第8話 聞いてません!

「オレと手を組めばなんとかなるかもしれないよ?」


 またもやにんまりと裏の読めない笑顔を向けながらジルさんがそんなことを言いました。この人は笑顔なのに全く隙を見せないし何を考えているのかさっぱりわかりません。


「手を組むって……私はしがない伯爵令嬢ですよ?スパイなんてしている方と手を組んでも対等に何か出来るなんて思えませんが」


「んー、詳しくは手を組むって約束してもらわないと話せないけど……。うまくいけば君はあのクズ婚約者と問題なく婚約破棄出来るし、伯爵領も平和。さらには君の友達や友達の家も救えるかもしれないーーーー。ってだけ?」


 私はエドガーと婚約破棄ができて、レベッカ様や公爵家も助けられる?


 その言葉を聞いて心がぐらつきました。

 それはまさに私が望む全てだったからです。


 けれど……


「……条件はなんですか?あなたのような胡散臭い人が無条件でそこまでやってくれるはずありませんよね?さっさと私にさせたいことを言ってください」


「と、言うことは?」


「その話、乗ってやりますよ!ってことですよ」


 エドガーとの婚約破棄はもちろんですが、レベッカ様と公爵家のおじさまやおばさまを助けられるならやってやろうじゃないですか!




 こうして私は隣国のスパイだと名乗る胡散臭いことこの上ないジルさんと手を組むことにしたのでした。




「それはともかく、胡散臭いって酷くない?」


 そんなこと言われても、職業がスパイで名前が偽名の人なんて胡散臭い以外どう言えばよろしいのでしょうか?










 ***








 そんなわけで、ジルさんと手を組むと決めてから数日後。


 ジルさんは「オレが胡散臭くないって証明するから」と言ってしばらく姿を現さなかったのですが……伯爵家にやってきた突然の訪問者の中にその姿を発見し、さらに胡散臭さが増しました。


 ジルさんは“さわやか”と貼り付けたような笑顔を私の父と母に向け、恭しく頭を下げたのです。


「我々は異国よりやって来ました。ぜひ、奇跡の桃色の髪をなされているというロティーナ嬢にお目通り願いたく存じます」


 異国とは海を越えた先にある大国で、この国とはほとんど交流は無いはずです。その異国から数人の兵隊と貴族っぽい人まで連れてやってきたというジルさんも、見たことのない異国の衣装を身に着けていました。




 ジルさん、私はひとつだけあなたに聞きたいことがあります。


 ……あなた、隣国のスパイだったんじゃないんですか?!


 階段の上からこっそり覗く私と目が合うと、ジルさんはウインクしてきました。あぁ、そうですか。これも全て「胡散臭くないと証明する」ためのことなのですか。っていうか、両親も巻き込むなら先に言っておいて下さいよ!


 嘘にしろ、真実にしろ、異国が関わってくるなんて聞いてません!




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