春
第2話 「出会い!」
「あなたはタイムマシンで過去へ行きました。
そこで出会ったのは、子どもの頃の自分。
未来から来たあなたは、一体何を伝えますか?」
こんなのどう答えりゃいいんだろ。正解のない質問をして、対応力をみる。入社面接はまるで禅問答だ。
「子どもの頃の自分に…ですか?」面接官に質問返ししてしまった。
「そうです。どんな未来を伝えますか?」
「えーっと…」苦し紛れに「…えっと…『就活大変だよ』…とか?」たっぷりの愛想笑い。でも面接官に能面みたいな顔で、
「あー、なるほど…。以上です。ありがとうございました。」とぶった切られた。
グールグル、アッパレ…流行りの企業名ばかりを選んで、かたっばしから受けまくり。どうせなら高望みしたい。だけど連敗記録50社を更新する、大学4年の春。
不合格のたび「あなたには価値がない」と切り捨てられる恐怖。社会に放り出される日はひたひたと近づいてくる。
でも、本当は何をやりたいのかわからない。一体ぼくは何者なのか。何のために生まれてきたのか。ただ、ただ、あせる。
スタパのテーブルで一人、僕はさっきの面接の反省会をしていた。タイムマシンの模範解答は一体何だったんだろう?子どもの頃の自分に何を伝えれば良かったんだろう。
後悔の沼に、ずぶずぶずぶずぶ。
コーヒーの水面に映る自分を見つめた。つまらないリクルートスーツ姿。僕って何者なんだろ。ローストされた豆の香ばしい香りが立ち込める店内。まだ一口も飲んでいないのに、苦い。
しかし…
どうも集中できないなぁ。
さっきから店内に響いている甲高い声のせいだ。ママ友グループと小さな子どもたち。店内にバラまかれたように大勢居座って騒いでいる。近くに住宅街でもあるのだろうか。
ん?何かが膝に当たる。小さな汚れた運動靴。隣の席の男の子だ。寝ころびながら遊びに夢中になって、僕の深い紺のズボンに泥を擦りつけていた。だから子どもは嫌いだ。ママたちはおしゃべりで気づきもしない。無邪気な侵略はどんどんエスカレートしていく。テーブルのコーヒーが揺れてるよ。いつかこぼすぞ。
テーブルのスマホがバイブで小さく滑りながら鳴った。
面接の結果か?と期待したが、知らない番号。エントリーしている企業ではなさそうだ。
隣の子どもたちがキャーと叫ぶ。
うるさいなあ。喧噪に負けないよう大きめの声で出た。「はい。」
「もしもし?」と電話の奥で、若い女性の声がかすかにした。
「もしもし?」
「もしもし?聞こえますか?」
「はい、なんとか。」
「しおつま…、汐妻ユタカさまの携帯でしょうか。」
勧誘かな。
「すみません、聞こえづらくて…。」きっと面倒な電話だろ、そんな気持ちも手伝って、ちょっとぶっきらぼうに答えた。
「…ちょっと騒がしいですね。」
「そうなんです。では…(また今度に)」切り上げようとした尻尾を掴まれ、
「では、会って直接お話しを…。」
ん?気配に見上げると、
「…させていただいてよろしいでしょうか?」スマホを耳に当てた女性が肉声で僕に尋ねた。少しばかり年上だろうか、まあるい眼鏡の奥の大きな瞳で僕をのぞきこんでいる。
「え?え?」
頭が追い付かないうちに、彼女はするりと正面に腰掛け、「突然、申し訳ありません。何度かメールもお送りしたんですが…」人懐っこい笑顔になった。
彼女は、「わんわんほけん」と、名乗った。スーツ姿。やっぱ勧誘か。
「知らないメールは開かないことにしてまして…。あの、どな…?」僕の言葉をさえぎって、
「実は、汐妻ユタカさんにお伝えしたいことが。」
「なんで僕の名前を?」
「ご家族のことです。」
「家族?」
「ええ、ご家族。」
「ばあちゃんと二人暮らしなんですけど…。」
なに真面目に答えてるんだよ。相手のペースに乗せられんなよ。保険なら入らないよ。
「ああ、やっぱり。」
「やっぱりって?」
「何もご存知ないんですね。」
「何も?」
「あの…。」急に神妙な面持ちになり、周囲をうかがいながら「いきなりで、大変失礼なんですが…。」
「はい?」
「こんなところで、誠に申し上げにくいのですが…。」小声で、ぐんと顔を寄せた。近いし。
なに?なに?
「ねえねえ!!」突然叫ぶ子ども「おねえちゃん、ほらこれ面白いよ!」下からだ。
メガネの女性は、やれやれとため息をつくと体ごとテーブル下に潜り、やさしい声で、
「今ね、お兄さんと大切なお話し中だから、おとなしくしててね。」
ほんとだよ。さっきから気が散る。チビめ。
気にせず、床でミニカーのドライブを続けているチビ。てか、誰がママなの?外で遊ばせたら?
彼女はテーブルの下から這い出て僕の方へ居直り、あらためて静かに言った。
「誠に申し上げにくいのですが…」
「はい」
「…お父様が、先月亡くなられました。」
「……へ?」
「はい。」
神妙に告げられたはずなのに、全く現実感がなかった。
「胃がんでした。謹んでお悔やみ申し上げます。」
こんな話、スタパでする?言葉が入ってこない。あたりまえだ。なぜなら、「あのぉ、両親はとっくに他界してまして。」この世にいませんけど。
「どのようにお聞ききになっています?」
「父は私が中学生の時に事故で。母は私を生んですぐ。」
彼女はやはりという顔で、
「そうでしょう。ですが実は、お父様は…」
「え?」
「ええ、そうです。生きていらっしゃいました。先月まで、あなたの知らない所で。」
「まさか。」
「…で、」
業務的な口調になり「今日は、お父様が生前残された"ある案件"について、ご子息であるあなた様、汐妻ユタカさんにお譲りしたく…」
「父が残したあんけん?保険の?僕に?」
話が見えない。
「こちら…。」
メガネの瞳が落とした視線をたどってみると…テーブルの下。
「…こちらのお子さんのことです。」
「……?」
「お父様がお育てになっていました。…あなたの弟さんになります。」
子どもいたんすか!!
ドン!!
と突然テーブルが揺れ、コーヒーがこぼれた!
チビが勢いよく立ち上がろうとテーブルに頭を打ったらしい。
「あー!ふくもの!ティッシュでもいいから!」
周りの大人は慌てたが、運動靴のチビは頭をさすりながらオモチャをいじっている。
くそ、エントリーシートがびちゃびちゃ。
うそでしょ。
父が生きていて、子どもがいた?養子とか?
えっ、まさか…
「血は…?」
「つながっています。」
再婚してた?子どもがいた?
いきなり、知らない弟と感動の初対面?
「この子は8才。小学2年生です。あなたと同じユタカという名前です。」
「は?僕と同じ名前をつけた?」
「はい、弟さんにも。」
「父が?」
「いきなりなので理解しづらいかもしれませんが…。」
「はあ。」
「このお子さんは…。」
「はあ。」
「あなたの…。」メガネちゃんは深く息を吸って、言った。
「あなたの、クローンです。」
「はい?」
チビが顔を上げて僕を見つめた。
(つづく)
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