第12話 悩み相談

「ありがとうございました、またお越しくださいませ」


 入り口でお客さんへ挨拶をしてから店内へ視線を戻すと、店内は閑散かんさんとした雰囲気につつまれていた。

 今退店したお客さんが座っていたテーブルの食器を片付け、アルコールと布巾ふきんでテーブルを拭き終えると、手持ち無沙汰になってしまう。

 今日はお客さんの入りが早かったため、閉店までまだ時間があるというのに、既に店内は御覧の有様。お客さん一人見当たらない。

 そんなお店の危機的状況を気にすることなく、布里夏ふりなつマスターはカウンターでコーヒー豆をきながら、ジャズの音楽に耳を傾けていた。

 俺は恐る恐るマスターの元へと近づいていく。


「あの……マスター。ってご相談がありまして……」

「ん、どうしたの森君? 何か悩み事?」

「まあ……そんな感じです」


 俺がいつもより歯切れの悪い口調で切り出したからか、布里夏さんは首をかしげながら尋ねてくる。


「もしかして、その相談って恋愛系だったりする?」

「まあ……はい」


 俺が気恥ずかしげに頷くと、感心した様子で布里夏さんは首を縦に振る。


「そうかそうか。まあこんなおじさんで良ければ、何でも相談に乗るよ」


 そう言って、布里夏さんはコーヒーを挽きながら俺の話を聞く体勢に入る。


「その……実はですね。気になってる女の子がいるんですけど、この前一緒にホテルに泊まったんですよ」

「ほうほう……それで、その夜はどうしたのかね?」


 くいっと眼鏡を指で上げて、興味深そうに話の続きを促してくるマスター。


「そのぉ……何と言いますかまあ……彼女が無防備な状態でベッドに寝てたんですけど」

「ほうほう……それで?」

「その……」


 俺は真剣な面持ちでマスターを見据えて尋ねた。


「彼女が履いてたのが、蛍光ピンクのパンツだったんですよ」

「ほ、ほう……?」


 予想とは違う答えが返ってきたのか、マスターは戸惑ったように首を傾げている。


「それで、結局手を出せなかったんですけど。蛍光ピンクのパンツって、脈ありのサインだと思います?」

「うーむ……」


 俺の話を聞いた布里夏さんは、顎に手を当ててしばし考えこむ。

 しばらくマスターを緊張した面持ちで見つめていると、マスターの視線が上がり、俺を見据えてきた。


「それは脈なしだね」

「ですよねー」


 俺はがっくしと肩を落として項垂れる。


「まあまあ、気落ちしなくても平気だよ。世界には35億人もの女性がいるんだ。また森君にとってもいい出会いが訪れるよ」

「やめてくださいマスター。とても惨めな気持ちになってきたんですけど⁉」


 やはり、マスターから見ても、蛍光ピンクのパンツは脈なしのようだ。


「マスター暇すぎて何かやることないですかー?」


 すると、キッチンの方から退屈そうな様子ではるさんがホールへと出てきた。


「お、丁度いい所に。森君が是非女性側の意見も聞いてみたいと言っていたところなんだ」

「えっ⁉」

「なになに~森君。何か困り事?」

「まあ……はい」

「それなら私に任せて! なんでも相談に乗ってあげる」


 はるさんは胸元に手を当て、『お姉さんを頼りなさい』と言わんばかりに朗らかな笑みを浮かべてくる。

 俺はちらりとマスターの方を見ると、早く相談しなさいと顎で指しうながしていた。

 戻るに戻れない状況になってしまい、俺は諦めたようにはるさんへ質問をする。


「これは例えばの話なんですけど、もしはるさんが異性の人と泊まりで旅行に行ったとするじゃないですか。それで、もし履いている下着がピンクの蛍光パンツだったら、それって脈ありのサインだったりしますか?」

「ピンクの蛍光⁉ 脈あり以前に、そもそも私はそんな派手な下着履けないよ」


 そう言って、恥じらうように頬を真っ赤にするはるさん。


「ですよねー」


 まあ、はるさんがピンクの蛍光パンツを穿いているなんて想像が出来ない。

 はるさんには、水色とかオレンジとか清楚な色が似合っている。


「でもまあ、勝負下着って人それぞれだから、結局は聞いてみるしかないんじゃないかな」

「やっぱりそうですよねー」


 というわけでまあ、はるさんに相談しても結論は出ず、ただの恥さらしになってしまった。

 結局のところ、真相は本人に直接聞いてみるしかないらしい。

 この後、俺はバイトが終わるまで、華にどうやって聞き出すか、手段や方法を色々と一人頭の中で考えるのであった。

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