第21話

 ・希瀬冬真


「どうしてあたしも呼ばれたのかなー?」

「まあまあいいじゃんか」


 時が流れて遂に栞さんの結婚式の日になった。直接面識のない茉白と結翔も来れることになったのは奏が直接栞さんに頼み込んだかららしい。


 大切な人の結婚式だから大切な人にも見て欲しいと、そう言ったんだとか。


「そろそろ家出るよ」

「はーい」


 式場に着いて受付を済ませ、結翔とは合流できたものの、奏の姿はなかった。

 栞さんの妹だから親族と一緒に居るんだろう。


「あ、結翔の漫画面白かったよ。妹と友達の恋愛漫画は生々しさがあったけど」

「あはは……あたしも冬真くんに読まれるの嫌かなー」

「設定は冬真だって一緒に考えたよね?」


 妹の茉白と親友の結翔の二人は少し前から付き合い始めている。

 茉白の為にわざわざ無理して漫画を描いて熱をだしたと聞いたときは流石に驚いた。


 付き合う前までは絶妙な距離感に焦れったさを感じることがあったが、傍から見ていると距離感は今でもあまり変わらない。


「冬真達もう来てたんだ」

「遅刻するわけにはいかないからね」

「お姉ちゃん達中だから来て」


 いつの間にか俺達を迎えに来てくれていた奏に控え室まで案内してもらう。


「はい着いたよ」


 当然栞さんと会うのにも緊張はするし、今日は栞さんだけではなく、控え室には当然奏の親戚の方々も大勢居るので俺達はアウェイだ。


 その上栞さんのパートーナーの人とも顔を合わせるやもしれないし、奏の両親だっているはずだ。奏と交際している以上は顔を合わせておいて挨拶しないわけにもいかない。


 緊張とばくばく脈を打つ心臓の鼓動を直に感じながら中に入る。

 奥には純白のウエディングドレスに身を包んだ栞さんが楽しげに談笑している姿が見えた。


 つい見惚れていると、両頬に小さな手が置かれそのまま視界が切り替わり制服姿の奏が見えた。


「ただ見てただけだよ」

「うん、ごめん」


 すぐに謝る辺り無意識なんだろうなと思い苦笑する。奏のおかげで緊張がほぐれて胃がキリキリするような感覚もなくなった。


 そのまま奥に向かって歩き、栞さんに声を掛けると嬉しそうにはしゃいで喜んでくれる。


「冬真くんとお友達も来てくれたんだね!」

「そりゃ来ますよ、まだ言いたかったこと言えてませんから——」

「浅倉結翔っす、本日は本当におめでとうございます」

「冬真くんの妹の希瀬茉白です。結婚おめでとうございます。それから兄がお世話になりました」


 狙ったのかは知らないが俺が言おうとしたタイミングで言葉が重なった。

 まあ先に挨拶くらいしておかないと二人も気まずいだろうから仕方ないか。


「二人ともありがとう。いえいえ、こちらこそお世話になっちゃったから」

「そろそろ俺も話していいですか?」


 キリのいいタイミングを見計らって再び声を掛ける。


「栞さん、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに」

「ありがとう、冬真くんも絶対奏と幸せになってよね!」


 今までもったいぶって起きながらお互いに簡潔でありふれた言葉だった。

 結翔や茉白に先を越されたせいで尚更陳腐な言葉になってしまったけれど、きっとこれでいい。

 あまり言葉を重ねて未練がましく思われても嫌だし、奏に嫌な思いをさせるかもしれないから。


「奏の御両親に挨拶させて」

「お姉ちゃんはもういいの?」

「いいんだ、もうとっくにケジメはついてる」

「そっか」


 俺の言葉の意図を察したのか、少し弾んだ声のトーンとステップで歩きだすので後を追っていくとすぐに立ち止まった。


 想像していたよりも二人ともずっと優しそうな顔立ちでどこか奏と共通するものを感じて緊張がほぐれていく。


「初めまして。奏とお付き合いさせて貰ってる希瀬冬真です」

「あらこんにちは。奏から聞いてた通り律儀なイケメンさんね」

「ちょっとお母さん……」


 律儀なイケメンさん、か。初めて言われたけど奏がそう思ってくれているのだとしたら素直に嬉しい。


 俺のことを聞いていたと言われて覚悟したが、この様子だと瞳のことや栞さんとのことは聞いていないのかもしれない。


「栞に続いて奏まで行ってしまうんだな」

「お父さん、冬真くん困ってるでしょ」

「あはは……。今日は栞さんの御結婚おめでとうございます」


 何とも言えない立場で本当に困っていたので言いたいことだけ行って早々に離脱した。


「御両親にどこまで話してるの?」

「無理に言わなくていいって言われたから殆ど言ってない」

「そっか」


 奏の選んだ人ならケチつける気はない、的な意味なんだろうか。

 だとしたら奏のことちゃんと信用してるんだな。


 正直奏が両親に一から十まで話していたら今頃どうなっていたか分かったもんじゃない。


「ふふ。心配しなくても二人はそんな人じゃないし、私が守ってあげるよ」

「それは心強いね」

「でしょ」

「うん」


 それから教会に移動して牧師の開式の言葉によって挙式が始まった。新郎と新婦が教会に入場して拍手が沸き起こる。


 綺麗なウエディングドレスに身を包んで大切な人と腕を組んで、栞さんは今皆から祝福されてるんだ。

 新郎から栞さんに指輪が渡される。


「——共にあることを誓いますか?」

「「誓います」」


 牧師の声に続いて二人の声が木霊する。

新郎が栞さんの肩に手を置いてそっとキスをした。

 恥じらいながらも嬉しそうな栞さんの笑顔を見て胸がいっぱいになった。


 見てるか過去の俺、栞さんは今こんなに幸せそうにしてるよ。

 だから無理しなくてもいいんだよ。


 挙式が終わって栞さんがブーケトスが始まった。辺りはざわつきどこかソワソワとした空気に包まれるが、奏は気にする様子もなく、ただ栞さんを見つめていた。


 別にこれを取ったからといって結婚できるわけじゃないし、俺達はまだ学生だ。

 だから二人はそれよりも栞さんの一生に一度のこの姿を目に焼き付けたかったのかもしれない。


「茉白ちゃんは欲しかった?」

「ううん、まだ先の話だから」

「そっか。まあ大事なのはジンクスより本人の気持ちだよね」


 隣で茉白と結翔が話す声が聞こえてきた。

そのくらいの気持ちはあっていいと思うけれど、今はまだ早いと思うので茉白にその気がなくて少し安心した。


 結翔も落ち込んだ様子はなく、ポジティブな捉え方をしているようでなんだか微笑ましい。

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