第17話
翌日もまた結翔の家を訪れていた。借りていた漫画も昨日のうちに消化し、ちゃんと涙も流しておいた。
「今日も結翔だけ?」
「兄貴は出かけてるし親は今日の夜まで旅行だね」
「それは捗るな。全部読んできたからプロット考えるぞ」
昨日ここで読まなかった数十冊の漫画が入った袋を返して床に座る。
結翔も諦めて話し合いをする気になったのか椅子に座ってこっちを向いた。
「茉白に向けた漫画とかじゃないんだよな?」
「重いし引かれたらやだし、振られたらあとに残せないしそうだね」
「お前のいいところはポジティブなところだったよ」
「人の応援はいいんだよ。でも俺のことってなるとどうも……」
自分に対してはネガティブで他人にはポジティブ、難しい性格だ。
そもそも何が理由でこんなに自分に自信がないのかがいまいち分からない。
俺から見れば見た目もよくて友達の為に怒れて人に優しくて、悪いとこなんてないはずなのに。
「ちなみに聞くけど茉白が初恋とか?」
「いや、中学のときに好きだった子を家に呼んだら兄貴のこと好きになって以来自信ない」
「なるほど。でも流石に茉白はそういうのないと思うけど」
「兄貴に惚れなくても俺に惚れてなかったらとか考えるとさ」
俺が見る限りじゃ好きまで行かなくても気になる男子レベルまではいってるが、それを伝えるのも違うので言葉を飲み込む。
そして結翔はいくら慰めても無限に悪い方向に持っていこうとするので大きく咳払いして今の話をなかった事にする。
「何頁くらいのを想定してるんだ?」
「読み切りくらいのを」
「なら展開は早くないとダメだ、無駄な説明は省かないと収まらない可能性もある」
「おお、なんか冬真が頼もしいよ」
ネットで調べた情報と巻末の読み切りを読んだりしていただけのずぶの素人なので持ち上げられるとやりずらい。
「まずは設定からだ、短い間に収めるとは言えど単純な恋愛では満足感に欠ける。読み応えのある設定をつけていかにコンパクトにまとめれるかが勝負だ」
「俺の漫画設定が弱いんだよね」
お互いに案は出るものの、なかなかピンと来るものが出ずに男二人で唸り続けていた。
「自分に自信がないけど優しい女子が、コミュ力高くて面倒見のいい男子に気に入られて心を開くんだけど、それを気に入らない女子達がいじめます。それをガツンと男子が大勢の前で俺の女だから手を出すな。みたいなのは?」
「それオリジナリティなくない?」
「たしかにオリジナリティはないけど、キャラ設定は茉白と結翔だよ」
「もう茉白ちゃんに悟られない程度に俺と茉白ちゃんで描くのは認めるよ。他にどんな漫画描けば気持ちが伝わるか思い付かないし」
ようやく許可が降りたので普段の二人の特徴を活かしつつキャラにしたいところだが、男女逆転よりかは主人公を茉白を元にしたキャラにして、結翔を元にしたキャラからアプローチをかける形にした方がいいかもしれない。
「茉白は他校だから他校のヒロインに一目惚れするとか」
「あり」
「あり」
結翔の同意に感謝を述べる。
「アプローチしているうちに向こうも好きにとか?」
「まあ、それでいいんじゃないかな」
いやそれじゃまんまお前らじゃないかとツッコミを入れたくなったが、本人が気付いてないなら嫌がる人もいないし黙っていようと思う。
そんな感じでざっくりとした設定が決まり、今度は細かなキャラ設定とストーリーの構成か。
「ヒロインの一人称はあたし、コミュ力が高くて男女問わず好かれる人気者。優しくて可愛い」
「それなら男の方は実はモテてるけどそれに気付かないで振るくらい鈍感。でも自分には自信をもてずにいるが」
「なんだか良さげな設定だね」
結翔が考えるヒロイン象が茉白だったので、男側の設定を結翔にして結翔の特徴をあげていくと、驚いたことに気付いていない。
どこまで自分の恋愛に鈍感なんだろう。散々友人キャラ呼ばわりしてきた俺が言うのも気が引けるが、さすがに鈍感主人公過ぎる。
「あとはストーリーの構成だね」
「まずボーイミーツガールってのを考えないと」
どこで出会って恋に落ちるのか。さすがに友達の妹とかだと茉白が読んでて察してしまうし、無難に駅のホームとか車内でもいい気がするけど。
「人数合わせで他校の女子達と遊ぶことになり、連れていかれた先で同じく付き合わされているヒロインと出会い意気投合」
「悪くないけど結構出会うだけで長くなっちゃう気が」
「じゃあ毎朝同じ電車でとかは?」
「差分で使い回せそうだからわりとあり」
そのまま順調に話し合いが進んでいきプロットが完成したのは十八時を回った頃だった。今日が日曜日なのでまたこうして様子を見に来るのは次の土曜日辺りになる。
「一人でも大丈夫そう?」
「元々一人でやってた事だし、プロットが出来てれば問題ないよ」
「そっか。じゃあ頑張って」
それから三日程経ったある日、結翔が授業中に倒れて保健室に運ばれたらしい。様子を見に保健室に向かうとベッドで熟睡する結翔の姿があった。
暫くして昼休みになると奏に誘われて昼飯を共にしていた。学校ではあまり奏から話しかけて来ることがない分、昼休みに誘ってくれるのが俺の楽しみでもあった。
今までは俺が勝手に隣に座って食べていただけで会話もあまりなかった。
「浅倉くん大丈夫だった?」
「気持ちよさそうに寝てたから多分ね」
「そっか」
弁当を食べ終わってもう一度結翔の様子を見てくると言うと、奏も一緒に着いてきた。
保健室からは追い出され、二組の教室の机に突っ伏している結翔を見つけて声をかけた。
「……ん。あれ、冬真と柏木じゃん、どうした?」
「どうしたって……。結翔、今何徹目?」
欠伸をしながら顔をあげた結翔の目はかなり充血していた。
「まだ二日目」
「頑張るのはいいけどさ、今日みたいなことあると俺も心配になる」
「私も心配した」
「はやく見せたくなっちゃってさ。二人とも悪い、今日はちゃんと寝るよ」
気持ちは分かるが息抜きも必要かな。茉白も結翔も仲が良いのか不安らしいし、どこか誘って気持ちを確かめさせがてら結翔に肩の力抜いて貰いたい。
「奏って今度の土日とか空いてる?」
「うん」
「じゃあ結翔と茉白と四人でどこか行かないか?」
「いいね」
そのままずるずる茉白も結翔も来てくれることになった。
二人が行くならあたしもと茉白が来て、茉白が行くなら俺もと言って全員集まった。
場所は決めていなかったが知らないうちに俺以外が盛り上がって遊園地に決まっていた。ここなら奏と回ると言って結翔と茉白を二人にできるし案外悪くない。
「ごめん、待った?」
「俺も今来たとこだよ」
「え、今?」
「やめろ」
実際は十五分程前から奏以外は待ち合わせ場所に着いていた。
俺と茉白は同じ家からなので一緒に来て当然だが、結翔はそれよりも前にここにいた。
どれだけ楽しみにしていてくれたかが伺えて誘った甲斐があった。
「メリーゴーランド乗りたい」
「メリーゴーランドはいいかな」
「俺もごめんね」
「もう、減るもんじゃないのに。奏ちゃん行こっ」
奏の手を取って無邪気に駆けていく茉白の様子を横目に見て、俺の使命を思いだす。
茉白の保護者をしている場合じゃなかった。
「奏と二人で行動するからそっちはそっちで頑張って。茉白との仲が心配ならちゃんと茉白の口から聞いてきなよ」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
思いの外素直に受け止めるものだから思わず吹き出した。茉白と二人きりは荷が重いだの、そんなこと聞けるはずがないだのと言ってくることは想定していたし、何度か励まして納得させる所まで考えていたのに。
でも告白するわけじゃないし、二日も徹夜して描き続ける程はやく見せたいと思うのは覚悟が決まっている証拠だ。
「おかえり、どうだった?」
「あたしは楽しかったよー?」
「私も」
「なら良かった」
二人で楽しそうに遊んでいる所を見せられるとどうも言い出しにくいが、俺から言わない限りは結翔と茉白を二人にするのは難しい。
「あのさ奏、良かったら俺と二人で回らない?」
「……私はいいけど、茉白さん達はいいの?」
「まあ付き合いたてなら邪魔したくないし」
「頑張ってね、冬真くん」
「ありがとう」
二人に気を使われた感じになってるのが気に食わないが、これで俺達と分離することができた。あとは俺ではなく結翔が頑張るだけかな。
「じゃあまた後で」
「うん、冬真くんも楽しんでね」
温かい目で見送られて特に予定を決めていなかった俺は奏と共に園内の地図を覗き込む。
あんまり決めることに時間をかけるのも勿体ないので近くにあるアトラクションの中から決めようということになった。
「あ、こことかどう?」
そのまま歩みを進めていると、お化け屋敷の看板が目に入った。立ち止まって説明文を読んでみると思ったより本格的で興味を惹かれる。
「苦手」
「仕方ない、他のとこ探そうか」
茉白のときに反省したので嫌がってることを強要したくはない。本当は一緒に楽しみたかったところだが苦手と言うんだからしょうがない。
「苦手ってだけで辞めるのは勿体ないと思うけど」
「ええ、じゃあ入る?」
「……うん」
なかなかによく分からないことを言われて困惑したまま中に入ってしまった。そんなに苦手なら無理して入んなくて良かったのに。
「手、繋いでて……」
「わかった」
結翔から借りて読んだ少女漫画にも、驚いたり怖がって反射的にスキンシップをとって距離を詰めるとか言ってたのを見たけど、これだけでも十分破壊力あるな。
差しだされた手は細く小さく、少しひんやりとしていて心地よかった。
「今のところ怖くないな」
「うん」
建物の中は薄暗いものの、完全に見えない訳ではないのである程度予測はつく。これなら奏が怯えて近付いて来ることもないだろうし、少し残念ではある。
「あ……あ……」
「どうした?」
「私何もしてないけど」
「マジかぁ……」
だいたい察しがついた状態で振り向くと案の定ゼロ距離に幽霊と思しき存在が立っていた。
ただまあ本物じゃないのは分かっているし、俺も子供じゃないし、奏の前で大声だして逃げたりなんかできない。
「よし、とりあえず歩くか。俺達は何も見てない」
「私も何も見てない」
お互いに暗示をかけながら後ろの幽霊を無視して歩き続けると、今度は通路の両脇に牢獄をイメージしたようなゾーンに突入した。
「いやっ……なんか触られたかも……」
「俺もがっつり足触られた気がする」
物理的に触れない距離まで中央に詰めようとするとどうしても身体が密着してしまう。
こんなに接近したのは初めてなのにいちいち喜びを噛み締めている程精神的な余裕もなく、お互いに早足で駆け抜ける。
すると今度は追い討ちをかけるように目の前に逆さ吊りにされた生首が投下される。
「きゃぁっ!」
そろそろ限界が近い俺に、限界が訪れた奏が驚いた拍子に抱きついてきた。
全ての負の感情がリセットされることはなかったが、格好悪いところは見せられないのでなんとか出口までエスコートした。
色んな意味で心臓バクバクだったし死ぬかと思った。
「散々だったな」
「うん——」
「さっき急に抱きついたりしてごめん」
「ううん、嬉しかった」
「そう……?」
照れくさそうに目線を逸らして眼帯を弄る奏を見て精神が浄化されていく。それに好きな人に抱きしめられて嬉しくない男はいないと思う。
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