第16話 立ち上がらせた友人

 ブォォーブォォー!


「⁉」


 俺は法螺貝ほらがいの音で意識が戻る。

 辺りを見渡せば、そこはいつも講義を受けている教室だった。

 隣には来汰らいたも座っており、講義に集中するように前を向いている。

 昨日布団に潜りこんで枕を濡らしていた時から記憶がまるでない。

 俺は知らぬ間に眠り、朝の目覚ましで起きて、脳が回らぬまま無意識的にここまでやってきたようだ。

 身に覚えがないけれど、バッグの中身もきちんと今日の授業用具が入っていることから、しっかり身体だけは動かしていたようだ。

 俺は講義を真剣に受けている来汰の肩をちょんちょんと叩く。


「なんだよ大翔ひろと……?」


 眉間にしわを寄せ、嫌そうに小声で尋ねてくる来汰。


「悪い来汰。もしかして、俺今日今まで死んでた?」

「はぁ、何言っちゃってんの? 今までこの世の終わりみたいな顔でずっと上の空状態だったじゃねーかよ」

「あっ……そうなんだ。悪かった」


 そう話を切り上げて、俺は視線を前に向ける。

 前では法螺貝を吹き終えた烏星からすぼし先生がホワイトボードに今日の講義の内容を板書ばんしょしていた。

 俺は慌ててノートを取り出して、ホワイトボードに書かれた文字を書き写していく。

 板書を終えて、烏星先生の解説が始まったところで、俺は再び自分の思考の世界へと入り込んでいってしまう。

 昨日、俺ははなに振られた。

 その事実だけが重くのしかかる。

 しかし、現実を変えることなどできない。

 これから、華とどう向き合っていけばいいのか?

 そもそも、俺が勝手に華を意識し始めて舞い上がり、勝手に勘違いして傷ついているんだから、最初から答えは決まっている。


 今持っている華への気持ちを心の奥底へしまい込み、忘却する事。


 それが一番の策であることぐらい理解していた。

 にしても今思うと、一人意識して勘違いしてしまっていた自分がバカみたいである。

 結局は、自分が傷つきたくないから、それでもって華へ聞くのを躊躇ためらっていたのだ。

 昨日華に気持ちがないことが分かったことで、少しはスッキリすると思ったんだけどな……。

 気持ちはより重く表に現れてしまっていた。

 でも、華はこれからも俺と『友達』として関係を築いて欲しいのだろうか?

 昨日あんな横暴に電話を切ってしまい、一人で勝手に抱え込んでしまったから、幻滅げんめつされてしまったのではないだろうか?

 いや、そもそも華は元々脈なしなんだから、どうも感じてないか。

 昨日の大翔はどうして急にあんなことを聞いてきたんだぐらいにしか思ってないだろう。

 結局どっちにしろ、俺は色々と後戻りできない所まで来てしまったのだから……。

 さて、ここで問題です。


「これから華と以前のような友人関係を築いていくには、どうしたらいいでしょうか?」

「いや、知らねぇよ」


 気づけば、講義を終えた俺は来汰に対して昨日起こった出来事を事細かに説明していた。


「いや……超重要だろ。だって俺、振られたんだから」

「ってかそもそも、今の話聞いてりゃ、お前華ちゃんに好きって言ってねぇだろうが」

「……確かに」

「はぁ……ホントばっかじゃねーの」


 来汰は呆れ返った様子で頬杖を突いた。


「当たって砕けろとは言ったけど、お前がそこまでヘタレだとは思ってなかったよ」

「へ、ヘタレとは失礼な!」

「だってヘタレじゃねーか。自分の気持ち隠して、相手の情報だけ聞き出して、そんでもって勝手に一人で落ち込んで、やってることがまどろっこしいんだよ」

「なっ……そりゃだって、向こうが蛍光ピンクのパンツはなんの意図もなかったって言ったんだから、そう言うことに決まってんだろ」

「だ・か・ら!」


 来汰はこめかみを押さえつつギロリとした視線を向けてくる。


「ベッドに入ってきたのと蛍光ピンクのパンツに意図がないってわかったからって、どうして勝手に脈なしって決めつけて、お前は自分の気持ちを伝えなかったんだってことだよ!」

「そりゃだって、脈なしなんだから、振られるの前提で気持ちを伝えるなんて……間違ってるだろ」

「いいや違うね。いいか大翔。お前このままだと一生後悔するぞ? ちゃんと自分の気持ちに向き合って正直に伝えるからこそ向こうにも誠意が伝わるんだ。今のお前は、直接FKフリーキックを蹴るのをこばんでるあわれなサッカー選手だ。いくら壁にはじかれようが、打たなきゃどうなるかなんてわからねぇだろ? もしかしたら、壁に当たってもゴールに入るかもしれねぇ。気持ちってのはまず、正直に伝えるシュートを打たなきゃ何も始まらねぇんだよ」


 そこでようやく、俺は自分の現状に気づかされた。


「そうか……俺は今までキックオフのホイッスルの音すら聞いてない試合前のウォームアップ状態だったんだな」


 ようやく自分の惨めさに気づき、がっくりと肩を落とす。


「俺は結局、自分の気持ちを華に知ってもらうのが怖かっただけなんだな……」

「そういうことだ。でも、ホイッスルが鳴ってねぇってことは、まだ始まってもねぇってことだ。今からでも遅くねぇ、ちゃんと華ちゃんに、自分の気持ち伝えて来い馬鹿野郎」


 來汰は席を立ち、俺の方へ来ると、無理やり椅子から立たせるようにして背中を叩いてくる。

 立ち上がった俺が見据える先に見えるのは、はるか遠くに見える希望の光。

 その目の前で、彼女が……華が待っている。

 俺は振り返ると、来汰が破顔してニッと笑顔を向けてきた。

 ようやく決心がついた俺は、コクリと頷いてから歩みを進め、食堂を後にする。

 まだ勝負はこれからだと立ち上がって……。

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