第15話

 二人で電車に乗ったあと、もうだいぶ遅い時間だったので奏を家まで送り届けた。


「お願いがあるんだけどさ——」


 奏の瞳の色ごとの感情をリストアップしてくれと頼んだら交換条件を持ちかけられた。自分だけ感情が筒抜けなのは恥ずかしいので、嘘をつかずに思っていることを言うこと、だそうだ。


 言われなくてももう嘘をつく気はなかったので喜んで引き受けた。


 それともう一つ、栞さんの連絡先を教えて貰った。理由はちゃんと話した。栞さんと話したときに俺がもし幸せになれたら結婚を祝ってもいいか、と約束をしたことを話すと嫌々ながら教えてくれた。


「じゃあおやすみ」

「うん、おやすみ」


 家に帰る頃に茉白が待ってると言ってくれたことを思い出した。さすがに帰ってるよな。もしかして俺の為に待ってくれていた茉白達を置き去りにしてしまったかもしれないという一抹の不安が過ぎる。


 玄関のドアに手をかけて家に入ると茉白の靴がたしかにあって安心した。

 それともう一つ、俺の靴じゃない男ものの靴が一足あった。まさかこんな時間まで俺の家で待ってるだなんて思いもしなかった。


「おかえり、話ちゃんと聞かせて?」

「うん、ちゃんと話すよ」

「さっきは感情的になってごめん。痛かったよね」

「いいって。結翔のおかげで目が覚めたから」


 二人を連れて俺の部屋に戻った。二人も疲れてるはずなのに俺の帰りを待ってくれていたと思うと感謝してもしきれない。


「二人とも今日はごめん、せっかく楽しかった雰囲気ぶち壊しちゃった」

「本当だよ。結翔くん宥めるの大変だったんだよ?」

「それはごめんじゃん」

「本当に迷惑かけて申し訳ない」


 あそこまで感情的になった結翔を俺は初めて見た。普段は温厚で優しい結翔が俺の為にあんな風に怒ってくれたのが嬉しかった。


 それはそれとして茉白には本当に申し訳ないことをしてしまった。

 ひとしきりお小言を言われてから本題に戻った。


「二人には栞さんの話してなかった。というか二人に嫌われたくなくてわざと黙ってたんだけど——」


 栞さんと会ったときの話から別れてから何を思ってきたか全部赤裸々に話した。

 茉白には何も言わずに疎外感を覚えさせたり、心配をかけたりしたこともあり、もう隠しごとをして俺のことで悩んで欲しくないと思ったんだ。


 中学に上がって失望して、利用されるくらいなら利用してやろうくらいの気持ちでいたことも話した。


 奏と話しているときに何度もフラッシュバックして自分が分からなくなって、自分が嫌いになっていたことも話した。


「それとちゃんと仲直りしたよ。仲直りっていうか許して貰ったって言った方が正しいけど」

「そっか」

「良かったね、柏木が優しくて」


 二人は顔を見合わせてどこかニヤついた笑みを浮かべていた。

 きっとその先が聞きたいんだろう。


「それと奏と多分付き合い始めた」

「多分ってなんだよ」


 結翔から冷静にツッコミを入れられて萎縮する。付き合って(?)すぐにキスされたとか、告白したらキスされたとか結構色々すっ飛ばしてるし、向こうからされるのも男として不甲斐ないというか色々言いにくい。


「告白はしたんだけど、返事はなくて。その代わりなのか分かんないけど、キスされた」

「マジか。でもそれ答えじゃん、おめでとう」

「冬真くん頑張ったねー。お疲れ様」


 やっぱりそうだよな。断るつもりだったらあんな場面でキスなんかしないよな。確信を持つと途端に嬉しさが胸から込み上げてくる。

 大丈夫かな、俺今日死んだりしないかな。


「二人ともありがとう。茉白と結翔がいなかったら多分今頃首吊ってたよ」

「笑えない冗談はやめろ」

「ほんとにね」


 その後も奏のどこが好きだったんだとか、なんて告白したんだとか色々質問責めされて、結翔が帰ったのは日を跨いでからのことだった。


「おはようございます、栞さん」


『うん、おはよう』


 早速翌日の早朝から俺は栞さんと電話で話していた。ちゃんと伝えておかないと優しい人だから心配させてしまうと思って。


「昨日俺が奏に告白して付き合うことになりました。奏のこと沢山傷付けたけど、これからはその何倍も幸せにしてあげたいから。それと今、俺は奏と付き合えてめっちゃ幸せです」


 栞さんは電話越しでも伝わるくらい涙の滲んだ声で「そっか」、と一言だけ返事をした。その三文字の裏には驚き喜び不安期待、色んな感情が含まれていた気がした。


「十一月に結婚式があるの、だから冬真くんのこと招待していいかしら」

「じゃあお祝いの言葉はそのときまでとっておきますね」


 そう約束して通話を切った。長い間我慢してきた言葉だから通話越しなんかじゃ言いたくない。


 それから急いで支度をして奏の家に向かった。玄関のインターホンの前で指を震わせていた、付き合い始めた次の日にお家デートなんて緊張して当然だった。


 そういう意図があって家に誘ったわけじゃないのは知っているが、あらぬ想像をしてしまうのが思春期の男子だ。


 前回も来たが、あのときは栞さんとだったしそういうドキドキよりも別の緊張でいっぱいだった。でも今回は彼氏と彼女で相手は奏だ。


「いらっしゃい。何してるの?」

「あ、えっと……お邪魔します」


 俺だけが気まずい雰囲気の中、頭上に疑問符を浮かべる奏に案内されて部屋に入る。

 整頓された白い部屋を想像していたが、がっつり可愛い感じの部屋だった。茉白の部屋より女の子らしく可愛らしいレイアウトだ。


「椅子ないからベッドにでも座って」

「わかった」


 俺が座ると隣に奏も腰を下ろす。平静を装いつつ応答するが奏が毎日寝ているベッドの上に座っていると思うとどうも落ち着かない。


 そんな俺の苦労も知らずにこんなに近くに座られてはたまらない。

 今更だけど私服の奏が語彙力がなくなるくらいすごい。可愛い。


「私が近付くと下がるのやめて。昨日のは嘘だったのかもって不安になるから離れないで」

「いや、マジでそんなんじゃないから!」


 嫌いじゃなくてむしろ逆だ、好きだと伝えてから意識しないようにしていたものが堰を切ったように溢れ出てくるせいで距離を置かないと自制できない。


「じゃあ本当のこと言って」


 眼帯を外しながらそう言った。約束ならちゃんと覚えてる、なにせ昨日の夜の話だし奏との約束だ。

 思ってることはちゃんと伝えて欲しいと言われたんだった。


「ええと、好きだからあんまり近付かれると困る……みたいな?」

「ふーん」


 満更でもなさそうな「ふーん」を頂いた。


「でも少しは近くにいてくれないと今日したいことできないよ」

「何するんだ?」

「昨日私の目の色に合わせた感情をリストアップしてって言ったでしょ。私も目のこと避けてきたからあんまり知らない。だから協力して」


 つまりは俺が協力して喜ばせたり驚かせたりすれば色が変わるからそれを書き留めていくと。


 その為には眼帯を外さないといけないが外では外せないので家に呼んだらしい。

 俺の頼んだことの為にすぐに行動しようとしてくれる健気さに思わず口元が緩む。


「まずは怒らせてみて」

「気が引けるなあ」

「気にしないから」


 よく考えたら奏が怒っているところなんて全然見たことがない。何を言えばいいのか見当もつかないし、奏はこう言っているが嫌われたくない。


「はあ……帰ってさっさとゲームしたいんだけどな」

「何それ、じゃあ帰ればいいでしょ……。だいたい冬真が教えてって言うからやってるのに」

「待って、今の嘘だからな? 感謝してるから」


 自然にボロが出たように見えたのか、マジで思ってると勘違いされて開始早々しんどい。まあちゃんと怒ってないと意味がないからその方がいいんだろうけど言う側は辛い。


「あ、ごめん。何色だった?」

「赤だった、少し濃い感じの」

「わかった。あと、ゲームするなら私も一緒にするから」

「じゃあ今度うちでやろうね」

「うん」


 ごめんと言いつつもまだゲームに対抗心を燃やす奏に苦笑した。赤みがかっていた瞳の色が薄くなっていく。


「今度はオレンジになった。今、奏はどんな気持ちだったの?」

「一緒にゲームするの期待してた」

「期待してくれてるんだ」

「今度はピンクになったけど、何を思った?」

「羞恥だけど。何となくわかってる癖に……」


 照れながらも教えてくれる奏を見てツンデレ属性を覚える。今になって好きな子に意地悪したくなる小学生男子の気持ちがわかったような気がしたが、やっぱり笑っていて欲しいので程々にしようと思う。


 そこからは芋ずる式に変わった色とその時の感情を箇条書きにしていき、遂に完成した。


 ※濃さによって感情の強さが変わる。

 ・赤(怒り)

 ・オレンジ(期待)

 ・ピンク(羞恥)

 ・薄茶色(警戒)

 ・黄色(喜び)

 ・黄緑(信頼)

 ・緑(不安、恐れ)

 ・水色(驚き)

 ・薄水色(放心)

 ・青(悲しみ)

 ・紫(嫌悪)


「やっとできたね」

「全部分かられるの本当は恥ずかしいけど冬真ならいいから」


 黄緑色の瞳で可愛いことを言ってメモを渡してくれる奏。貰ったメモを見ながらスマホに打ち込んでいく。メモ用紙一枚を常に持って歩くには難しいから。


「他の人に見せちゃダメだからね」

「見せないよ。そもそも茉白達だってその目のこと知らないよ」

「あ、そっか。じゃあ私達だけの秘密」


 小指を立てた手をだすと呼応して奏が小指を差しだす。そのままゆびきりをしてその日は別れた。


 眼帯を付け直して外まで見送ってくれたのが嬉しかった。

 二人の時だけ外してくれるのが俺だけが特別なんだって感じがして胸が踊る。

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