第14話

 まだ花火が始まるには時間があったけれど、この人波の中を掻き分けて歩くのはかなりしんどいのでブルーシートに戻ることにした。


「疲れたね」

「でも楽しかった」

「俺も楽しかったよ」


「ふふ。希瀬くんって二人のとき話し下手だよね」

「ごめん、無言だと気まずいと思って」

「大丈夫。希瀬くんとなら、大丈夫」


 俺となら、か。茉白や結翔だったらどうなのかな、なんて考えて素直に言葉を受け取れないのは卑屈だろうか。

 特別な中の一人じゃなくて、俺一人が特別でありたいと思うのは欲しがりだ。


「冬真達ももう戻ってたんだな」

「ああ、二人ともおかえり」

「ただいまー」

「その荷物全部食い物?」


 茉白と結翔の手には焼きそばにたこ焼きにりんご飴、クレープにかき氷など大量の食べ物が入った袋がぶら下がっていた。


「皆で分けて食べればいいかなと思って」

「一人で食うわけじゃないんだな」

「一人じゃこんなに食べれないし」


 たしかに茉白の言う通りではあるが、お祭りの出店の料理網羅するレベルであれこれ買ってくるのはどうかと思う。


 そもそも茉白は人より量食えないのにこんな。今日を楽しみにしてたのもあるだろうけど、後処理をさせられるのはきっと俺と結翔だ。


「まあまあ食えなかったら俺達が食べるから」


 こんな甘やかすようなこと言って。茉白がウキウキしながら買ってるのを見てさながら孫にお菓子を与えるおじいちゃんの気分だっただろ。


「後で食べれるのは残して持って帰れば?」

「天才か?」


 天才が居た。食べたいものを少しずつもぐもぐしてすぐに茉白はギブアップした。

 本当にそれだけしか食えない癖によく買ってきたなと思ったけど、満足そうに笑う顔を見たら全然許せてしまう。


「柏木も無理ならいいよ」

「うん。ごちそうさま」

「結翔はかき氷とこれ持って帰るの大変だし食べて」

「うっ……はい」


 しんどそうに手と口を動かす結翔にスパートをかけさせる。『茉白ちゃんの笑顔は俺が守る』、みたいな顔をして助長するような発言をした責任を取らせてるだけで俺は悪くない。


「お手洗い行ってくるね」

「私も」

「気を付けてな」


 花火が始まるまであと二十分程度。二人が帰ってくる頃に丁度始まるくらいだ。


「冬真はさ、柏木に告んないの?」

「——するって言ったら見届けてくれるか?」

「見届けてもいいならな」

「じゃあ頼む」


 突然そんなことを聞いてきた。多分二人になるときを待ってたんだろうけど。

 告白を先延ばしにして柏木と一緒に遊ぶことはできるけど、一緒にいた分だけ傷付けるし傷付くと思うから今日ちゃんと言う。そう決めた。


「結翔は告んないの? 好きなんだろ、茉白のこと」

「俺まで振られたら誰が冬真のこと慰めんだよ」


 冗談交じりに笑いながら肩を叩かれた。今は自分のことより俺のことを優先してくれてる、そう思っていいのかな。


「ありがとな」

「楽しそうだね。なに話してたの?」

「新作のホラーゲームの話だよ。柏木と茉白ちゃんもやる?」

「やらない」


 いつの間にか戻ってきていた二人に結翔は自然な嘘をついた。誰も傷付けない優しい嘘だった。


 そして花火が打ち上がる時間になった。次々に紺色の空に色とりどりの花を咲かせる。咲いては散って咲いては散ってを繰り返す。その儚さに俺達は魅了されていく。


「綺麗」

「そうだね」


 柏木の言葉にそっと寄り添ってみる。花火はもちろん綺麗だけど、皆と見えるこの景色を俺は忘れたくないと思った。


 だから花火に夢中になっているうちにそれぞれの横顔をそっと目に焼き付ける、長い人生のうちの今この一瞬が消えない思い出になって欲しいと願って。


 また一つ花火が打ち上がる。一つの種が芽吹き、花を散らせて離れ離れになっていく。限りなく広くて、寂しそうな暗闇の中に溶け込んでいく。


 次第に花火が終わり、出店の灯りが消えて人が去っていく。あんなに何度も何度も打ち上げられた花火ももう上がらない。


 その当たり前に喪失感を覚えていた。近くにあったものが触れられないところに行ってしまうような、どれだけ手を伸ばしても届かない切なさ、もどかしさ。


 でも贖わないと一緒に居るのが辛いから、ちゃんと言うよ。


「柏木に大事な話があるんだ。茉白と結翔にも聞いていて欲しい」

「はい」


 茉白と結翔は何も言わずに俺を見てた。柏木は真っ直ぐな目をして俺を見てた。今から言うことは懺悔だ、贖罪だ。


「ずっと好きな人がいた。柏木のお姉さんだ、ガキの頃お世話になってそのときからずっと」


 皆、言葉には出さなかったけど驚いていた。わざわざこんな状況で皆を呼び止めて柏木に大事な話があるって言ってんのに別の人の話されちゃ驚くのも無理はないよな。


「何年も疎遠になってやっと忘れかけてきた頃に柏木と出会った」

「優しくしてくれたのもそれが理由?」

「俺が柏木に優しくしてたのは君に栞さんを重ねてたからだ、全部紛いものだったんだよ」


 対して似てもいない柏木に面影を無理やり探してこじつけて空いた穴を埋めようとしてたんだ。


「嫌いになっただろ、こんなの嫌われて当然だ。俺は今この場で俺を殺したいくらい嫌いだよ、幻滅しただろ。最低なんだよ、俺」


「ありのままの柏木なんて見ていなかった。知りたかったのは柏木じゃなくて栞さんのことだったんだよ。朝から挨拶したり、気にかけたりして栞さんとはできなかったことを柏木で代用してたんだ。それじゃ柏木はなんなんだ。そんなクズな俺が、どの面下げてあんたと一緒に居ればいいんだ!?」


 思っていたこと、伝えないといけなかったことは言いきった。柏木が何も言えなくなるくらい傷付いてるのは分かってた。傷付けたいわけじゃない。でもこれ以上残酷な業を俺が背負わせるわけにはいかないから。


「……っ」

「冬真くん……こんなのあんまりだよ」


 柏木は走って俺の前から消えていった。当然の報いだよな。

 柏木を傷付けた分が俺に跳ね返って雨のように降り注ぎ、心を抉って、茉白と結翔からも失望されて俺の人生ゴミ糞だ。


「ざけんな……っ!」

「暴力は、やめようよ」


 結翔に殴り飛ばされて尻もちをついた。衝撃が響いて左の頬と尻が痛む。頬から伝う鈍痛が俺の目を覚ましていく。


 結翔は本当にいい友人キャラしてるよ。正直な話、殴られてなかったから多分きっと心が折れて柏木のこと追いかける気になんてなれなかったと思う。


「俺は冬真達に幸せになって欲しくて協力してきたんだよ。なのにこんなの……誰が幸せになるって言うんだよ!? いいからはやく柏木追いかけなよ。無策でもいいから腹割ってもう一回話せよ! 冬真はどうしたいんだ!?」

「……容赦ないな。言われなくても行くよ、まだ話の途中だ」

「あたし達も待ってるから」


 二人の言葉を受けて柏木が走っていった道を夢中で走り出した。どこに居ても絶対見つけるまでは帰らない。


 俺だけ一方的に苦しみ押し付けてそのまま放置なんてできるかよ。柏木は一人でいるとき誰よりも寂しそうで虚ろな目をするんだ、はやく見つけないと。


 それに俺が伝えたかったのは違う……拒絶されたくて言ったんじゃない。好きだって伝えたかったのに、まだ言えてない。


「見つけた、柏木……っ!」


 声をかけても逃げられる。当然だ、突き放すようなことを先に言ったのは俺だから。今更何の用だって思ってるだろうけど、それでも逃げられると困るんだよ。


「……手、離してっ」

「まだ話は終わってない」


 追い付いてそのまま手をとって。あのときと同じだ。柏木に何度も逃げられて痺れを切らして誤って押し倒してしまったときのことを思いだす。


 今回もそれ以上何も言わなくてしっかり耳を傾けてくれた、色んな感情ぐちゃぐちゃになって辛いだろうに俺の話を聞こうとしてくれた。


「柏木の秘密を知って、柏木は柏木なんだって目が覚めた気がした。その後も栞さんの姿がチラつきはしたけど。柏木の瞳に写る俺に色が見えないって言ったよね」

「言ったけど」

「俺が初めてだって聞いて、おこがましいけどそのとき柏木の特別になりたいと思ったよ」


 栞さんの代わりとして接してきた癖に今思えば何様のつもりだとも思う。だけど今でもはっきり覚えている。


 拒絶し続けた相手に、パニックを起こすような秘密を打ち明けてくれるだけの信頼を置いてくれた。それが申し訳なくて、裏切りたくなくて、どうしようもないくらい嬉しかった。


「……私はお姉ちゃんじゃないのに」

「柏木だからだよ。一人で俺を待つ君を見て傍に居たいと思ったし、映画に行ったときだって今日一緒に出店をまわったときも、柏木とだからあんなに楽しかった。柏木が眼帯を外す度にドキドキしたし、口下手で遠回りな優しさもその瞳も全部——」


 仕草や言動、全部がどうしてこうも愛おしく感じるんだろう。愛を伝えているうちにまた愛してるが込み上げてくる。


 でも一方的な愛を伝えたところで柏木にとって見れば迷惑な話でしかない。好きなだけ振り回しておいて付き合って欲しいだなんて言えるはずがない。


「最初から栞さんとの共通点なんかそんなになかったんだ。それなのに無理やり過去の初恋にフィルターかけて美化してさ、思い出に縋ってた、過去の俺にはそれしかなかったから。でも今は違う、柏木が笑ってくれるだけで痛い程胸が締め付けられる」

「でも散々柏木のこと傷付けた癖に君と居たいというのは我儘だ」


 これで柏木が拒絶してくれればそれでいい。辛い思い出だって苦い失恋だって、柏木との思い出なら悪くないと思うから。


「私に声をかける為に朝から待ってたり、お弁当持って隣に来て声をかけてくれるのも、何か理由があるんだろうなって思ってた。でも私の秘密を知っても受け入れてくれて、綺麗だねって褒めてくれて、いつも傍にいてくれて嬉しかった……。だから希瀬くんの口から理由を聞くのが怖かったし、夢でもいいから私のことを好きならいいと思ってた。

こんなに好きにさせておいて、そんなに私のこと思ってくれてるのに、一緒に居たいと願うのは本当に我儘かな……?」


 なんでそんなこと言うんだよ。どうして俺みたいな奴のこと許せるんだよ、分かんないよ。なんで好きならいいとか、俺のことが好きだとか言うんだよ。せっかく諦めようと思って頑張ってたのにどうして。


 そんなこと言われたら諦めきれなくなるじゃないか、今日までの思い出で満足だったのにこれじゃ物足りなくなっちまうじゃんか。


「——これからは柏木のことだけ見てるって約束するから、また君の隣で笑ってもいいかな」

「奏、そんな風に言うなら名前で呼んで。まだお姉ちゃんも柏木だから」


 一世一代の告白を遮られて思わず苦笑する。たしかに栞さんと一緒にするのはやめたなんて言って苗字で呼んでたらダメだよな。


「なんか恥ずかしいな……かな——」

「眼帯、冬真が外して?」

「そう何回も遮られると恥ずかしいんだけど」

「ふふ。せっかくだからちゃんと聞きたいもん」


 文句を言いつつも言われた通り、そっと眼帯を外す。

 眼帯の下に隠れていた瞳は黄色に光り、暗闇の中で一層輝いて見えた。


「綺麗だよ、奏。俺と付き合ってくれ」


 奏は何も言わずそっと俺の唇にキスをした。柔らかな感触が唇に残る。

 突然のことで何が起きたか分からなかったけれど、奏が恥ずかしそうに口元に手を当てているのを見て理解した。それが俺の問いに対する答えだったんだと分かった。


「……そのさ、黄色はどんな感情なの?」

「喜びだけど……私だけ言うのはずるい……。冬真も今どんな気持ちか、ちゃんと口にだしてよ」

「奏とできてすっげー嬉しい」

「そっか」


 余韻に浸りつつ、もう一度だけキスをした。俺はここで死ぬんじゃないかと思うほど幸福感に包まれて満ち足りていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る