第23話 「世界でも!」
アジアの若い女性が赤ちゃんを抱いている。
一見微笑ましい画像が、なぜか世界中のニュースを騒がせた。
インドでクローン人間を作ったというニュースだ。
13億以上も人口であふれているのに、これ以上増やすなんて…、「なんなのそれ」と世界から非難された。
首都ニューデリーで人権保護団体のデモが起き、糾弾されたインド政府は、クローン人間研究を真っ向から否定した。
米国や西ヨーロッパ諸国、ロシア、中国もみんなズルかった。各国は自分たちも研究を進めているくせに、国内世論を気にして、表向き批判するコメントを発表。
逆ギレしたインド政府は、「各国やってるよ」と国名を名指しで挙げて矛先を向けさせた。
おかげで、どの国でもクローン研究をしているという疑惑が世界中を席巻する始末。
ニューヨーク、パリ、モスクワ、香港、イスラム国でもクローン反対のデモが起きた。どの文化でもクローン人間はご法度らしい。有識者、宗教家、芸術家、そろってクローン研究を批判した。
大物アーティストのなんたらガガが『SAVE CLONES』という曲をアカペラで配信したら、世界中のアーティストが次々ウェブ上でアレンジしてまたたく間に広がった。
国連では持続可能な開発目標の18個めに、クローンの人権を加えるかどうか大真面目に検討し始めたという。
ローマ教皇は、
「人は神ではない。神の業を真似てはいけない。」
との声明を発表。クローン人間実験は、愚かな行為。神への冒涜だと宣言した。
日本でも、まことしやかウワサが湧いてきた。厚生労働省でクローンの臨床実験が行われている、というモノ。野党からの追及に、政府はそのような事実はないと真っ向から否定した。遺伝子研究に関する文書はすべて残っていないと内閣官房長官は無表情で言い放った。
僕とチビがいるのにね。
そんな中、
例の僕たちのハロウィンの腹話術動画が、じわじわ時間差で今ごろ世界中に拡散された。シンクロ具合の見事さに、海外のオモシロ動画番組でも取り上げられたらしい。
ネットに勝手にアップした人がつけたタイトルが "クローンボーイズ" だったため、「これって本当にクローンだったりして」と冗談交じりでささやかれ始めた。挙げ句には、似ている2人を見つけては晒す"クローン狩り"というネット民に目をつけられるまでに。
犬巻にこっぴどく怒られた。
「危険です。すごく危険。こんなに世界でクローン問題が取りざたされている時なのに軽率すぎます。」
「すみませんって。」
「あなたたちの身も、危険なんです。」
「そんな大げさな。似たようなフェイク動画、星の数ほどありますよ。」
「世界中の当局を侮ってはいけません。素性なんてすぐバレてしまいます。強制的に拉致されてしまう危険性だってあります。」
「大丈夫でしょう。ははは」
「真面目に話してます。」と、バッサリ。
「すみません。」勢いに思わず謝った「…でも、どーゆーことですか?なんで外国が僕たちを?」
「こうなったらお話しますがね…。」
わんわん保険のオフィスの椅子にどさっと腰を下ろし、憮然とした諦めの表情で説明し始めた。
「クローン技術の開発は、世界中で競争が激化しています。ここ2年はスウェーデンが一番トレンドなんですが、アメリカ、中国、インドなど、水面下で密かに開発競争が加速しています。なんだったら以前、あなたたちの存在を嗅ぎつけた某国から秘密裏に外務省を通じて申し入れがありましたわ。2人を調べたいから一時提供してほしい。どこにいるんだって。」煩わしそうに言い捨てた。
「なんで僕たちを?」
「おチビちゃんは、世界的に見ても極めて…」咳払いをはさんで繰り返す「き、わ、め、て、高いクオリティのクローンなんです。お父様の汐妻教授の技術は世界的にも唯一無二。9年前、一気に日本がトップレベルに躍り出たんです。…まあ、それも彼が亡くなって、ちゃんとした形で継承されなかったんですけどね。あーあ、もったいない。」と口紅を塗りたくった唇をへの字にした。
それは、世界に類を見ないほど精度の高いコピー。…いや、”2つともオリジナル”とさえ言える最高級の芸術品なのである。シオツマ法という独自の製法。父が開発した。
たとえば双子。一卵性双生児だとしても、指紋まではさすがに違う。母親の胎内での位置や栄養の吸収など微妙な環境のわずかな違いで変わってしまうという。
ところがシオツマ法は、両親の遺伝子情報まで計算して成長を予測する。そして指紋まで同じ完全なクローンを作る技術なのだ。
しかし、その詳しい方法を誰にも伝えることなく父は亡くなった。
「ちゃんとした警備をつけなきゃ。」
犬巻が溜息まじりにつぶやいた。
(つづく)
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