第22話
そのまま披露宴に移って栞さんと新郎が入場した。
「これから結婚式披露宴を始めさせていただきます。司会は新郎の橘傑の友達で新婦の柏木栞さんの同級生だった
「まず新郎の
司会の話が一区切りつくと口々に傑さんの思い出を語り始める。
俺は今日までこの人の名前すら知らなかったけれど、高三のときからだと俺と出会ったときにはまだ知り合っていなかったことになる。
別に俺にどうこう言う権利があるわけじゃないのは知っているし、言うつもりもない。ただ二人がどう仲を深めていったのかは興味がある。
「奏は傑さんのこと知ってたの?」
「うん。お姉ちゃんが何かあって泣いてたときも、わざわざ家まで駆け付けたり本当に好きなんだなって思ってた」
高校のときならまだこっちに居た頃だし会ったことあるのはおかしくないか。
俺はあのとき何もできなかったけど、そのときから傑さんが支えててくれたんだ。それなら安心だ。
「続きましては新婦の紹介に入ります。新婦の柏木栞さんは容姿端麗な上に持ち前の明るさと愛想の良さで男子の憧れの的でした。傑と仲良くなってからは私も話す機会が増え、その明るさや優しさに何度も助けられたのを覚えています」
おおよそ予想通り栞さんは学校でもあの性格で男女共に人気があったみたいだ、そんな人に小学校時代気にかけてもらっていた俺は幸せ者だ。
新郎新婦の紹介が終わり、ケーキの入刀が始まる。
「冬真、近く行かない?」
「行こうか」
奏に連れられて栞さん達の近くに移動すると人並みに大きなウエディングケーキが一際存在感を放っていた。
「あれは?」
「奏と冬真くん」
何か二人で話したあとに栞さんがこちらに向かって手を振ると、傑さんも一緒になって手を振ってくれた。
俺のこと誰か分かってないにしろ、流石に今日の主役二人に手を振られたら振り返さないといけない気がした。
二人で手を添えたナイフがケーキを分断して、ケーキの入刀が終わるとお色直しの為に退出してしまった。
二人を待つ間に料理を頂いたり、談笑をして時間を過ごした。
と言っても話す人は奏か茉白か結翔の三人だけだけれど。
「冬真くんなんだか楽しそうだね」
「実際楽しいからな」
「あたしも楽しいよ。奏ちゃんと栞さんに感謝しないとね?」
「本当にな」
二人だけじゃなく、傑さんにもちゃんと感謝したいところだけど……まだ話せそうにないな。
戻ってきたところで話すタイミングもあまりなさそうではあるが、そもそも居ないと話すことすら叶わない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、ゲストスピーチとして奏が栞さんに向けて話すことになっているらしい。
「大丈夫?」
「平気」
そう言い放つと毅然とした態度で壇上にあがった。
「私はお姉ちゃんに憧れていました。なんでもできて誰からも愛されて明るくて優しくて、そんな人になりたいと思っていました。
でも現実は違くて私は友達どころか人と話すこともままならなかった」
奏が人と関わることを恐れた理由は、栞さんに憧れていながら栞さんのような生き方を望みながらそれでもなれなかった訳はきっとあの瞳なんだろう。
それをもって奏が何を話すのか深く興味を持った。
「だから何も持たない私は、恵まれているお姉ちゃんが『苦手』でした。そんな何も持たない私にずっと寄り添ってくれて、ずっとコンプレックスだった私にあってお姉ちゃんにないものを綺麗だって、素敵だって言ってくれる人ができて……ああ、別にお姉ちゃんみたいになる必要なんてないんだって」
そんな大層なことしたつもりはない。そう俺が思っても結果として奏の心境の変化に携われたのならこんなに嬉しいことはない。
俺のおかげで奏が自分を認められて、俺が好きだと思う奏を奏自信が認めてくれて、それだけで恋人として誇らしい。
「寧ろ今の私だからそう言って貰えたんだと思うと私は私のままで、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままでいいんだと思います。だってお互いに自分のままでいたから素敵な人と出会うことができたんですから。お姉ちゃん結婚おめでとうございます」
司会者含め、会場のほぼ全員の目頭が熱くなっていたと思う。特に当事者だった俺の涙腺は崩壊して何度拭いても零れ落ちてくる涙を止めるのに酷く難儀した。
それくらい素晴らしいスピーチだった。
「奏は世界一自慢の妹だよ」
「涙拭いて。次お姉ちゃんの番でしょ? 私のことも泣かせて」
「ちゃんと泣かせにいくからちゃんと泣いてねっ」
奏が降りるのと入れ違いで栞さんが壇上にあがった。
家族に宛てて認めてきた手紙を読み上げるらしい。
「お父さんにお母さん、今日まで育ててくれたこと、そしてこんなに素敵な式を用意してくれてありがとうございました。二人には日頃から感謝しているので今くらいしか言えない奏に尺を使わせてください」
会場に笑いが巻き起こる中、栞さんの切実なお願いを受けてお父さんだけが本気で泣いていたのが不憫でしかたなかった。
「奏へ。小さい頃はわたしの影に隠れてばかりだった奏が久しぶりに会うとすっかり大人になっていて、自分の意見もはっきり伝えてくれるようになって嬉しかったです。わたしにはできなかったけれど、奏を笑顔にしてくれる人がちゃんと見つかって良かったね」
淡々と手紙に書かれている文字を読み上げていくと、手紙を置いた。
「手紙の内容と今のわたしの気持ちが変わったのでここからはアドリブです」
「奏がわたしに憧れていたと言ってくれましたが、その言葉が嬉しくもあり、プレッシャーでもありました。奏が自分自身を何も持たないと言っているのを知っていたから、恵まれていると思っているわたしから、『そんなことないよ』なんて言うのはあまりにも無責任な気がして。わたしが一緒にいたら奏から何もかも奪っちゃうような気がして、それが嫌で高校を出て一人暮らしを始めました」
栞さんの口から放たれる一言一言が胸に重くのしかかってくる。
そんなプレッシャーを感じながらも自分らしさを貫いて幸せな今がある。
俺は期待される側のプレッシャーや葛藤がどんなものなのか知らなかった。
常に自己否定して逃げてきた俺からしたらできる人は何でも備わっててずるい。
そのくらいにしか思って居なかったのに、慰め一つ言うことですら大切な人を傷付ける可能性があるなんてあんまりだ。
「わたしよりいいところに行けたのに、わざわざ同じ大学を選んでくれた傑くんにとても救われました。二人で過ごす時間が心の闇を光で上書きしてくれて、いつの間にかこの人じゃないとダメだって心が思うようになってました」
「奏はわたしがいない間に奏を幸せにしてくれる人を見つけてくれていて、最近はいつもどこか楽しそうで恋する女の子って感じがして。だからわたし、奏がさっき自分が自分のままでいいんだって言ってたのを聞いたら涙拭いても止まらなくて……だから傑くん、奏、ありがとう。大好きだよ」
自然と拍手が沸き起こり、俺も慌てて拍手をする。栞さんの話を聞いていた奏は序盤から涙を流していたが、最後の言葉を栞さんが言い切ったあとは堤防が崩壊したレベルに涙が無限に流れ続けていた。
「いいお姉ちゃんだな」
一足先に泣き止んだ俺は奏の涙を指先で拭って声を掛ける。
涙は止まったものの散々泣いていただけあってまだ涙声だったし声も震えていた。
「うん、自慢のお姉ちゃん」
奏も涙混じりの返事だけど俺よりもずっと透き通る快活な声だった。
俺の話じゃないのにこんなに情けないくらい泣けるんだから、奏の中では俺よりよっぽど色んな感情が入り交じってるに違いない。
「大丈夫か? 辛くないか?」
「どうして? 嬉しいに決まってるじゃん」
「それなら俺も嬉しいよ」
二人して終わった気でいると、最後に傑さんのスピーチが始まった。
「なんか栞と奏ちゃんの結婚式みたいになってましたけど。ええと多分今更僕が何言っても響かないと思うんで、精一杯栞のこと支えれるように頑張ります!」
奏と栞さんで時間を使い過ぎたのか、主役の傑さんの話は一分もかからずに終わってしまったが、周りからたくさんヤジが飛んでこの人も周りの人達から愛されてる人なんだなと実感した。
それと共にちゃんと本人の口から聞きたかった言葉が聞けて言葉数の割には満足の行く内容だった。
花束の贈呈や皆からのお祝いの言葉、それから謝辞が終わり栞さんと傑さんが退場していく。
「長い間お付き合い頂きありがとうございました。これにて披露宴は終了となりますのでお出口へお進み下さい」
司会者に退場を促され、荷物を確認して会場を後にする。結局傑さんとちゃんと話す機会は得られなかったなあ。
「君が冬真くんかい?」
「あ、はい。希瀬冬真です」
「最後になってしまったけど話せてよかったよ。栞がお世話になったらしいからね」
「いえ、世話になったのは俺の方です」
一通り来場者のお見送りを終えた傑さんがわざわざ声を掛けて来てくれた。
面識もないし、俺なんか関係ないはずなのに律儀な人だ。
「そういえば、奏ちゃんの言っていた人は君のことだろう?」
「まあ恐らく俺ですね」
「栞のことは俺が絶対に幸せにするから、君は奏ちゃんをよろしくね。じゃないと栞が悲しむから」
「約束します。栞さんが辛そうにしてたら奏も悲しむので」
傑さんの小指に小指を絡めて指切りをした。お互いに好きな人を悲しませない為の男と男の固い約束を交わしたんだ。
今日初めて会って直接話したのはたった少し前なのに、この人は絶対に嘘はつかない、そう確信できた。
根拠はないただの勘だけど俺が裏切らない限りこの約束は果たされる。
「もう話は終わった?」
「ああ、終わったよ」
「栞さんに傑さん、それじゃ俺達行きますね」
大きく手を振って奏を追いかけながらもう一度後ろを振り返ると、二人は優しげな笑みを浮かべて手を振ったまま見届けてくれていた。
「そういえば茉白と結翔はどこ行ったの?」
「なんか用事あるって」
二人が気を使ってくれたのかは知らないが、こちらから言い出す手間が省けたので有難かった。
「じゃあ少しだけ遠回りして帰らない?」
「うん」
バスに乗って移動して、降りてから暫く歩くとようやく見えてきた。
「ここって……」
「うん、俺と奏が初めて会った交差点」
ここに連れてきたのにはちゃんと俺なりの考えがあった。
奏にとっていい思い出のある場所ではないが、俺にとっては思い出の場所だから。
他人に興味をなくし、家族以外は完全にシャットアウトしていたあのとき、交差点のド真ん中で蹲って震えていた奏を担いだ記憶が蘇ってくる。
まさか今ではここまで大切な人になってるだなんて、あのときは思いもよらなかったよ。
「他にいい場所なかったの?」
「俺はここが良かったんだよ」
奏が嫌そうにジト目を向けていたが、俺の言葉を聞いて諦めたように笑みを溢す。
「あのときはここで眼帯外して耐えれなくなって蹲ってたんでしょ」
「うん」
「今度は俺も手伝うから試してみない?」
「うん、いいよ」
奏の許可を得て眼帯を外し、俺の手で瞳を覆う。
「じゃあ三、二、一で手退かすからね。三、二、一」
合図と共に手をどかすと奏の隠れていた側の瞳はオレンジ色に変わっていた。
オレンジは期待を示している、つまり奏も今の状況に期待しているんだ。
もしかしたら眼帯をつけなくても人と接するようになれることを期待しているんだ。
「平気みたい」
「本当か。やったな、これで眼帯がなくても——」
もう片方の目と同じ色のカラコンを入れておけば、これからは外でも眼帯をしなくても済むかもしれない。
「だめだよ、私だけ人の感情筒抜けなのは不公平」
「でもさ……」
一人で喜んでいると奏は落ち着いた様子でそう答えた。
「大丈夫だよ、私今世界で一番幸せだから」
「ああ、俺もそのくらい幸せだよ」
ずっと勘違いしてた。眼帯を外して暮らすことが彼女の望みじゃないんだ、奏が奏のままで居てくれることが俺の望み。
そして今俺達が欲しているのは不変なんかではなく、少しずつ過ぎ去る何気ない喜び。
そうだ、今二人で過ごすこの時間こそが俺達が願った幸せなんだ。
「それに二人だけの秘密、でしょ?」
「そうだったね」
大好きな人と肩を寄せあって笑い合う、有限の中で大切な
泥臭い奇跡を希う 朱珠 @syushu
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