第4話 早くも失恋⁉

 無事にファストパスを取ることに成功し、俺は自販機でペットボトルを二本購入してはなが到着するのを待つ。

 しばらくして、華がゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「おまたせー」

「おう。ほれ、これ飲んでひとまず休め」


 そう言って、自販機で購入した緑茶を手渡す。


「ありがとうー」


 緑茶を受け取った華は、キャップを開けて、そのまま勢いよくグビグビとお茶を飲んでいく。


「はぁ……身体がうるおってくー」

「なら良かった」

「ごめんね、色々とまかせちゃって」

「別にこれくらい気にすんな。俺とお前の仲だろ?」


 俺がそう言うと、華は一瞬キョトンと目をしばたかせたが、すぐににこりと微笑んだ。


「そうだよね! 私と大翔の仲だもんね! さっすが大翔ひろと、頼りになるぅー!」


 ふざけた口調で言いながら、俺の脇腹を人差し指で突いてくる華。


「や、やめろってバカ。おだてても何も出ないからな?」

「ちぇー」


 華は不貞腐ふてくされたように唇を尖らせる。

 けれどこれもまた、中学時代からの仲だからこそできるスキンシップ。

 ふと周りを見渡すと、ファストパスをゲットした人々が、各々の場所へと移動を始めていた。


「俺たちもそろそろ行くか。ここで突っ立ったままじゃ、時間ももったいないし」

「そうだね。行こう!」

 

 そうして二人並んで、ビッグファイヤーマウンテンのあるゾーンへと向かっていく。

 エリアに到着すると、ビッグファイヤーマウンテン乗り場にも既に多くの待機列が出来ており、俺たちはその最後尾に並んで順番待ちをすることになった。

 その間、お互いが暮らす街であった出来事や暮らし、それぞれの友人関係にどんな講義を受けているのかなど、近況を報告しあった。

 華から聞いて一番驚いたのは、都内での生活について。

 待ち合わせ場所へ電車で向かおうとしたら、反対方向の電車に乗ってしまい、見知らぬ土地へ辿り着いてしまったことや、都内の地下鉄の路線図はわけがわからないことなどを話してくれる。

 また、都内は家賃が高く、生活費をアルバイトだけでまかなうのは至難のわざであることも教えてくれた。

 田舎と違いごちゃごちゃしていて、大変そうだということだけは大翔にも伝わってくる。

 そんな他愛のない話をしている中で、ふと華が思い出したように唐突に尋ねてきた。


「そう言えばさ、大翔って今彼女とかいたりするの?」

「へっ⁉ い、いや、いないけど……」


 いきなり色恋沙汰を聞かれたため、返答がしどろもどろになってしまう。


「……怪しい」

 それを見て、華がいぶかしむようにじっと見つめてくる。


「本当にいないってば」


 俺が再び真剣な口調で答えると、華は拍子抜けしたように肩をすくめた。


「そうなんだ、なんか意外かも。てっきり、向こうで可愛い彼女でも作ってるとばかり思ってた」

「俺そんなにパリピじゃないから、専門では真面目に授業受けてんの」

「でもさ、同じ授業受けてる女の子で、気になってる子とかはいたりするんじゃないの?」

「うーん……まあ、可愛いなとか美人だなって思う人はたまにいるけど、好きになったりとかはしないかな」


 俺が正直に答えると、華は残念そうな顔を浮かべた。


「ちょっと大翔、女欲おんなよく枯れすぎじゃない? もっと大胆に行かないと!」

「いいだろ別に。他にすっ――いや、何でもない!」


 俺が言いかけたところでお茶を濁すと、華が気になるといった様子で食い気味に尋ねてくる。


「えっ、何々? 今なんて言おうとしたの?」

「な、何でもねぇよ!」


 俺が気になっている女の子は、今目の前にいるのだから――とは口が裂けても言えないので、コホンと咳ばらいしてから反撃に出る。


「そういう華はどうなんだよ? その、今気になってる奴とかいたりするの?」

「うん、いるよ」

「えっ……」

 

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 華がさらっととんでもないことを口にしたから。


「今……なんて?」


 もう一度恐る恐る尋ねると、華は首を傾げながら言葉を紡ぐ。


「えっ? だから、気になってる男の子はいるよって」

「へ、へぇーそうなんだ……」


 華……好きな男いるんだ。

 意気消沈とはまさにこのこと。

 今まで浮かれて昂っていた気持ちが、一気に冷めていくのを感じる。

 まあ、そりゃ二年近くも都内の大学に通ってたら、気になってる男の一人や二人くらい、普通にいるわな。

 華にとって俺は昔からの友人止まりで、そこに恋愛感情はない。

 間接的に振られて失恋したも同然だった。

 それを自覚した途端、俺は変に華を意識していた自分がバカバカしく思えてきてしまう。

 せっかく都内まで来て華に告白しようと意気込んでいたにもかかわらず、その計画は華の一言により一瞬で頓挫とんざしてしまった。

 感情の一人歩きとはまさにこのこと。

 恋は盲目というけれど、まさに俺がそれにはまってしまっていたわけだ。


「どうしたの大翔? なんか顔色悪そうだけど大丈夫?」

「うん、平気平気。その……気になってる奴と結ばれるといいな」

「うん!」


 適当に取り繕うものの、華の眩しい笑顔が今は目に毒だ。

 俺の心には穴が空いたような空虚感が漂っていて、プシューっとしぼんでいく音が今にも聞こえてきそうである。

 はぁ……ホント、恋って残酷だなぁ。

 喪失感が凄いけれど、今はせっかくのディスティニーなのだ。

 何だかもう、色々とどうでもよくなってきたけれど、こうなった以上、今を全力で楽しむことにする。

 折角のディスティニーなのだ。

 楽しまなければ損というもの。

 結局それから、意識していた華への態度を以前のような軽々しい感じに変えて、俺は華と普通にディスティニーを満喫するのであった。

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