った。
こんな彼女ですら心のどこかに抱えているであろう闇があるのだと知った。その闇が垣間見えてはじめて、彼女が急に小さく脆く見えたんだ。
「べつに冷たくなんてしてない」
「大丈夫、
「ならそうする。……その、栞さんには幸せになって欲しいから」
「ありがとね、冬真くん!」
俺がこの人にとってどの立場にあるかは知らないけど、ただひたすらに幸せになって欲しかったんだ。彼女が与えてくれた以上の幸せを俺が与えたかった。
言うことも聞くし我慢だってする。だから心の底から笑っていてくれればそれで十分だったんだ。
中学に上がった。栞さんは大学生になって遠くへ行ってしまった。
正直凄く落ち込んだし寂しさで辛かった。でも我慢できた、俺が望んだのは栞さんと一緒に居る幸せではなくて彼女の幸せだったから。
言われた通り元の自分を押し殺して誰にでも優しく接した。一人になっている子がいれば声をかけ、困っている人も進んで助けた。
宿題が終わってないと泣きつかれたら答えを見せたし、勉強が分からなかったら教えてあげた。
人の恋路が上手くいくようにサポートだってしたし、困っている教師の手伝いもした。
でも皆、口先だけの感謝しか与えてくれなかった。与えた優しさが優しさという形で還元されることは決してなかった。
それでも続けた、あの日約束したんだ。いつか返してくれることを願って辛くても苦しくても利用されていようとも。
「何やってんだよ!」
俺は目の前でいじめを目撃した。両者の名前ももう覚えていない。その場で止めに入ったら殴られたけど殴り返すことはしなかった。
「〇〇達が〇〇のこといじめてたんだ」
次の日教師にそれを知らせると、余計な仕事を増やすなと言って何も見てないと言えと言われた。
「お前のせいで昨日はいつもより酷く殴られた……!」
俺が止めに入ったせいでいじめの内容がエスカレートしたと被害者の生徒から怒鳴られた。
「よくも邪魔してくれたなあ!?」
加害者の生徒にも呼びだしをくらい殴られた。腹部や手足がじりじりと傷んで我慢していたものが堰を切ったように溢れだした。
いじめっ子もいじめられっ子も教師も全員殴り飛ばした。皆目を丸くしてたけどそんなことどうだってよかった。
違う、俺が求めてたのはこんなもんじゃない。優しさなんて返ってきやしない。自分勝手な奴が甘い汁啜って生きるこんな世界俺は望んじゃいない。
あの人だってこんなこと望んでたんじゃない。俺の周りが優しさで溢れるようにと願うのは、すなわち俺の幸せを願う言葉だったはずだ。
なら人からの優しさなんて願わないし期待しない、求めるものか。もう繕ったりなんかしない。俺や俺の周りが幸せでいられるように我が身可愛さに生きてやる。
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