第12話

 それから暫く経って俺達は夏休みに入った。夏休みに入るまでにも柏木達と何度か遊んで気付けば結翔と茉白とも仲良くなっていた。


 結翔からの誘いで四人で八月の上旬にある花火大会に行くことになった。

 まだ夏休みに入ってすぐの頃、柏木からLINEが届いた。 


 栞さんのことについて詳しい日程が決まったから電話をしたいとのことだった。すぐに許可をだして通話を開始した。


『もしもし、希瀬くんいますか?』


「ここにいますよ。一応これ俺の携帯だからね」


 可愛らしいボケをかますので期待に応えて優しめにツッコミを入れると、「ふふ」と淑やかに笑う。


『それで日にちなんだけど、三日でも大丈夫?』


「大丈夫だよ、ありがとう」


『じゃあ伝えとく。またね希瀬くん』


 そう言って俺が返事をする間もなく通話が切られた。花火大会が八月の五日、栞さんと会えるのが三日、つまり二日前だ。


 会える嬉しさと会いたくない気持ちが半々。柏木にも栞さんにも無理言って予定空けてもらったんだし、皆と遊ぶ前にケジメ付けてこないとな。


 それからは時間があっという間に過ぎていき、すぐに三日になった。

 久しぶりの再会だから少しでも恥ずかしくないように着慣れない服を着て手土産を持って柏木の家を訪れた。


 柏木は気を使って家を出ているらしい。俺が一対一で話したいと言ったのを覚えていてくれたそうだ。


 この暑さだといつまでも玄関先でうじうじしている訳にも行かないので呼吸を整えてインターホンを押す。押した指先がまだわなわなと震えていた。


 すぐに二階から降りてくるような音がして玄関のドアが開かれた。


「久しぶりだねっ冬真くん」

「お久しぶりです、栞さん。わざわざ俺の為に今日はありがとうございます」


 久しぶりに会った栞さんは少し昔より大人びて見えた。そりゃあのときから何年も経過してるんだから当然と言えば当然なんだけど。


「かしこまらなくていいよ。暑いし中入らない?」


 言われるがままに玄関を通されて栞さんの部屋にお邪魔した。自室と言っても元で、中には何も残っていなくて淡白で殺風景な部屋だった。

 何気に柏木の家にお邪魔したのも今日が初めてなんだよな。


「随分大人っぽくなったね。驚いちゃった」

「背伸びしてるだけですよ。栞さんこそ」


 そうかなーと首を傾げて笑う栞さんを見ると昔を思いだす。たしか俺が小六のときに高三だったから、六歳差で四年と数ヶ月疎遠だった訳か。


 俺が今高二だから栞さんは大学卒業してるんだ、もうしっかり大人なんだな。


「今日はどうして会いに来てくれたの?」

「……俺なりのケジメを付けに来ました」

「ちゃんと最後まで聞くから、少しずつでも大丈夫だよ」


 震える俺を栞さんは優しい言葉で気遣ってくれる。その優しさに何度救われたか、その優しさがどれだけ辛かったか。


「俺はあのときからずっと栞さんのことが好きでした」

「うん、ありがとね」

「あのときからあなたが俺の全てだったんです……。だから言動全部に一喜一憂して栞さんが優しくしてくれる度に胸が切なくなって——」


 栞さんはただ黙って震える俺の口から紡ぎ出される言葉の一つ一つを噛み砕いていた。


「それから謝らないといけないことがあるんです……。栞さんとした約束守れませんでした」

「そのせいで冬真くんを傷付けたのならごめんなさい」


 栞さんもあのときの約束、ちゃんと覚えてたんだ。


「理由は聞かないんですね」

「ごめんね、言って。ちゃんと聞くって約束だったものね」


 中学に上がってから何があったのか、全部話した。それが栞さんを責めるつもりで放った言葉じゃないことはちゃんと伝えた。 


「優しくして欲しいと思ったのは君が好かれる為じゃなくて、君の言う通り君の幸せと、わたしの幸せを願ったからだよ。ごめんね、わたしのせいで大切な中学の思い出台無しにして」

「別にいいですよ。あんな風に利用する奴らと仲良くできてたとも思えませんし」


 もちろん気にしてないわけじゃない。辛かったのは事実だし、接し方が違えば現在も違ったのかなとは思う。


 でもこれでいいと思えるのは、そんなたらればの世界よりこっちの方が俺は好きだからなんだ。


「あといくつか謝らせて。こっちを離れるときもっと詳しい話をしてなくてごめんなさい」

「はい」


 俺は否定も肯定もしなかった。ただ謝罪を受け止めるのが精一杯だった。

 そのせいで苦しい思いも沢山してきた、だから嘘でも気にしてないとか平気だなんて言えなかった。


 俺が栞さんにとってどんな立場に居るのか分からなかった。近所のガキが懐いたから相手していただけだと思ってたから、離れるとき俺にそんなことを聞く権利なんて持ち合わせちゃいないと思い込んでた。


「冬真くんがわたしを好きだったのあのときから分かってたよ。でも冬真くんの口からちゃんと伝えられるまでは甘えてたかった。わたしの方が年上なのにずるいよね」

「じゃあ俺も好きだったって言ったんで甘えるのは終わりにしませんか? ケジメつけに来たんですってば」

「……わたしは冬真くんが嫌い……大嫌いっ!」

「……はい。ありがとうございます」


 俺は淡々と言葉を返した。待ち続けていた言葉は思ったよりも重く胸にのしかかった。


 好きだった人に嫌いだと言われたショックも当然ある。でも一番は、言った本人が俺より辛そうな顔をしていたから。


 嫌いと言わずに可能性を残す方が残酷なことを知っているから、栞さんは俺を嫌いだと言ってくれた。なら言葉の通り受け止めるしかないじゃんか。


「今日はありがとうございました」

「わたしこそありがとう。曇ってたものが晴れた気がする」


 家の前で最後に立ち話を交わす。栞さんと俺の目元には涙のあとが微かに残っていた。


「今栞さんは幸せですか」

「幸せ……うん、幸せ! 嫌いな冬真くんにだから教えてあげるけど、もうすぐ好きな人と結婚します」


 あのときから栞さんに幸せになって欲しいと思ってた。栞さんのことが好きだったから栞さんを幸せにしてくれる人がいるんだと知って、心の底から安堵した。

 栞さんを幸せにするのは俺じゃないし、俺を幸せにするのもきっと栞さんじゃない。


 俺はこれから俺の道を進んでいいんだ、願っていたことが叶ったから、今度は俺が栞さんの願いを叶える番だ。栞さんの為にも、俺の為にも。


「最後にわがまま言ってもいいですか」

「いいよ。ちゃんと聞くって言ったでしょ」

「もし俺も幸せになれたのなら、栞さん達のこと祝いに行ってもいいですか」

「うん。待ってるね!」

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