第11話
「茉白に会って欲しい人がいるんだけど」
帰ってすぐに俺は茉白の部屋のドアの前に立っていた。この喜びを一人で抱えているのはなんだか申し訳ない気がしたから。
しかし何やら妹の部屋から話し声が聞こえてくる。楽しそうな笑い声と男の声が微かに漏れ出ている。
このまま盗み聞きをするのは良くないのは分かっている。今は一度退散してまた後で来るのが正しい判断なのも分かってる。
でもこんなに楽しそうな笑い声俺でもそう聞いたことはない。
「あっ……ちょっと待ってて」
そんな声が聞こえたと思うとドア越しに足音が近付いてきて次第にドアが開かれた。
「冬真くん趣味よくないよ? あと電話相手結翔くんだからね」
「すみませんでした」
さすがに謝ることしかできなかった。気味悪がられてはいたけど怒ってはいないようで、そのまま部屋の中に入れてもらい、通話越しに結翔にも話すことにした。
「柏木が茉白と会ってみたいって言ってくれたんだけど会ってくれるか?」
「いいよーあたしも会いたかったから嬉しい」
「そうか」
もし断られたら柏木の前で大口叩いておいてどうしようかと思ったが、茉白は断らないでいてくれた。
今まで散々茉白に相談してきたけど、今思えば茉白は柏木の顔すら見たことなかったんだよな。もし疎外感を感じていたのだとしたらこれで打ち解けてくれたらいいけど。
「俺も行っていい?」
「あたしはいいけど、結翔くんは柏木さんと面識あるの?」
『一応同じクラスっすね、まじで話したことないけど……。でもこれを機に俺も仲良くなりたいから』
結翔は朝俺と同じ時間から待っていたのに柏木が来ても何も言わずにいた。
それがウブで女子と話すのが苦手だったのか、もしくは俺に気を使っていたのか。
恐らく後者だが結翔にもその気があって良かった。柏木には茉白や結翔のような良い奴が隣にいるべきだ。
全員の空いてる日を調整して放課後にカラオケで遊ぶことになった。
店へ向かう途中、柏木が浮かばない顔をしているので尋ねると眼帯のことを聞かれるのではないかと言っていた。
茉白も結翔も無理に聞こうとする人じゃないと伝えると曇っていた表情が少し晴れて、足どりも軽くなっていた。
「じゃあ皆集まったし始めようか」
司会なんて柄じゃないが、全員と面識があるのは俺ただ一人なのでこの役を降りる訳にはいかない。男子二人の女子二人だと俺がコンパの幹事みたいだ。
「とりあえずフリートークで……」
困った挙句考えついたのはフリートークだった。初っ端だから自己紹介とかもありかなと思ったが、結翔と柏木は同じクラスだしある程度は知っているかなと。
フリートークとはまあ無責任も甚だしい振り方に自分の司会適性のなさを思い知らされた。
「柏木さんはじめまして。冬真くんの妹の希瀬茉白って言います」
「はじめまして、
「ううん。あたしも冬真くんから柏木さんの話ずっと聞いてたから会えて嬉しいよ?」
「……希瀬くんが私の話を?」
話し方が敬語かタメか定まらない二人の会話を微笑ましく眺めていると、突然茉白が口を滑らせてぺろりと舌をだす。
慌てて弁解しに会話に混ざろうとした所を結翔に止められた。たしかに俺が恥ずかしい思いをするだけで二人の話が弾み、仲が深まるのなら御の字じゃないか。
「せっかく会えたんだし記念に二人で写真撮りたいんだけど、いい?」
「……いいけど」
「はい、ピースして笑って」
パシャりとシャッター音が鳴り、撮れた写真を柏木と共に見て笑いあっている。
この調子だと俺が変に仕切るよりはあながちフリートークにして間違いではなかったかもしれない。
「やっぱ茉白ちゃんコミュ力高いね」
「俺の妹だからな」
「冬真はそんなに高くないと思うけど」
「間違いないけどそういう意味じゃない」
自慢の妹だからな。的なニュアンスで言ったつもりが分かりきってることを突き付けられて傷付いた。
とはいえ、初めて結翔と話したときのことを思うと大概結翔もコミュ力は高い方であることは間違いない。
「柏木と話して来なくていいのか?」
「もう少ししてからでいいよ。二人も楽しそうにしてるし」
「確かに柏木が初対面でこんなに話せるとは思わなかった」
「茉白ちゃんが冬真の妹ってのもあるとは思うけど、冬真と出会って変わったんじゃないかな」
結翔は柏木と同じクラスでもまともに口を聞いたことは一度もなかったらしい。
他の生徒と話している所も全然見かけないしあんな風に笑う姿も見たことがなかったという。男女関係なくそうだったらしい。
俺が待ち伏せて挨拶してた頃も返してくれるまで何日かかったか分からない。
それが今、茉白とツーショを撮って楽しそうに話している姿を見てあれが本来の柏木の姿なんじゃないかと思った。
何故そんな風に思うのかは分からない。柏木と会ったのはつい数ヶ月前だし、当然昔の柏木のことは知らない。
けれど瞳のことで臆病になっていなければ元はああやって笑えていたのかと思うと胸が痛むのと同時に、今こうして笑う柏木を見て胸が切なくなる。
結翔の言っていることが本当ならいいと強く願った。
「……そうだったらいいけど」
そう小さく呟く。
「歌ってもいい?」
「好きなだけ歌え」
「じゃあ俺も頑張りますか」
茉白がマイクを持って曲を選び始めると、結翔は腰を上げて柏木の近くへと移動した。
暫く二人の間には気まずい空気が流れていたが助けに入ることはせず、歌っている茉白と交互に眺めていると次第に楽しげな声が聞こえてくるようになった。
またしても話のネタにされたような気がしたがそのくらい親友の為ならと思い、恥ずかしさを誤魔化すように曲を入れて歌った。
皆が打ち解けて満足するまで歌った後に解散となった。
店を出て家路に着く茉白は柏木とのツーショット写真を見てはスマホに顔を近付けて笑ったり、楽しそうで微笑ましかった。
「そんなに楽しかったのか?」
「楽しかったよ。ありがとね? 冬真くん」
礼を言うなら俺じゃなくて柏木じゃないか、なんて思ったが茉白の笑顔を見て辞めた。
理由はどうあれ、茉白が楽しんでくれて俺に感謝してるなら素直に受け取るのが正解だろうから。俺も素直に茉白の厚意に目を細めて返す。
「どういたしまして」
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