第11話 「夢も同じ?」
夜中、目が覚めた。
夢を見ていた。
時々見る夢だ。空を飛べる能力を身に着けている。
でもビューンと鳥のようには飛べず、平泳ぎのように手足を搔くと、少しずつ体が浮くのだ。まるで水の中のような不自由さで、急いで空気を掻かないと沈む。頑張れば5メートルくらいは空中に浮遊する。簡単に飛べないところが妙にリアルなのだ。リアルだから夢とは気づかない。
「空を飛べた」と、人類初の超能力獲得にいつも歓喜するのだが、毎度のごとく風に煽られて墜落し、ビクンと足を突っ張って起きる。
シーツで作った秘密基地で、チビも同じように目を覚ましていた。
「落ちた」チビが枕に顔を押し付けたまま言う。
「落ちたって?」どういうこと?
「風が吹いて」
「風?空を飛んでた?」
「こうか?」布団の上で仰向けに平泳ぎをしてみた。
「そうそう」
なんだ?なんだ?もしかして、僕とチビは同時に同じ夢を見たのか…?
「夢…ですか。面白いですね。そんなことあるかもとは言われていましたが…」
猫ちゃんはスタパのカウンターでアイスカフェモカを注文しながら言った。
「あるかも?」同じ夢は想定内なの?
店員に「あ、氷少なめに。ユタカさんは?」
「アイスコーヒーで。」
「あれから調べていくうち、すこしづつ分かってきたんです。」
「また怖いことじゃないですよね…。」
「ふふふ。大丈夫ですよ。」打ち消しながらも、また研究者の顔になる。「クローンと一緒に暮らしていると、互いの脳の細胞組織が共鳴しあうようです。」猫ちゃんと僕の頭を指差す。
「きょうめい?」
「で、だんだん脳波のパルスが合ってくるんです。だからシンクロも起こりやすい。」
脳のパルスはよく分からないが、要するに考えが似てくるってことか。「一緒に暮らしているだけで?」
「同じ夢まで見るなんて。本当にあるんですね。」
「こわい。こわい。」
「逆に、夢を見ている間は、おチビちゃんとユタカさん、2人の脳がつながりやすいのかもしれません」
脳がつながる?「どうやって?」
「どう言えばいいのかな、2人で『意識の粒』みたいなものをやり取りしているんです」
「意識?粒?」頭がついて行かない。
「量子学ってわかります?」
「でた。また難しいやつだ。」大げさに嫌がってみせると、猫ちゃんはカードゲームの駆け引きのように「知りたくないですか?」いたずらな笑みで僕を試す。
「うーん、すみません…サルでもわかるように教えてください。」
ドリンクを運びながらテーブルに座ると、猫ちゃんはボールペンで紙ナプキンに歪んだ丸を描き始めた。
「なんすかこれ。そら豆?」
完璧な彼女も絵は苦手みたい。
「脳です。見えません?」
不満そうにふくれる。ちょっと可愛いけどこれ以上ツッコまず、
「脳。脳。脳。見えてきました。続けてください。」
「人の『意識』って、ただの脳内の電気信号なんです。人は『考えている』と思ってるけど、実は、脳内の神経細胞で小さな電気の粒が行き来しているだけ。その粒が、夢を通じて…」
「夢を通じて、2人の脳を行ったり来たりする?」
「そう。2人とも同じ人間。細胞分裂した1人の体みたいなもの。だから、そばで生活することで、細胞が1つの脳だと勘違いして、情報の粒をやりとりし始めるんです。わかりやすく言うと、同じラジオが同じ周波数を受けちゃう、みたいな。」2つの脳の間に矢印を何本も引っ張る。
「僕たちの脳がラジオ…。」
「そう。細胞というのは元々情報を交換し合うんです。脳に限らないですよ。細胞はすべて。体中、隣合ったひとつひとつの細胞だって、自分がどの位置の細胞か教え合っているんです。細胞みんながお隣さんに耳打ちしてる感じ。だからちゃんとすべての部位が正しい位置にできる。足に耳が生えたり、手のひらに目ができたりしないのはそのおかげ。もし、怪我をして欠損してもちゃんと元通りに再生する。」
「へぇー」
僕が大げさに感心すると、小指でショートの髪を耳にかける。これが猫ちゃんのどや顔だ。こういう時は先生感が出て、年上だったことを思い出す。
「じゃ、同じ夢を見るっていうのも、ラジオみたいに受信し合っているってこと?」
「おそらく。ユタカさんの夢か、おチビちゃんの夢か、どちらかを一緒に見ている。時には、2人共同作業で夢をつくりあげているのかも。まだよくわかっていませんが。とにかく、夢を見るレム睡眠の間が、最も意識の粒を交換しやすい状態なのかもしれませんね。」ストローでアイスカフェモカを混ぜている。
「寝てるときくらい、1人にしてほしいな」
溶けた氷で薄くなったコーヒーの味が、申し訳なさそうに広がった。
クローンは同じ夢を見る?
(つづく)
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