第18話

 ※浅倉結翔


 気を使って二人にしてくれたはいいけど、茉白ちゃん絶対柏木と遊びたかったよね。

 とはいえもう二人とも行ったしその分俺が楽しませてあげないと。


 せっかく二人になれたんだからネガティブになるな、仲良くなるチャンスだろ、そう自分に言い聞かせてみてもやはりどこか不安が残る。


「茉白ちゃんは行きたいとこある?」

「んーあたしはなんでもいいよ?」


 園内のマップを見ながら問いかけると、いきなり何でもいいよカウンターをくらった。正直女子の好きそうな乗り物も分からないし、下手に選んでテンションを落としても困る。


「じゃあお化け屋敷行こうかな」

「やっぱり何でもは嘘」

「なら一緒に考えてね」


 好きなものは知らないけれど怖いものが苦手なのは知っている。それを利用して一緒に考えることに成功したはいいが、思いの外茉白ちゃんとの距離が近くて緊張するしなんかいい匂いもする。


「ゴーカートは一人ずつだし違うか」

「なら結翔くんが運転して。せっかく二人なんだし」

「茉白ちゃんがそれでいいなら」


 今更だけどゴーカート相乗りって年齢制限で親と乗るとき以外そうそうないよな。

 高校生二人が一緒って傍から見ると下手したらカップルに見えるんじゃないかな。


「それでは行ってらっしゃーい」


 スタッフに見送られてアクセルを踏む。俺一人が乗るにしても足元が窮屈なのに二人乗りと来るとなかなかに狭い。故に距離が近くてドキドキが収まらない。


「あたし運転苦手だから昔は冬真くんの横に乗ってた」

「今もだけど運転しないゴーカートって楽しい?」

「結翔くんと一緒だから楽しいよ?」

「そっか」


 急に照れさせてくるのはずるい。動揺しすぎて二度もぶつけた。運転下手だと思われる。


 でもそんなに嬉しいこと至近距離で言われたら調子も運転も狂うに決まってるのに、無自覚であざといのはギルティだよ。


「結翔くんは楽しかった?」

「茉白ちゃんと一緒だから楽しかったよ」

「ふふっ。あたしも」

「おお……」


 仕返しをしたつもりが更にカウンターで返されて再び言葉を失う。


 よく好きになった方が負けだと聞くけど本当にその通りだと思う。

 こっちを見て笑い掛けられるだけで顔が熱くなるし目も合わせられない。


 今までも気になる子がいたことはあったけど、ここまで重症化したのは彼女が初めてだ。

 無論誰かの為に漫画を描こうとしたことなんてなかったし、そもそも描いていると伝えたこともなかった。


「懐かしい」


 今度は少し移動してコーヒーカップに乗っていた。


「これ本気で回されるとしんどいんだよね。あ、今のは振りじゃないからね」

「大丈夫だよ。あたしも被害者側だから」


 被害者組二人で恐らく加害者側だったであろう茉白ちゃんのお兄さんのことを思い浮かべながら笑い合う。


 回さないコーヒーカップなんて初めて乗ったレベルで今まで誰かしら回す人が一緒だったので、こういうゆったりとしたコーヒーカップもいいなと思う。


 ゆるりとした回転が止まり、荷物を持って行く場所も決めずに歩き続ける。

 休日ということもありカップルの姿が多く目につくが、俺達もそう見えているんだろうか。いや、でもさすがに釣り合ってないし無理かな。


「考えごとー?」

「……ああっうん! そう!」


 立ち止まって下から俺の顔を覗き込むので茉白ちゃんと目が合い、慌てて目線を逸らしながら相槌を打つ。


 いきなりそんなに接近されたら心臓が幾つあっても足りない気がする。


「ふーん? 結翔くんはお腹減らない?」

「何か食べようか」


 納得がいかない様子だったが特に何考えてたの? とか無粋なことは聞いてこなかった。時計を見ると丁度いい時間だったのでクレープを二つ買って食べた。


 花火大会のときも思ったけど量食えないのに美味しそうに食べる。なんなら俺が食べてるときより茉白ちゃんが食べてるのを見る方が色々満たされる。


 食べ切ってから他のアトラクションに片っ端から乗っていき残すところも少なくなってきた。


「茉白ちゃん絶叫系は平気?」

「好きだよー」

「じゃあジェットコースター行く?」

「行きたい」


 自分から提案しておいてなんだけどジェットコースター得意じゃないんだよな。

 ただどうせなら行けるとこは行っときたいと思っただけで。


 まあ茉白ちゃんが楽しそうだからそれでいいんだけど。

 そんなことを思いつつ、茉白ちゃんの後を着いていくと最前列に乗ることになった。


 ゲームであんなに怖がっていた子が最前列に乗るだなんてなかなか肝が据わってる。

 俺がビビってきゃあきゃあ言うわけにもいかないので澄まし顔で遠くを見つめる。


 間違っても下を見てはダメだと本能が叫んでいるのが聞こえる。

 スタッフのお姉さんによって安全装置で固定され、いよいよ逃げることができなくなった。


「顔色悪いけど大丈夫?」

「いや平気平気、それより楽しみだね」

「無理しないでね?」

「ありがとう。でも本当に大丈夫だから」


 顔を覗き込まれて心配されながら乗り物が動き始める。

 最初の直線をガタンゴトンと音を立てて登っていく。


 わざわざ落ちる為に登っていくんだ。なんだかそう考えると死ぬ為に生きてる俺達みたいだな。


「結翔くんそろそろだよー?」

「お、おう!」


 気付けば既に頂上まで登りきっていて既に乗り物は斜め下に傾き始めている。

 そうか、これが死。


「きゃぁ〜あははっ」

「うっ……わあああ!」

「結翔くん、楽しいねー?」

「楽しいなあ!?」

「あははっ。今回転してるよ?」

「楽しいなあ!?」


 半ばヤケになりながら茉白ちゃんの問いかけに答えていると、自己暗示が聞いてきたのか本当に楽しくなってきた。


 その後も終わるまで絶え間なく茉白ちゃんの歓声だけが隣で響いていた。


「もう一回乗らない?」

「いいよ、乗る?」


 放心状態のまま荷物を回収する俺に腕を伸ばして上機嫌な茉白ちゃんが更なる追い討ちをかけてくる。


 ここで負けるわけにはいかないので虚勢を張るが、内心勘弁して欲しい。


「冗談。本当は怖かったんでしょ?」

「……はい、とても」

「あはは、可愛い。頑張って偉かったね」

「そういうのいいんで」


 二度目の乗車は間逃れたものの、男として大切なものを失った気がするのは気の所為か。


 全て見透かされていたと思うと今までの虚勢が尚更恥ずかしく思えてきて死にたくなる。


「もうすぐ時間だし最後は落ち着いたのがいいかな」

「なら観覧車?」


 比較的落ち着けるし、二人の時間も長いので最後に乗るアトラクションとしては最適だと思う。


 乗車すると少しずつ上昇して地面が遠のいていく。


「これでお互い弱点できちゃったね」

「なるべく見せたくなかったんだけどね」


 向かい合って座った茉白ちゃんが先程のジェットコースターのときの話を再び掘り返すので羞恥心が再び俺を襲う。


「あたしは結翔くんのこと知れて嬉しいよ。知らないうちに大切な人が傷付いてるの嫌だから……」

「冬真のこと気にしてたんだね」

「あたしの前ではいつもあんな感じだったし、中学違ったから昔のこととか殆ど知らなかったんだよ?」

「それは冬真なりの優しさだよ」


 いつになく茉白ちゃんの言葉に感情がこもっている。冬真が茉白ちゃんに心配をかけさせたくなくて無理をする気持ちも分かるし、ちゃんと相談して欲しかったという茉白ちゃんの気持ちだってわかる。


「でもそれじゃ嫌なの! ちゃんと困ってるなら、苦しいなら、辛いって言って欲しいの……」

 

 俺が冬真のやり方にとやかく言う資格はない。茉白ちゃんが好きだから肩入れして強制するのは違う。


 だから俺は俺なりに茉白ちゃんの助けになりたいと願う。


「じゃあ冬真の代わりに俺が辛いとき茉白ちゃんのこと頼ってもいいかな」

「優しいんだね、結翔くんは。ありがとう」


 辛そうな顔をしていた彼女の顔から笑みが溢れた。その一瞬をいつまでも袋に閉じ込めて保管しておけたらいいのに。そう思った。


 俺の言葉で彼女の憂いを晴らせたのなら、思い上がりでないのなら、俺は茉白ちゃんにとって大切な人になれたのだろうか。


「俺は茉白ちゃんのこと大切だし仲良いと思ってるんだけど、漫画見てくれるかな?」


 勇気を振り絞って誰かに気持ちを伝えたことすら初めてだった。少し前までは茉白ちゃんからの返事を聞くのが怖かったりもしたけど、今はそうじゃない。


 彼女が俺をどう思っていようとも俺の気持ちは変わらないから。彼女の幸せを守りたいと思えたから。


「見せて。あたしも結構初めの方から結翔くんのこと大事に思ってるから……」

「嬉しい。じゃあ来週の日曜までには描き切るからもう少しだけ待ってて」

「楽しみに待ってるね」

「うん」


 それから観覧車が下りきるまで俺達が言葉を交わすことはなかった。

 不思議と俺達の間に気まずさはなく、胸のなかに残るこの温かな感覚を忘れたくなくてそっと焼き付けていた。


「じゃあまたね」

「頑張ってねっ」


 冬真達と合流して駅で別れた。別れ際には観覧車のときのようなしんみりとした雰囲気はなく、普段の明るい茉白ちゃんに戻っていた。


 結構初めの方から俺のことを大事に思ってる、か。一人、帰り道でその言葉を思い出す度に顔がにやける。この言葉だけで無限に漫画のモチベをあげれるかもしれない。

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