第19話 心強い彼と突然現れた彼~Side華~

 玄関の扉を開けると、そこにはスーパーの袋を手に持った駿平しゅんぺい君が立っていた。


「やぴやぴミꐕミꐕ、よかった、意外と元気そうで」

「うん……」


 気まずい沈黙が二人の間に流れる。


「えっと、はなちゃんが良ければだけど、お邪魔してもいいかな?」

「あっ、うん。どうぞ」

「ありがとう」


 そう言って、駿平君は家の中へと恐る恐る入ってくる。

 玄関でしゃがみこんで靴を丁寧に脱いでいく。


「駿平君、どうして私の家分かったの?」


 私が恐る恐る尋ねると、靴を脱ぎ終えた駿平君はくるりときびすを返してから答える。


瑠衣るいちゃんから聞いた。『落ち込んでるようだったら、駿平がなぐさめてきて』って」

「そうだったんだ……」

「ごめん、もしかして迷惑だったかな?」

「ううん、平気平気! むしろみんなに余計な心配かけちゃってごめんね! さっきまでは落ち込んでたけど、今はもう元気だから」

「そか……ならよかった。あっ、これお見舞みまいのしな。冷蔵庫に入れておいて」

「ありがとう」


 そう言って駿平君が手渡してきたビニール袋の中には、プリンやヨーグルト、スポーツ飲料など風邪を引いた時の定番ラインナップが入っていた。

 私はありがたく受け取って、袋をそのまま冷蔵庫へと入れ込む。

 そして、ふと気づく。

 駿平君を家に上げたのはいいけど、部屋は洗濯物がしっぱなしで、ローテーブルの上には食べ残しのカップ麺が置きっぱなしになっていることを……。

 私は急に恥ずかしくなり、バッと駿平君の方を振り向く。


「えっと……これはね……」

「仕方ないよ、俺が急に来ちゃったのが悪いんだから。もし片付けたいなら、外で待ってようか?」

「いや、平気!えっと……来て早々申し訳ないんだけど、その辺に適当に座って待っててくれる?」

「分かった。何か手伝うことあったら言ってね」

「大丈夫、すぐに終わるから!」


 私は慌てて片付け作業に取り掛かる。

 客人に手伝わせるのは気が引けるしね。

 それに、洗濯物には下着もかけてあるので、駿平君にさわらせるわけにはいかない。

 私は急いで洗濯物をお風呂場へと緊急避難。

 ローテーブルに置いてあったカップ麺を片づける。


「昼食中だったなら、全部食べてからでもいいよ?」

「ううん大丈夫! あんまりお腹空いてなかったから!」


 そう適当に言い訳をして、私はカップに入っていた残りを、惜しむようにしてシンクの三角コーナーへ捨てた。

 駿平君に変な気を使わせてしまわぬよう、てきぱきと部屋を見栄え良くしていく。

 ようやく一通り片付け終えたところで、私は駿平君に向かい合う形で座り込んだ。


「ごめんね待たせちゃって」

「ううん、それは別にいいんだけど……体調は大丈夫なの?」

「うん、見ての通り元気いっぱいだよ」


 そう言って、私はにこりとした笑顔を作り、元気よく腕を曲げて見せる。


「……本当に?」


 しかし、駿平君は心配そうな様子で問い詰めてくる。


「うん、本当だよ……」


 私は何とか取りつくろってそういうものの、既に表情を保つことは難しい。

 困り果ててうつむいていると、駿平君が覗き込むようにして尋ねてくる。


「……それじゃあ、昨日どうしてあんなに悲しい表情してたのか、今俺に話せる?」

「えっと、それは……」


 駿平君に問い詰められ、口をつぐんでしまう。


「ごめんね……ちょっと意地悪な言い方しちゃったね」


 そう言って駿平君は優しい頬笑みを浮かべてくれる。


「ううん、違うの……ただ、昨日のことはね……」


 私は必死に否定をして次の句をつむごうとするものの、言葉が中々出てこない。

 部屋の中に、何とも言えぬ沈黙が漂ってしまう。

 すると、先に口を開いたのは駿平君だった。


「それって、俺に言えないような、華ちゃんにとって大切なことなのかな?」


 駿平君の問いに対して、しばしの間を置いた後、私は首をコクリと縦に振った。


「ごめんね。これは駿平君だから言えないとかそういうものじゃなくて……今は一人で色々と考えさせてほしいの。だから、今は誰にも言えないってこと」

「そっか……それじゃあ、華ちゃんがその悩みを打ち明けてくれる時が来るまで、俺は待つことにするね」

「うん、そうしてもらえると嬉しいな」


 問題は何も解決せず進展もしていないけれど、私が打ち明けられるまで待っていてくれる人がいるということは、とても心強く感じた。

 駿平君はふっと微笑んでから、ゆっくりと立ち上がる。


「よしっ、それじゃ俺はそろそろお暇するよ。お役に立てそうなことなさそうだし。華ちゃんが体調的には元気なことも確認できたからね」

「うん……ごめんね、せっかくお見舞いに来てもらったのに何もおもてなしできなくて」

「いいっていいって、華ちゃんは今、心にきずった病人さんなんだから、むしろこちらこそ何も手伝えそうになくてごめん」

「ううん、来てくれただけでもうれしかった。ありがとう」


 私が感謝の言葉を伝えると、駿平君はにっと微笑んでから玄関へと向かう。

 靴をいて扉を開けたところで、私は声を上げた。


「エントランスまで見送るよ」

「いいって、華ちゃんはゆっくりしてな」

「ううん。家に食材が何もないから、ちょうど時間帯もいいし買い物に行こうと思って」

「そういうことね、わかった。それじゃあエントランスまで一緒に行こう」

「ちょっと待ってて」


 そう駿平君に言ってから、私はバッグの上に置いてあったスマホとお財布を手に持ち、急ぎ足で玄関へと戻って靴を履いた。


「お待たせ―。それじゃ行こっか」

「うん」


 そうして二人はエレベーターで一階のエントランスまで一緒に下りて、マンションの外へ出ようとする。

 その時だった、エントランスの前に、見覚えのある一人の男性が立っていたのは……。

 私は目を丸くして唖然とする。

 それもそのはず。

 だって彼が都内にいることなんてあるはずがないのだから。

 私は目を一度擦いちどこすってからもう一度エントランス前に立っている彼を見る。

 しかし、まぼろしではなくそこに彼はたたずんでいた。


「ん、華ちゃん。どうかしたの?」


 突然立ち止まった私を見て駿平君はこちらを振り返り、不思議そうに首を傾げる。

 そこで、丁度タイミングよくエントランスの扉が開いてしまう。

 内側からエントランスの扉が開き、大翔ひろとがこちらの存在に気付く。


「……華」

「……大翔」


 まさに、最悪のタイミングとはこのこと。

 だって私の隣には、部屋から出てきたばかりの駿平君がいるのだから……。

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