第7話 「シンクロ!?」
『緊張を感じとった?』
ポンと軽い音で現れたLIMEのメッセージ。
可愛い猫のアイコン。猫ちゃんからだ。
『おもしろい現象ですね』 と猫のアイコンは言った。
『おもしろいですか?ちょっと戸惑ってます』
『お話、聞かせてください』
『お願いします』
『のちほど行っていいですか』
あ、また家に来るんだ。横のチビに教えると、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
『ええ、いいですよ』 抑えめの返事にしておいた。
猫ちゃんが家に来る目的は、もっぱら僕とチビの生活のチェックだった。
オカズで残った最後のハンバーグに、僕とチビの2人で箸を突き刺して取り合いになってるのを、ケタケタ笑って眺めなら、スマホに何かを入力していた。
「何を書いてるんですか?」
「同時にお箸を突き刺したのが、すごくシンクロしているので、記録してるんです。」
「は?」
「アプリを使って、柱のカメラの映像データに時間と内容を記録するんです。”12時34分・同時に箸を突き刺す”って。それがリアルタイムで研究室のクラウドに飛んで、教授たちが分析します。」
残り少なくなったハミガキチューブから空気に押されてペーストがポンッと飛び出した。それが鏡に貼りついたとき、僕たちは声を上げて笑った。面白がるツボも似ているのだろう。
猫ちゃんも笑った。笑いながら、スマホでメモをとっている。
テレビで何を観るかでチビと揉めたとき、
「よーし、じゃんけんで決めよう」
最初はグー、じゃんけんホイ!
…どちらもチョキ
あいこでしょ!
…どちらもグー
あいこでしょ!
…どちらもパー
…どちらもチョキ
…どちらもグー
…どちらも……
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「はあ、はあ、はあ、はあ」
あいこでしょ!
…またあいこ。
何回やっても、あいこばかりが続く。
猫ちゃんは「すごい!連続16回!これは報告しなきゃ」興奮して舞い上がっていた。
「こんなことを記録して何がわかるんですか?」
「クローンとオリジナルが一緒にいるとどんな現象が起こるのかを調べているんです」とスマホに記録しながら言った。ぼくのことは”オリジナル”と呼ぶらしい。ときおり、行動がシンクロしたり、相手の考えていることをなんとなく感じたり、そのメカニズムをヤギヒゲ教授たちは研究しているんだそうだ。
「だから、双子も研究していますよ。」
クローンと双子は似ているらしい。犬塚は東大教育学部の付属中学校に双生児を生徒として毎年数多く入学させている。ふだんの学校生活を送る彼らの行動データをもとに、クローン研究をすすめているのだという。
そこで分かっていることは、
双子もクローンも、リスクに対する姿勢が似るらしい。例えば、レストランは行き慣れた店に行くタイプか、知らない店に入るタイプなのか…。さまざまなチョイスが似てくるという。つまり、一日に何千回もある行動の選択、”次の角を曲がる?”、”どの本を手にとる?”と、何を選ぶかが同じであれば、その後の運命さえ似てくる。
「双子よりクローンの方がはるかに似る精度が高いようですよ。リスクに対しても。」彼女は言った。
「リスク…ですか。」
「そうです。おチビちゃんが教室に行けなかったのも。」
「リスクを感じた?」
「はい。」ばあちゃんの麦茶を飲み干しながら、「大人のユタカさんと似て。」
「僕と似て?」
「はい。人見知りでしょう?」グラスの水滴を指先でなぞりながら僕を見た。すべて見透かされているようでちょっと恥ずかしい気がした。チビも僕と似て人見知り…、いや似てるっていうより本人同士だけど。
彼女は続ける。
「検査の時に逃げたのも同じ。リスクを感じたんだと思います」
「それも?」
「検査を面倒だと思ってたでしょう?」いじわるそうに僕を見た。
「思ってました。」バレてました?と愛想笑い。
「きっとその気持ちが通じた。」
「そんなことが…。」
「あるんです。」
猫ちゃんが言うには、チビと僕は知らず知らず互いに”怖い”感情を交換して共鳴し、どんどん増幅してしまったのだという。生活を共にしていれば、さらにそのシンクロ度は特に増すのだという。
「どういうこと?」
「今はまだ研究中です。」
「なんのためにこんなことを調べてるんですか?」僕はそこが気になった。
「クローンと一緒に暮らすとどんな現象が起こるのか、まだよく解明できていないんですよね。クローンが社会に進出した時、どんな影響を与えるのか?その先の未来にはなにが待っているのか?予測しておきたいんです。」
「社会に進出?…これからクローンが増えるってことですか?」
「それは…」
「それは?」
「あの…」
「あの?」
「…また、おいおいお話しますね。」といたずらっぽくはぐらかした。
「えーっ!?ずるい」
「ここから先は、また秘密保持契約書にサインしてもらわないと。どっさりとね。」フフフとおどける。
そう言われたら余計気になります。
「では、別の質問いいですか?」
「はい?」
「どうして父は僕のクローンを作ったんですか?」
「え?」
単刀直入すぎたのか、少しの驚きを見せ、やがてぽつりと、
「…それは、亡くなった汐妻教授しか分からないんです。」
話は、そこでなんとなくうやむやになってしまった。
夕食のあと、チビとトランプでババ抜きをした。
でも、2人とも互いのババを引かなくて勝負にならない。”引いて”と願えば願うほど、なぜか位置を察してしまうから。最初にジョーカーを持ったほうがずっと持ち続けるだけの、つまらない作業に終わってしまう。
「おもしろくない」
チビが嫌になって、カードを放り出した。
遠くのささやき声にふと目を移すと、猫ちゃんの後ろ姿。縁側に腰掛けスマホで話している。
「…ですが…どうしても気になってしまって…」
表情はうかがえないが、何かを強く訴えているように聞こえる。本社の犬巻だろうか。夜も更けた隣近所を気遣ってかコソコソ声。しかし確かな意志の固さを感じるトーンで。
だが、うまくいかなかったのか、やがてあきらめたように肩を落とす。いつも笑顔を振りまいているのに、あんな背中を見るのは初めてかも。
「大丈夫ですか?」
「ええ」と振り向いた猫ちゃんは変わらぬ笑顔だった。
気になった。
けど、なんとなくそれ以上は尋ねることはやめておいた。
それは、今じゃないような気がして。
(つづく)
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