次の春

第34話 【最終話】 「未来へ」




…というわけで、以上が、


僕がクローンと暮らしたワケだ。








それから、どうなったかって?








世の中は変わった。








犬巻が約束してくれた通り、クローンの人権を守っていく法案が国会で提出された。おまけに、同じ人間が同時に2人存在することを法律で禁止するべきだと、議論され始めた。

政府は、人道に反したクローン人体実験の責任を追及され、近く政権交代するだろうと言われている。大晦日に現れた”議員秘書”の思惑通りなのか。

とにかく良かった。しばらくはチビのことは安心だ。



だけど、現実は意外と複雑で…。


あの時、犬巻は言っていた、「人間はね、思いついた事は実現せずにはいられない。そういう生き物なの。」と。


新政権も実は密かにクローン研究に興味津々だという。経済発展のためか、お偉いさんの命のためか。お得意の”法の解釈”で、うまいことやるつもりか。

おかげで犬巻たちはこっそり役職に残され、安泰だ。

そうでなくとも、やがてどこかの国がクローンを作り始めてしまうかもしれない。

これは避けられない運命なのか。だとすれば、世界の人々は、クローンを ”多様性" と受け入れ、彼らの幸せを願う社会を作って共生していくべきなのだろうか。



「クローンは善か?悪か?」…そんなの誰にもわからない。



クローンの社会進出によって差別や貧富の差が生まれ、人口爆発で食糧難が激化するかもしれない。

また一方では、愛する家族、愛する我が子を亡くした人にとっては、神からの贈り物になるのかもしれない。

ただ一つ言えることは、善か悪かは、その術を手にした人類がどう使うかに委ねられている。



ほら、もしかすると…



皆さんのそばにも、いつの日かそっくりの奇妙な兄弟が現れるかもしれない。



その時、あなたはどのようにお考えになるのだろう。







こんなこともあった。とっても小さな出来事だけど。


僕とチビが考えて応募した”ゆるキャラ”が、ひっそりと山陰の小さな港町で採用された。そこに行けば、町のイベントで僕らのゆるキャラを見ることができる。ホームページに動画がアップされ、頭の尖ったイカが踊っていた。なんて素敵なことだろう。

星の数ほどたくさん応募したけど、やっとひとつだけ。

でもいい。最高だ。少しは僕の生きた証が残せたかな。チビにはチャレンジする楽しさを知ってもらえたかも。夢を果たせなかった僕の代わりに、将来はデザイナーを目指すのかな…。もちろん別の分野でも何でもいい、好きなことを胸を張って好きと言える、そんな人になってくれたら、それだけで嬉しい。







そうそう、入社面接でのあの質問。



「あなたはタイムマシンで過去へ行きました。

そこで出会ったのは、子どもの頃の自分。

未来から来たあなたは、一体何を伝えますか?」



…なんて言うか、答えが見つかったよ。



「未来は自分で変えられるよ。楽しんで。」

ってね。









…え?僕?








僕は、死んだあとどうなったの…、って?








…どうしよう…言ってもいいかな…








…本当は、秘密なんだけどね。








チビの小さな頭の脳内。


記憶の中、


チビの意識の奥の奥に潜っていくと………





………そんなはるか奥の入り組んだ場所に、


シーツで作ったテントの秘密基地がある。





そこで僕の ”意識” はひっそりと暮らしている。





毛布と懐中電灯をもって、大好きなうまか棒を食べながら。


チビの意識を乗っ取らないよう、ひっそりと。




チビはまだ気づいていない。まさか自分の脳の奥底に僕がいるとは。




実は、一緒に暮らしていた頃、脳がシンクロを繰り返すうち、ほんの少しだけ僕の ”意識のカケラ” がチビの脳にコピー着床されていたようだ。


それに気づいたのは、僕が死んだあと。


僕の意識はチビの脳内で目覚めた。コピーされた意識の種が目を覚ましたのだ。でもその時は、まだまだ小さく、ボンヤリ不確かな意識だった。




それからの数か月、


僕は、チビの記憶の世界でさまよった。いろんなところに散らばっているであろう、かすかな僕の意識のカケラを少しづつ拾い集めた。学校の机の中や路地裏の隙間、絵本の間に挟まっててたことも…。


それらをひとつにまとめて、なんとか僕の意識は、自立してモノを考えられるくらいまでには大きくなった。





そう、僕たちはひとり。


本当にひとりになった。








ほら、見てごらん。




たった今、


チビは四ツ谷駅のそば、外濠土手の桜並木を歩いているようだ。


彼の目、耳、肌…、五感を通して、かすかに感じる。




今年も美しい花びら群がはち切れんばかりに咲いている。


春の強風で宙に舞う幾千もの花びらが白くキラキラと光っている。


実に鮮やかだ。




手をつないでいるのは…


ああ、猫ちゃんだね。隣にばあちゃんも。


そばにいてくれてるんだね。皆、笑ってる、よかった。




あれ、もうひとり。小さな女の子がいる。


5歳くらいだろうか、車椅子に座って、スチール製のギプスを足に添えている。


その瞳は…、猫ちゃんの瞳と同じ。麗しい ”虹彩” 。


美しいその笑顔は、猫ちゃんの幼い頃を彷彿させる愛らしさに満ちていた。


よかった…意識が戻ったんだね、妹さん。


よかったね、猫ちゃん。


こんにちは、”小さな猫ちゃん”。チビと仲良くしてやってね。




ずっとここから、こっそりチビの人生を見守ることにしよう。


決して邪魔しないように。


そう、僕とは別の、チビはチビの人生を歩むべきだから。




彼の成長を、これからの未来を、見守ることを楽しみにここで生きていこう。


いつか大人になったら、僕と全く同じになった顔…僕より歳をとった顔…。いろんな姿を見てみたいな。


どんな仕事をするのかな。結婚するのかな。我が子をこの手で抱っこするのかな。その子は、どんなにか可愛らしいだろう。




なにもかもが楽しみで仕方がない。こっそり、ここで味わせておくれ。


お願いだ。どうかどうか、幸せでいてね。




君の人生は、きっと素晴らしい。







皆もいることだし、なんだかうれしくなってきちゃった。


そうだ、ちょっとだけ…。そう、ちょっとだけいいよね。


聞こえなくてもいい。


なんだか叫びたくなったんだ。







”おーい、チビ。




ありがとう”







「あれ?」



チビがピクリと反応した。



「兄ィ…?」



辺りを見回して、首をかしげる。




「どうしたの?」


覗き込んだ猫ちゃんの顔。久しぶりのアップ。


「今、兄ィの声が聞こえたよ!」


「え?そんなわけ…」


怪訝な表情。


「ううん、聞こえた!兄ィだよ!兄ィ!」


「まさか…」


「絶対そうだって!」




やばい。チビの人生を邪魔しちゃいけないのに…。




すると、ばあちゃんが、


「そやな。」とチビの肩をそっと手のひらで抱き、すべてお見通しのように皺だらけの顔で穏やかに笑って言った。




「ゆうちゃんはな、みんなの中におるんよ。ずっと。」




猫ちゃんは嬉しそうに、


「はい。います。」と笑った。


その表情を見て、妹さんも嬉しそう。




「そうだよね!」


チビは、胸に手を添えて叫んだ。


「兄ィ、見えるかい。みんな元気だよ!」




見えるよ、見える。


ちくしょう、泣けてきたじゃないか…。




「兄ィ。」




なに?




「ぼくも、ありがと!ずっと一緒にいようね。」




うん、一緒にいようね。






幾千もの花びらが、春の気まぐれなつむじ風に抱かれ、


5人をくるりと巻き込んで踊りながら空へ空へと昇っていった。



それはまるで、


みんなの未来を祝福するかのように、とても優しかった。







…チビ、


今夜、夢で会えるかな。




会えたら、いっぱいお話しようね。


そして、一緒に父ちゃんと母ちゃんに会いに行くんだ。


そう、バスに乗って。














(おしまい)






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"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生 シオツマ @mtkata

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