第13話 決意と羞恥 ~Side華~

 一方その頃、華は大学の講義を終えて、ゼミナールの懇親会に参加していた。

 比較的落ち着いた人達が多いゼミナールだけれど、お酒が進んで酔っ払ってくれば、大学生特有のテンションになってくるわけで、今はわいわいがやがやとにぎやかな雰囲気が辺りをおおっている。

 そんな様子を、はなは一歩引いたところから眺め、一人でちびちびとお酒をたしなんでいた。


「やぴやぴꐕミꐕミꐕ華ちゃん、元気してるぅー?」


 すると、独特の定期文で挨拶してきたのは、同じゼミナールの駿平しゅんぺいくんだった。


「駿平くんやっほー。私は元気だよ! 駿平くんは……なんか雰囲気ガラリと変わったね」

「まあねっ!」


 そう言いながら、駿平くんはサラッと金髪に染めた前髪を掻き上げる。


「まっ、ちょっくらイメチェンというか、大学デビューってやつを今更ながらやってみたのさっ!」


 自信満々な様子でキラキラオーラをまとう駿平くん。

 夏休み前までは、黒髪のストレートヘアに黒縁眼鏡が印象的な礼儀正しい好青年という印象だったのに、この長期休みの間に一変。

 髪を金髪に染め上げ、ちゃらちゃらきらきらとしたネックレスを身に纏い、口調もどこかオラオラ系というかイケイケ系へと変貌へんぼうげていた。

 そして今の駿平くんは、私がちょっと苦手とするタイプでもある。


「うん、いいんじゃないかなイメチェン」

「だしょだしょ! やっぱ俺、こっちの方がイケてるって自分でも思うんだよねっ!」


 とまあ、私に対して自慢してくる駿平くんへ、ただただ苦笑することしか出来ない。


「おーい駿平!先輩がお呼びだぜ!」


 すると、同じゼミナールの男の子が駿平くんを手招きしている。

 その奥のテーブルには、女性の先輩たちが和気藹々わきあいあいとした様子で駿平くんに向けて手を振っていた。


「おっと・・・・・・早速イメチェンの効果があったみたいだな。ってことで華ちゃん! 俺はちょいと可愛い子猫ちゃん達の元へ行ってくるけど、嫉妬しないでくれよなっ! それじゃ、やぴやぴミꐕミꐕ」


 そう言い残して、駿平くんは颯爽と先輩たちのテーブルへと向かって行ってしまう。

 嵐のような駿平くんの襲来しゅうらいに私が唖然としていると、隣からトントンと肩を叩かれる。

 振り返ると、そこには瑠衣るいが眉根を引きつり、嫌悪感丸出しの表情で駿平くんの方を見つめていた。


「うーわ駿平、完全に調子乗っちゃってる。あれは流石に無いわー」

「あはは……なんか凄い変わりようだったよね」

「華もああいうやつに引っかからないように気をつけな?」

「分かってるよ」

「あっ、てかそもそも、華には愛しの大翔ひろと君がいるから、そんなの関係ないか!」

「ちょ、ちょっと瑠衣! からかわないでよ!」

「へへっ、冗談だって。んで、あれから結局なにか進展あった?」


 瑠衣はキラキラと瞳を輝かせながら尋ねてくる。

 どうやら、そちらが本題だったようだ。


「特に何も無いよ。というか、音沙汰おとさたすらない」

「ありゃりゃー。こりゃやっちまいましたかー?」

「分かんないけど、そうかもしれない」

「まあまあ元気だしなって。 大翔君がダメでも、華の蛍光けいこうピンクのパンツを受け入れてくれる心優しい人は絶対にいるから!」

「待って、なんで私の蛍光ピンクが悪いみたいな話になってんのよ!」

「そりゃだって……あれから音沙汰ないってことは、向こうはそう言う気持ちだったってことでしょ?」

「うっ……」


 瑠衣の指摘が最もすぎて、ぐぅのも出ない。

 私が言葉に詰まっていると、瑠衣は再びトントンと肩を優しく叩いてくる。


「まあ、そんなウジウジしてたって変わらないんだから、告って玉砕ぎょくさいしてスッキリしてきなさい!」

「負けいくさ確定なの?! 嫌だよ、そんな勝負出たくないー!」


 そこで、瑠衣は慈愛に満ちた目で私を見つめてくる。


「今はダメでも、また何度でもアタックすればいいのよ。今は負け戦でも、『好き』って気持ちを相手にわかってもらわなきゃ、始まるものも始まらないよ」

「なんかカッコイイふうに言ってるけど、結局瑠衣はそのネタをお酒のつまみにしたいだけでしょ?」

「へへっ、バレちゃった」

「可愛らしく舌を出してもダメ」


 全く、相変わらずサイコパスなんだからこの子は……。

 でも正直なところ、瑠衣の意見も一理あると思った。

 今は大翔と結ばれることが出来ないと分かっていても、相手に気持ちを知っておいてもらえれば、これから少しでも私のことを意識してくれるようになるかもしれない。

 それなら、一度告白して盛大せいだいに失敗した方が、かえっていいのかもしれないと思えてきてしまうのだ。

 ちらりとスマホで時間を確認すれば、夜の十時を回ろうとしていた。


「大翔、今頃何してるんだろう……」


 ふとそんな独り言をこぼして、気になるあの子のことを考えてしまう。

 けれどそれ以上に、今は大翔に自分の心の内を素直に伝えたいという気持ちの方がまさっていた。

 そして私は、他のゼミナール生が盛り上がる中、気付かれぬよう一人そっとお店の外へと出た。

 お店から少し裏路地に入った比較的静かなところでスマホを取り出し、恋焦こいこがれるおもびとへ電話をして、自分の気持ちを伝える決心をする。

 しかしそんな時、ピコンとスマートフォンの通知が届く。

 メッセージアプリの通知に表示された名前は、今まさに電話をしようとしていた想い人。

 そして、通知とともに書かれていた内容を見て、私は口をぽかんとして唖然としてしまう。

 そこに書かれていた内容は――


『なぁ、この前の蛍光ピンクのパンツって、あれどう言う意味だったの?』


 という、今最もほじくり返されたくない恥ずかしい内容だった。

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