第8話

「この後どうしようか」

「希瀬くんはまだ時間ある?」


 スマホをポケットから取り出して時計を見ると十七時半、ちょっと早いが夕飯どきだ。


「何か食べに行く?」

「うん」


 ショッピングモールの中に映画館が含まれているので中のファミレスに立ち寄った。

 店内は休日ということもあり店の外まで列ができていた。


 隣り合わせで椅子に座って順番が来るのを待った。柏木は黙ったままただじっと俺の方を見つめてくるので目が泳ぐ。横を向いて目が合うのも照れくさいし、かと言ってずっと見られたままなのも気恥ずかしい。


「どうかした?」

「ううん、今は少し楽しそうだなと思って」


 勇気を振り絞って放った一言だったが、予想だにしない返しに思わず笑みが溢れた。


「柏木のおかげだよ」

「希瀬くんが楽しめてるなら良かった」

「柏木は楽しんでる?」

「言わずもがな」


 少し照れたように笑う柏木を見ればたしかに聞くまでもなく明らかだった。

 朝会ったときからさっきまで俺の様子を気にかけてくれていたんだろう。

 なんて不器用で健気なんだろう。


 それから少しして順番が回ってきた。手前が俺、反対側が柏木で向かい合うように座りメニュー表に目を通す。


 パスタにハンバーグ、ピザにドリア。並んだわりに食べたいものが見つからない。


「希瀬くんは決まった?」

「まだ。柏木は?」

「私もまだ」


 それから二人とも5分弱メニュー表と格闘し、消去法で一品を選び抜いた。


「ご注文お決まりでしたらお伺いします」


 店員を呼んで俺がペペロンチーノ、柏木がハンバーグとライスを注文した。


「量多そうだけど大丈夫?」

「うん。だからちょっと食べて」

「わかった」


 やっぱりさっきのポップコーンのことを気にしていたのか、俺に分け与えることも織り込み済みだった。

 別にそんな些細なこと気にしなくていいのに柏木は律儀だ。


 柏木の元に届いたハンバーグは想像の倍近くあり、俺が手分けしたとしても収まりきるか怪しくなってきた。


 ポップコーンが頭に過ったが、柏木が気に入ってくれたんだから頼まなかった方が良かったとは思わない。


 かと言って最初からくれとは言えないので俺は俺の頼んだペペロンチーノからとりかかる。


「なんか私って空回りしてばっか」

「ちょうど腹減ってたんだ。食べれなくなったら言って」


 柏木に悲しい顔をさせたくない。俺の為にしてくれたことで自分を責めないで欲しい。それだけで無理をするには十分だった。


 全部食べ終わった頃には吐き気も喉元まで差し掛かってきていたが、堪えれば何とかなる。


「無理させてごめん……」

「暗い顔してる。俺と遊ぶの楽しくなかった?」

「そんなことない……っ! けど……」

「なら辛そうな顔しないで」

「わかった」


 少しベンチで休憩して胃が落ち着いてから、ゲームセンターを訪れた。

 ここも同じショッピングモールの中に入っているゲームセンターだ。


 こんな場所に来るのもいつぶりだろうか。昔一度茉白と来たような気がするがそれきりだったと思う。


「これやらない?」


 入ってすぐに柏木が指さしたのは流れてくるノーツをリズムに合わせて叩く、所謂音ゲーやリズムゲーと言われるゲームだった。


「うわ、懐かしい」


 コインを入れてバチを手に取ると、絶妙な重さが手に馴染んで思い出が蘇ってくる。


「曲選んでいいよ」


 画面には流行りの曲や懐かしの曲が収録されていて、柏木は楽しげに太鼓の端を叩いてスクロールしていく。


 制限時間が近付き、急いで曲を探し始める。選んだのは人気を博したアニメ映画のOP曲だった。


 とは言っても茉白から聞いただけで俺は見たことがないが、曲だけは何度か聞いたことがあった。


「次は希瀬くんが選んで」


 一曲目が終わり、再び曲選びが始まった。難易度を上から二番目にしたらなかなか譜面がハードで既に腕がしんどかったので適当に流行りの曲を入れて今度は難易度を一番下にした。


「次何しよっか」

「ちょっとたんま。腕が動かない」

「だめ、時間勿体ない」


 休憩すら許されなかった俺は柏木に引っ張られるようにして次のゲームを探していた。


「競えるのがいい」

「良さげなのあった?」

「これかな」


 今度はパンチ力を競うパンチングマシンを指さした。


「さすがに俺が勝つぞ」

「まだ、わかんないじゃん」


 売られた喧嘩は買わねばならぬと思い、腕試しにプレイした。

 当然俺の勝ちだった。いくら腕が疲れていると言ってもさすがに柏木に負ける程弱ってはいない。


「そんなに落ち込まなくても。俺が勝って当然だからさ」

「じゃあ今度はこれ」


 今度はバスケのゴールに時間内にどれだけシュートを入れれるかを競うゲームを選んだ。これなら筋力というより技術やセンスがものをいうので負けれるかもしれない。


「気にするなよ」


 また勝ってしまった。意図して手を抜くことも考えたが先にやってくれと言われたので手の抜きようがなかった。


「もういい。私じゃ希瀬くんには勝てないよ」

「じゃああれやろうよ」

「クレーンゲーム?」


 柏木にとって分が悪いゲームを選んでるだけな気がするが、下手に別ゲー勧めてまた勝つよりかは戦わない方がいいと思った。


「俺これやろーっと」


 小さなぬいぐるみが山積みになった比較的取りやすい機体を選んでアームを動かす。手前の落ちかけているぬいぐるみに狙いを定めて降下ボタンを押す。


 アームが降りていく様を固唾を飲んで見守る。降下する間にアームがふらふらと揺れ動き狙いとは違う位置に行きかすりもしなかった。


「まじか」

「私もやってもいい?」

「もちろん」


 本当はかっこよく一回で取って、要らないからあげるよって渡したかったけど一度しくじってる前科があるし、柏木がやりたいならしょうがない。


「あ、二個落ちた」

「まじか」


 見ていないうちにめちゃくちゃ良い感じにアームで押されて山積みになっていたぬいぐるみが崩れて二つ落ちてきた。

 俺があんな風に落とせてたら決まってたんだろうな。


「はい、希瀬くんにあげるね」

「俺はいいよ。本当は柏木にあげたくてやっただけだから」

「何それ。私も希瀬くんにあげたかったからやったのに」

「そっか。じゃあ貰うね」

「うん」


 そんな風に言われては断れない。俺がやろうとして失敗したこと、まんまと柏木にやり返された。


 これが勝負だとするなら俺の完敗だ。こんな不格好なぬいぐるみを貰っただけなのにどうしてこうも嬉しくて温かいんだろう。


「時間も遅いしそろそろ帰ろうか」

「うん」


 ショッピングモールをでて駅まで二人で歩いた。会話はあまりなかったが、ぬいぐるみを嬉しそうに見つめている姿を見ているだけで十分だった。


「じゃあ俺こっちだから」

「うん」

「気をつけて帰れよ」

「ありがとう。それから——」

「「よかったらまた遊ばない?」」


 二人の声が同時に反響した。それも一文字も違わない同じ言葉を同じタイミングで。

 それがどうもおかしくて、二人して吹き出して暫く笑っていた。


 その問いに対する答えは俺と柏木、そのどちらも言葉に出さなかったけれど、言うまでもないことだ。


「じゃあまたね」

「ああ、また」

「今日は楽しかった」

「私も」

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