第20話

 完全にスイッチが入って気付けば朝まで描いていた。眠気が最大限残る状態で登校して授業時間を活用して睡眠をとった。


 当然叱られたがさほど辛くもない。叱られることを自覚してその上でやっているのだから教師が叱るのは当然だ。


「浅倉お前さすがに神経図太すぎるだろ! ってまた寝てんのかよ!」


 クラスメイトの声を遮るように両手で耳を塞いで机に突っ伏した。もう何とでも言ってくれ。


 しかし授業中に寝ておいて休み時間に起きているなんて、そんなのは教師達に不誠実だと思わないのだろうか。


 家に帰って遅くまで作業、二日徹夜して倒れたデータがあるので二日に一度はしっかりと布団で眠る必要がある。


 そして土曜の深夜、日付的には既に日曜になり、俺は最終作業に入っていた。


「兄貴、これでエナドリ買ってきて」

「ああ」


 深夜零時過ぎに兄貴をパシりに使ってカフェインを摂取する。

 時間がなくて昨日も徹夜したので流石に何もなしじゃ起きていられない。


 頁数的にはあと少しであるものの、終わり方や最後の方のコマは今まで以上に丁寧に描かなくてはいけない。


「兄貴は寝ていいよ。あともう少しだから大丈夫」

「倒れたりしないようにな」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 兄貴が部屋から出たのを確認して少し気が抜けた。暫く作業を続けて最後のひとコマに差し掛かった頃、だんだん視界がぼやけてきた。それになんだかからだが熱を帯びているようだ。


 体温計を脇の間に挟んで確認するとどんどん上昇していき、三十八度を越えた辺りで止まった。


「うげ、最悪……でもこれで完成だしあと少しだけ」


 熱と倦怠感に抗いながら描いては消してを繰り返して遂に完成した。

 保存を確認してすぐさまベッドに潜り込み電気を消して死んだように眠った。


 目を開けると部屋のドアを兄貴が抑えていてその奥に茉白ちゃんの姿があった。


「ずっと君の為に頑張りっぱなしだったから怒らないでやって」

「そうなんですね。わかりました」


 兄貴達が何か話しているのはわかったが声までは届かなかった。

 兄貴が部屋を出て茉白ちゃんが俺の方へ近付いてくる。


 そうか、無理が祟って熱が出てそれでわざわざ茉白ちゃんが家に来てくれたんだ。


「調子どう? 辛くない?」

「平気、それより漫画ちゃんと終わらせたから」

「あーあー安静にしてて。このタブレット?」


 立ち上がろうと身体を起こしたら優しい言葉をかけられたので従うしかなかった。


 茉白ちゃんにタブレットを取ってもらい、できた漫画を開いて茉白ちゃんに手渡した。


「はい、待たせちゃってごめん。それと俺今すごくどきどきしてる」

「あたしも」


 文字数はそんなに多くないように作ったけれど、それでもまだ一頁も読み終わらないのはひとコマずつじっくり目を通してくれている証拠だ。


 描くのはあんなに大変だったけど、それでも読むのは一瞬だから。

 俺の努力を見落とさないように端から端までしっかりと読んでくれているのが嬉しかった。


 ようやく茉白ちゃんは頁をめくった。頁が進むにつれてこの漫画の内容が俺と彼女の話であることがバレるのが恥ずかしくなってきた。


 それでも少しずつだが残りの頁数は減っていき、遂に最後の頁に差し掛かった。

 そして最後のひとコマを読み終えてタブレットを机に置いた。


「絵が綺麗で細かい所の心理描写まで伝えれるくらい繊細にできてて面白かった……! 話のテンポも良くて読んでてどきどきした」

「ありがとう」


 いつになく興奮した様子で俺の作った漫画の感想を述べる彼女の姿は、俺が長い間待ち焦がれていた光景そのものだった。


 でもこれで終わりじゃない、ちゃんと俺の想いを茉白ちゃんに伝えないといけないんだ。その為に今まで何日もかけて描きあげて来たんだ。


「それと茉白ちゃん、俺は君が好きです。付き合ってください」

「はい……あたしでよければ」


 まるで分かりきっていたことを確認しただけかのような簡潔な告白と返事だった。


 言う前には色々と言葉を考えたりしたが、言いたいことが多過ぎて本番で言葉が飛んでしまいそうだったのでやめたのだ。


「その、この漫画のキャラってあたし達?」

「勝手に漫画に使ってごめんね」


 とても好きな人と付き合えた直後なのに余韻に浸らせてはくれなかった。

 今思うとこの漫画ナマモノだし無許可なので結構申し訳ない。


「それはいいよ? でも付き合ってすぐにその、キスしてたから」

「したら伝染るかもしれないけど」

「……じゃあやっぱり治ってから」


 恥ずかしそうに唇に手の甲をあてる彼女が可愛すぎて心臓がうるさいくらいに主張してくる。どうやら俺は二次元よりも三次元が勝る世界線に紛れ込んだらしい。


「治ったらしてもいいの?」

「だって……あたしも結翔くんのこと好きなんだよ?」

「は、反則なんだけど!?」


 余裕ぶっこいて主導権握ろうとしてたら反則過ぎるカウンターもらって布団に潜り込む。

 こんなの本気で心臓何個あっても足りないが、死ぬときはこの死に方を希望します。


「あんまり長くいると伝染っちゃうしそろそろ行くね」

「うん、茉白ちゃんもありがとうね」


 色んな意味で茉白ちゃんには感謝してもしきれない。こんなに漫画を描くのが楽しかったのも、人に漫画を見せて感想を貰うことがこんなに嬉しいと知れたのも、告白をOKして貰えたことも好きだと言ってくれたことも全部。


「しっかり休んでね? 彼氏くん」

「やめて。マジで照れるから」


 あははっと笑いながら手を振って部屋を出ていった。外に出る程元気ではなく、名残惜しさの残る別れを終えて一人部屋で眠っているとノックの音が耳に飛び込んできた。


「結翔、入っていいか」


 声が聞こえたと思うと、マスクを三重に付けた重装備の兄貴が許可なく入ってきた。

 

 いいかと問うなら返事を待つか少し時間を置いて入るべきじゃないかとも思ったが仕方ない、そういう人だ。


「上手くいったんだろ?」

「うん、おかげさまでたくさん感想も聞けたし、ちゃんと付き合えたよ」

「熱だしてもやりきった甲斐があったな」


 それだけ言うと早々に部屋から出ようとする兄貴を呼び止める。


 茉白ちゃんに見て欲しくて描いたけど、一番最初に見せたかったのが茉白ちゃんだってだけだ。せっかく描いたのだから冬真や柏木、それに兄貴にだって見てもらいたい。


「俺の集大成、兄貴も見てってよ」

「見ていいのか?」

「当然だよ。寧ろ見ないと怒る」

「それは見ないとな」


 タブレットを手渡すと茉白ちゃん程ではないが、じっくりと時間をかけて頁をめくっていた。こんなにじっくり読まれるとやっぱり描いた側からすると嬉しい。


 やがて最後の頁を読み終えてタブレットをベッドの上に置いた。兄貴はどんな感想を言うんだろうか、あまり口数は多くないから期待しない方がいいのかもしれないけど気になる。


「いいものを見せて貰った。結翔はこんなに凄いものを描けるようになったんだな」

「へぇ……やけに素直に言ってくれるじゃん」


 もっと思いもよらないような感想が来ると覚悟していたからちゃんとした感想が来て驚いたし嬉しかった。


「俺の知らない結翔が見れて嬉しかったよ。これからはもっとあの子に見せてやってくれ」

「言われなくてもそうするよ」


 少し前までは兄弟が兄貴で嫌だと思ってたし、それこそ冬真と茉白ちゃんのように仲のいい関係だったらいいと思ってた。


 でも今は『兄貴で嫌だ』、から『兄貴じゃないと嫌だ』、って思うよ。


「結翔は今幸せか?」

「兄貴と彼女のおかげで死ぬほど幸せ」

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