第16話
そこからはあっという間に時間が過ぎていき、夏休みが開けて学校が再開した。
家に帰ると茉白がリビングのソファで寝そべりながらスマホを見つめていた。
「お前本当に無防備だよな」
「ごめんね、ちょっと気持ち悪いって思った」
「なんでだよ」
妹の身を心配しただけなのに酷い言われようでお兄ちゃん泣きそうです。だいたいいくら茉白が可愛くても実の妹に対してそんな感情抱くわけがない。
冷蔵庫から麦茶をとりだしながらふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「茉白は結翔とどうなの?」
「んーまだ漫画見せてくれてない」
「結翔が描いてるって言ってたのか。忘れてるんじゃないのか?」
「結翔くんは約束忘れないよ。まだあたし、結翔くんと仲良くなれてないのかも」
珍しく寂しげな目をする茉白に少し驚いている自分がいた。様子を見ている感じだと漫画が気になると言うよりかは、仲良くなれていないから見せてくれないんだと思って落ち込んでいると言ったところだろうか。
前までは結翔がアプローチしている感じが強かったのに、茉白もちゃんと意識はしてたんだなと改めて認識した。
二人には世話になったし茉白のお兄ちゃんとして、結翔の親友として、一肌脱いでくるか。
「ちょっと俺に任せてみて」
「変なこと言ったりしないでね?」
「変なことってだいぶ抽象的だけど。まあ言わないから心配するな」
「ゆーいーとくーんあっそびましょー」
——ピンポーン。ピンポーン。
早速休日の朝から家に押し掛けて呼び鈴を連打している。ちゃんと結翔以外が居ないのを確認した上での連打なのでセーフだ。
それに昨日ちゃんと連絡はしていたのでセーフだ、見ていなかったけど。
全力でお兄ちゃんしていると、お勤めご苦労様って茉白の声が聞こえる。でもきっと茉白はまだ布団の中ですやすやしている頃だと思う。
何故こんなに今更お兄ちゃんお兄ちゃん言っているのかと言うと、実のお兄ちゃんだからだ。
夏の暑さに頭がやられたとかそういうのじゃなくて、ようやく協力される側から協力する側になれたことが嬉しくて気分が高まっているんだ。
「めっちゃうるさいんだけど……。来るなら来るって言ってよ」
ようやくドアが空いて寝癖のついた結翔が中からでてきた。
「一応伝えたけど」
伝わってなかったけど。
「本当だ、メッセ来てた。で、今日はなんの用?」
「遊びに来たんだよ」
「俺まだ顔も洗ってないし飯も食ってないよ」
「いいよ待つから」
半ば強引に食い下がって結翔のお宅へ侵入することに成功した。
とりあえず結翔の支度が終わるまでリビングで正座して待たされた。
「今日の冬真、やけに元気だよね」
結翔がトーストをかじりながら冷たい目で俺を見る。
「キャラ変した」
「お願いだから元に戻ってよ」
「わかった」
本当のところ慣れないキャラ作りは難しかったので喜んで辞めた。
今までの俺と対照的過ぎてやってる側も疲れるし結構恥ずかしかった。
「そう言えば茉白とはどうなの?」
「どうもこうもないよね」
ちょうどトーストを食べ終わった結翔が手を叩いてかすを落とすと、そのまま部屋に連れてこられた。
部屋には何個か本棚があり、少年漫画四割、少女漫画六割で置いてあった。
デスクにはパソコンとタブレットが置いてあったり結構充実していた。
それ以外は結構普通の男子の部屋と言った感じだった。
「何してるの?」
「エロいものないかと思って」
「俺が冬真の部屋に行ってもやらなかったことを」
「別にやってくれても良かったけど」
ベッドの下を覗いていると訝しげな視線を浴びせられた。
正直ちゃんとした男友達は結翔が初めてだったし、こうして男友達の家に遊びに来るのは小学生以来だ。漫画やアニメでよく見るこういうシーンに密かに憧れを抱いていたので反省はしてない。
でもやっぱりベッドの下はちょっと安直過ぎるよな、俺が持っててもそんなとこ置かないし。そう思うと半ば一発ギャグみたいなものだし言われる程のことでもないのでは。
「奏と茉白の前ではこんなこと言えないからなんか楽しい」
「まあ俺も楽しいけどさ」
「今はネットで買えるもんな、なんか電源付いてるしパソコン見てもいい?」
「いや、ダメだねマジで」
「冗談だ」
今冗談にした。でも楽しいって言うから悪ノリしたんだし、結翔の女の趣味を知るのも大事な任務だったんだけどな。
この焦り方からするとそれよりも見られたくないものが入ってるような感じがした。部屋にGペンもないし多分デジタルだ、つまりはあの中に結翔の漫画が入っていると見てまず間違いない。
「茉白に仲良くなったら見せるって言った漫画どうなったの?」
「君の恋路のフォローとか茉白ちゃんと遊んだりとか忙しくて手付けてないよ。それに俺は仲良くなったと思ってても向こうがどう思ってるかは分からない」
前半の話に関しては感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、後半は茉白と同じようなことを言うんだなと思った。
二人は傍から見れば仲がいい、ときどき付き合っているように見えることもあるくらいには仲がいい。
二人はきっととても臆病で素直じゃない。自分だけ勘違いしてたってなるのが怖くて踏み出せないんだろうけど、お互いにそれじゃ始まらない。
「今から描くぞ」
「まだプロットもできてない」
「俺も協力する。これは恩返しだから拒否は許さない」
「随分とおこがましい恩の返し方だね。だいたい冬真は少女漫画読んだことあるの?」
悩んだ結果、ないと応えると数十冊の少女漫画を渡された。協力したければまずはある程度知識を付けろとのことらしい。
これでもまだ厳選した方だというので大人しく漫画を読むことにした。
その間結翔はラフを描いては消して、ときに唸り声をあげて作業をしていた。
少女漫画と聞くとどこかで敬遠して読んでこなかったジャンルだ、少年漫画を読む女性は沢山居るが、少女漫画を読んでいる男性はあまり見ない。そうなると少女漫画の置いてあるスペースに足を踏み入れることを躊躇してしまう。
少女漫画は恋愛がテーマのものが殆どなのに対して、少年漫画はバトルやラブコメ、推理や異世界転生など様々なジャンルがある。
その点のとっつきやすさを考慮すると敬遠してしまうのもなんだか頷ける。
まあこれも読まないと進まないと言われては、とっつきやすさなんて気にしてもしょうがない。借りた漫画の頁をめくり読み進めていく。
開いてみるとパンを口に咥えて遅刻を連呼して曲がり角でぶつかるようなことはなかった。
でも登場する男は皆イケメンだった。当然と言えば当然だ、少年漫画のヒロインは色んな男性読者のニーズに応えた美少女が出てくる。それと同様に少女漫画だって女性読者のニーズに応える為にイケメンにするのは至極当然だ。
ただ俺は男なのでどうしても男側の気持ちで考えてしまう、こんなに簡単に向こうからアプローチをかけられることなんてそうそうないだろ。とか彼氏持ちの子にちょっかいかけるなとか色々と文句が出てくる。
「冬真読むの早いね」
「本当だ、これ最終巻じゃん」
気付けば手を付けた一つ目の漫画が終わりかけていた。読み終わる頃には軽く涙ぐんでいた。読んでいる間はあれこれ言ったが、読み終わると皆幸せになって良かったという思いと、もう続きが読めない寂しさが押し寄せてきた。
女性作者ならではの切り口と発想、感情の描写の細さと恋愛観があった。
「どうだった?」
「色々考えさせられるけど面白いよ」
「冬真分かってるじゃん! そこの本棚にあるのならいつでも貸すから!」
「ありがとう。でもとりあえずこれ読み終わったらプロットな」
「わかったよ」
このまま乗せられて漫画読んでるだけだと始まらないので、しっかりメリハリをつけて今は借りた分だけにしようと決めた。怖いのが俺もはやく別の漫画も読んでみたいと思っているところだ。
「そっちはどう?」
「んー久しぶりに描くから絵の練習をね。冬真好きなタイプとかある? 外見でね」
「薄い茶髪でロングで——」
「うんうん」
タイプとか考えたことなかったけど、奏の姿を思い出しながら特徴を述べていく。結翔は頷きながらすらすらペンを動かしていく。
「あと眼帯」
「こんな感じかな。うわ、思いっきり柏木じゃん」
「頼む……後で送ってくれ」
「おっけ」
結翔も描きながら奏をイメージしていたであろうイラストを見せられる。想像以上に絵のタッチが繊細で、少女漫画を描いていると言っていただけあって全体的にキラキラしていて可愛らしい。
「今度は結翔の好みのタイプで描いてみて」
「はい、こんな感じかな」
「やっぱ上手いよ。すげー可愛い」
特徴がまんま茉白のことは言わないでいた。
「まあ元が可愛いからね」
「まあそうだね」
元がとか言われたら俺が黙ってた意味がなくなるが、茉白が好きな結翔に好きなタイプを聞いたら茉白ができるのはおかしなことではないか。
「この速度と上手さだとプロットさえできれば時間かからなそうだな」
「買いかぶり過ぎない方がいいと思うけど」
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