第21話あれ?(アミィ視点)
「あー、臭い。鼻が曲がりそうだ」
パタパタと手のひらで自分を扇ぎ、まるで汚物でも見るかのような視線を向けてくるジル。
「なぁっ……!」
男にそんなことを言われたのも、そんな視線を向けられたのも初めての経験だった。
「この美しいあたしに向かってなんてこ「あんたさぁ、マニロって男のこと覚えてる?あんたがちょうど学園で隣国の王子をたらしこむ前くらいに会ってるだろ?」なんなのよ!男の名前なんかいちいち覚えてないわよ!」
むかつく!むかつく!むかつく!
あたしに向けられるべき視線はもっと違うものなんだから!
「思い出せよ、絶対に会ってるはずだ。そしてその男からアルモノを貰った……いや、奪い取っただろう?」
「うるさいわね!男からもらった宝石やドレスなんか山ほどあるんだから誰がどれをくれたかなんて知らなーーーー「
「それを手に入れてからあんたは勝ち組だろ?男どもにちやほやされ、隣国の王子すら魅了した。実はあれは麻薬成分が入っているんだ。相性の良い人間の体臭と混ざるとその効力が発揮される。異性の“興味”や“欲”を異常なくらい掻き立て我慢がきかなくなり、それを満たす為ならなんでもしてしまう……。みんなあんたの為ならなんでもしてくれていたんだろうけど、けっこう恐ろしいものなんだよ?ちなみにそれ異国から盗まれた物だから、それを使用した罪であんた捕まるよ?」
……この男は、一体何を言ってるのだろう?香水?それって、ずっと愛用しているあたしのお気に入りのこの香水の事なの?
その時、ふと嗅いだことの無い甘い香りがした気がした気がした。
ーーーーあぁ、そうだ。思い出したわ。この香水をあたしにくれた男の事……。
あの頃のあたしは、空回りばかりしてる冴えない男爵令嬢だった。
貴族令嬢とは言え底辺だったし、男爵家のくせにお金も無かったのでマナーや教養のレッスンだってほとんどさせてもらえなかった。貴族の学園には義務だからと通わせてもらったけど、他の上品な令嬢たちとはどうしても馴染めずいつもひとりぼっちだったのだ。
父は自分が貴族であることにやたらプライドを持っていたので高級品を買ったりパーティーに参加するために服を新調ばかりしていたが我が家は娘のあたしから見ても借金まみれの最低の家だった。
そんな時、ひとりの男と出会った。
もう名前も顔も忘れてしまったけど、その時のあたしにとても優しくしてくれたっけ。確か訳ありだとかで仕事なんかは言えないと言っていたけれど……あたしのことが好きだと……。
そうだ。初めて男の人に告白されたんだ。
ただ、その頃のあたしはとっくにひねくれていて素直に嬉しいと言えなかった。だから、物語で読んだワガママな令嬢みたいに振る舞ってしまったんだ。
「本当にあたしが好きなら、あなたは何をしてくれるの?」と。
それがすべての始まりだった。
毎日のように宝石やドレスをプレゼントされ、あたしはなんだか自分が女王にでもなったような気分になっていた。だって、冴えない男爵令嬢だったはずなのに今はこの男からこんなに熱望されていると思うと気持ちが高揚して止まらなかった。そしてその高まりは収まらず、とうとうこう言ってしまった。
「あなたが命より大切な物をくれたら、付き合ってあげる」
そうして彼がくれたのが、あの香水だった。
「これがここにあるとわかったら、僕は確実に殺されるだろう。それくらいのものなんだ。だから絶対に使わないでくれ。これを渡すということは、僕の命を君に預けると言う意味なんだよ。それくらい君を本気で愛しているんだ」
そう言って渡されたのは小瓶に入った香水だったが、あたしはガッカリしていた。
だって、たかが香水よ?“命より大切な物”をって言ったのに、ただの香水を渡されるなんて。と怒りすら感じていたのだ。
だから、存分に使ってやったわ。
そしたら、あたしの世界は一変した。
それまであたしに見向きもしなかった男たちがあたしをちやほやし出した。次元が違うと思っていた令嬢たちがあたしに嫉妬し出した。
毎日が信じられないくらい楽しくなり、隣国の王子すらもあたしを好きになったのだ。
いつもみんなから羨望の眼差しで見つめられてる公爵令嬢の婚約者である隣国の王子が、あたしの髪の匂いにうっとりして甘い言葉を囁く姿に背筋がぞくぞくした。
香水をくれた男がそんなあたしを諌めようとしたけど、王子に言えばすぐにいなくなったっけ。
それからはあたしの天下よ。あたしに少しでも興味を持った男はみんなあたしの虜になり、さらに体を与えれば全財産を貢いでくれる。初めての時は痛かったけど、それ以降は色んな男が与えてくれる快楽も楽しかった。
あたしにとっての“幸運の香水”。
これを身に付けだしてから全てが上手くいった。今のあたしは気に入らない前公爵令嬢のレベッカを陥れ、新たな公爵令嬢の座に収まり権力を持つ隣国の王子すらも手に入れた。まさにあたしにとっての幸運の絶頂だったのだ。
あんなのは少し変わった香りのする、ただの香水だったはずだ。まさか、そんな香水をつけただけであたしが罪に問われると言うの?
仄かに漂う甘い香りのせいなのか、だんだんと思考が定まらなくなってきた気がした。
あれ?あたし、さっきまで誰と何をしてたんだっけ?
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