第8話 「秘密基地」

チビのすることは、なぜかいちいち懐かしいと感じるものだった。


幼い頃、僕もやっていたことばかり。そりゃそうだ。本人だから。






例えば…、




道を歩けば、高いところを歩く。


路肩の少し上がった段とか白線でもいい。渡り歩きながら家まで帰る。そこから落ちたら、はるか断崖絶壁から落下、という幼稚な空想いっぱいの大冒険。子どもがやりがちな、あれだ。


また例えば、学校からの帰り道に、石ころを蹴って家まで帰る。石がどこにも落っこちたりしないで、無事に家に帰れたら成功。宝物として大事にしまって置くのが楽しみだったり…。


そこには合理的な理由も価値もない。なんてことのない遊びに、意味を見つけてこだわるところがそっくり同じだった。嬉しいような、残念なような。






そして、今日も。チビが懐かしい”アレ”を作っていた。


僕がそれに気づいたのは、猫ちゃんから来たLIMEでだった。ポンと軽い音で現れた可愛い猫のイラストのアイコンが言った。




『おチビのユタカくん、今なにしてるんですか?』




一緒に画像も送られてきた。チビが部屋で何やらシーツらしきものをカメラに覆いかぶせようとしている。


『柱のカメラを隠そうとしているようなんですが』


猫ちゃんは、我が家のLIVE映像をオフィスで見ていて疑問に思ったらしい。




二階では、チビがシーツの端をもって「うーん、うーん」と背伸びをしている。


「なにやってんだ?」


返事もせず、柱の高い位置に取り付けられたカメラにシーツを洗濯ばさみで留めようとしていた。


「なあ、なにやってんの?」


こっちをチラッと一瞥したが、無視。夢中で続ける。




「ゆうちゃん、いいねえ。」覗きに来たばあちゃんの声。「また作っとんの。久しぶりやね」階段から顔を出して嬉しそうに言った。


「こんなの作ったことないよ。」僕が正そうとすると、


「ゆうちゃん作っとったよ。」よっこらしょと階段をミシミシ鳴らしながら降りていった。


「だから作ってないって…」言いかけて気づいた。


…あ、もしかして…シーツを掛けて、テントのような形…。




そうだ、秘密基地だ。




確かに。これ、覚えてるぞ。子どもの頃だ。よく作ったっけ。懐かしいな。




イメージは分かるが、しかし上手く出来ないようだ。そうそう、シーツの重みで崩れてしまう。あーでもないこーでもないと苦労している。


「ちょいと貸しな、洗濯ばさみじゃ重さに耐えられないよ。何かヒモとかで縛って…。」


「いいの、自分でやるの!」


ああ、そうじゃないのに…もどかしいが手を出せない。




猫ちゃんにLIMEを送った。


『秘密基地を作っているみたいです』


『なんですか、それ』


『僕も子どもの頃によく作ったんです。さすが僕のクローン。』


『何をするものなんですか?』


『中に入るんです。』


『入ってどうするんですか?』


『なにをするわけでもないんですが、オモチャで遊んだり、おやつを食べたり』


『はあ…』 あんまり響いてない。女子は、やらないものなのだろうか。




バサッ




落ちてきたシーツをチビが頭からかぶった。シーツのオバケがキーッと怒っている。




「上手く作れないみたい。イライラしてます。」


しょうがないので、僕はイスと棚を使って、骨組みを作った。昔、父が作り方を教えてくれたっけ。


そこへフワっと華麗にシーツをかけて見せたら、驚きとともに僕を見た。初めて僕に向けた尊敬のまなざし。どうだ、大人の力を見たか。


ところどころヒモで縛っていく。ひさしぶりだな、なんだか楽しくなってきた。




チビは一気に僕の偉業に興味を示した。シーツをめくり入口に誘われるようにそろそろと身を忍び込ませていく。中に消えると、ひゃーと声が聞こえた。しばらくして上気した顔を出したり隠れたりを繰り返して、大いにはしゃいだ。




俄然やる気が出たようで、眉間にしわを寄せ、画用紙に計器やレバーなどを描いては、テントに貼っていった。見事にぼくが子どものころ作った秘密基地そのまま。小2にしてはクオリティーが高い。我ながら。




中に入って懐中電灯をつけると、三角錐の内側の空間を照らし、そこは無限に広がる宇宙となった。


「わあっ。」


声を上げたチビが僕を見て、笑った。僕も笑った。




あれ、なんか気持ちいいぞ。なんだろ。今、こいつ笑った。いや、心通じた?なんなんだろ、よくわかんないが、なんだか嬉しい。ポジティブな感情もシンクロするのだろうか。






小さな段ボールをテーブルにして、オモチャとマンガをいっぱい持ち込んだ。


基地内では、チビに「隊長」と呼ばされた。


「隊長、食料をもって参りました」


「こ、これは…」


「そうです!”うまか棒”です!ばあちゃんに戸棚に閉じ込められていたのを救出しました!」


「よくやった!」


狭い中、大好きなオモチャをいじり、二人でスナックのうまか棒を齧ってカケラをポロポロ落としながら笑い合った。




チビはいたく気に入って、夕食もここで食べ、寝るのもここにしたいとせがんだ。布団を狭い基地に敷き、絵本の読み聞かせをさせられた。




ヤツが持ってきた本は、すべて昔、僕が父に読んでもらったものばかり。




『ジャングル探検隊』 や 『宇宙に浮かぶスペースコロニー』など…。懐かしくて、全く同じだ。


父はわざと同じものを残しておいたのか。だとしたらなぜだろう?




特にチビのお気に入りは、バスの絵本だ。


家族揃ってバスに乗ってお出かけするおはなし。


動物園や遊園地、ショッピングモールにスケート場…次々止まるバス停ごとに、「ここなの?」と子どもたちが尋ねるが、パパは「もっといいところ」と秘密にする。


最後に到着するのは森にぽつんとある小さなレストラン。


庭に光あふれる大きなモミの木のクリスマスツリーが美しい。


そこで家族揃って温かな食事をするというストーリー。




父と母。そして兄弟。こんな温かさに満ちた体験をしたことがない。


チビだって、僕だってそうだ。


この本、好きだったな。読んでいる間だけでも、小さな幸福を疑似体験できた。それが嬉しくて何度も読んだ。クリスマスには季節外れだとしても。




「兄ィ、もう一回読んで」




なに?誰?兄ィ?


…ああ、僕のことか。


「い、いいよ」自分同士なのに「兄ィ」って…。




「兄ィ」か…。


ちょっと、しみじみ。




好きな絵本も遊びも同じ。やることなすこと似ている。小憎たらしいところも。


やっぱり、こいつ13年前の僕なんだな。


だから僕にはわかる。きっと不安だろうな。こんな見知らぬ兄ちゃんと一緒に住んで。




どうして父は、チビを誕生させ、同じ本や服を使わせ、同じ人生を過ごさせているのだろうか?




「兄ィ、あの歌やって」


「歌?」なんだ急に…


「父ちゃん、ピーってお口でやってくれたよ」


「ああ、口笛ね。なんの歌?」




すると、チビが ♪ふんふふん~♪ と鼻歌で歌いはじめた。


子どもらしく下手なのもあって、最初は音の羅列をなかなか僕の頭が捕らえられなかった。


やがて迷子になっていた僕の頭に、突然、メロディが舞い降りた。


「聴いたことあるぞ」


懐かしくて切なくて美しいメロディ。なんだっけこれ?続きが僕自身の中から沸き起こってきた。リズムに乗せて、唇を震わせてみる。自然とメロディが重なる。チビと目でリズムを合わせる。




「そうだ。父ちゃんだ。」よく口笛で聴かせてくれた。父と離れてすっかり忘れ去られていた。曲名も知らないけれど。好きだった。懐かしくて、懐かしくて、涙が出そうになった。


亡き父と過ごした時間を、この子に重ねて感じた。吹くのをやめると、この気持ちが消えてしまいそうで、いつまでも奏でた。




なんていう曲だったんだろう。アプリで旋律から曲名を検索することはできるが、やめておいた。曲名を知ってしまうと、いつでも取り出して聴ける。流行りの歌みたいに、色褪せて擦りきれてしまいそうで。なんだかもったいなくて。だから、そっとしておくことにした。




…ん?寝息をたててる。




まどろみながらだろうか、手を繋いできた。


初めて触れる、”小さな僕”の手。プニプニして小さく丸っこい。掌で包むと温かい。ちょっと照れ臭い。


一生懸命、秘密基地を作っていたその指先をのぞくと、僕の指紋とやはり同じだった。こいつ、本当に僕自身なんだな。しみじみ思った。




一重のまぶたを閉じ、低い鼻で小さな唇の先っぽを尖らせて眠っている。眺めていると、初めてこいつを「思ったほど憎たらしいやつじゃないかも」と感じた。


いや、むしろ「そこそこかわいいかも、我ながら」なんて思えた。




その甘美なメロディは、夜の秘密基地に、いつまでも響いた。




「意外と、いいかもな。この生活。」






(つづく)

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