第2話 ふーん?
「アミィはとにかく素晴らしい。もはや彼女は女神の化身だ」
うっとりとした顔をしてご機嫌な様子でアミィ嬢の魅力とやらを語りだしているその私の婚約者の名はエドガー。エルサーレ子爵家の次男だ。
まったく、もうここから離れようかと思っていたのにまだ話は続くようである。そしてさらに饒舌になったエドガーはとんでもないことまで暴露しだしたのだ。
「今だから言うがロティーナに渡した婚約指輪はアミィの使い回しなんだ」
ニヤニヤと笑いながら「内緒だぞ」と人差し指を口元にあてるエドガー。その指をへし折ってやろうか。
「なんだそれ。どういうことだよ」
「いや、実はアミィが隣国の王子と婚約するって聞いた時に思いきってプロポーズしたんだ。でも断られてしまったから、その時の指輪が勿体無くてな」
「なるほど。好きな順序も2番目なら、指輪の使い道も2番目と言うわけか。悪い男だなー」
ゲラゲラと下品な笑いが酒場に響く。周りの人間たちも話が聞こえたのかジロジロと見てきているが楽しそうなエドガーは気づく様子も無いようだ。
「倹約家だと言えよ。あの指輪高かったんだぜ。ロティーナだって物は大切にしろってよく言ってるんだからそれに従ったまでさ」
「おい。それだと、お前はロティーナ嬢と交際中にアミィ嬢にプロポーズしたのか?」
「奇跡でも起きなきゃ無いとは言え、もしアミィ嬢が王子を捨ててお前の所に来たらどうする気だったんだよ?」
「どうするもなにも、結局俺はアミィにフラれてロティーナと結婚するんだからなにも問題は無いだろう?」
つまり、もしも奇跡が起きていたら交際中の私を捨ててアミィ嬢と結婚していた。と言うことだろう。
ふと、このアホ面をしたエドガーがプロポーズしてきて時のことを思い出した。
頬を赤くし「一生大切にする。この指輪は君の為に特別に作らせたんだ」と指輪を見せられたっけ。
ふーん?本当はアミィ嬢のために作らせて、アミィ嬢が断ったから使い回したの。
へぇ、倹約家だったんだ?初耳だわ。普段は新しい物好きで、どんなに物を大切にって言っても「俺たち貴族が金を使って経済を回さないと平民が潤わないだろう」と偉そうにしていたのに。
ふぅぅぅぅん。なるほどね。
ねぇ、
「お客様、飲み過ぎではないですか?」
つい、目の前にいる
「ふん!なんだ、俺は貴族だぞ?!ちゃんと金も払っているんだ!どれだけ飲もうが俺の勝手だろうが!」
横柄な態度で鼻を鳴らす姿はとてもではないが紳士には見えない。貴族だと言うのならば同じく飲んでいる平民の方たちに舌打ちされるような態度はやめるべきだと思うけれど。
「それは失礼致しました。ですが、あまり良い酔い方をしてらっしゃるようには見えませんでしたので……」
ばしゃ!!
出来るだけ落ち着かせるような口調で言ったつもりだったが言い終わる前に冷たい酒を顔面にかけられてしまう。
もうすぐ結婚するはずの
「いいか?!俺はもうすぐ伯爵家を継ぐ男だ!この伯爵領内で俺に逆らってまともに商売が出来ると思うなよ!」
そう言い捨て、結局金を払わずに友達を連れて店から出ていってしまったのだった。
***
「お嬢様!大丈夫ですか?!」
散らかった店内の掃除を顔馴染みの店員に任せ、店の奥へと引っ込む。酒でびしょ濡れになってしまった私に他の店員たちが慌ててタオルを渡してくれた。
「平気よ。それより無銭飲食されてしまったわね、代金は私が払うわ。迷惑かけてごめんなさい」
濃い茶色のウィッグを取ると、中から出てきた淡い桃色の髪がふわりと靡く。両親は鮮やかな赤毛なのに、私の髪は生まれつき色素が薄くてこんな色のため目立つからここでは隠しているのだ。
しかし顔は別に変えていないのに、この髪を隠し服装を変えただけで彼は私だと気付かなかったようだ。いくら酔っていたとはいえ結婚間近の
改めまして、私の名はロティーナ・アレクサンドルト。アレクサンドルト伯爵家のひとり娘ですわ。
そして学園を卒業した私は将来この領地を継ぐために社会勉強中なのです。
そのために身分を隠して時々ですがこうして働かせて頂いているのです。もちろん私のことを知っているのは一部の人間だけですわ。ここでは男装して「ロイ」と言う名でバーテンダーをしております。けっこう人気ありますのよ?
「ふぅ……」
いつもならもう少し仕事をしていくのですが、これは早く帰らねばなりませんわね。
まさか私がバーテンダーをやっている日にエドガーが店にやって来るなんて驚きました。しかも私の目の前のカウンターに座って私に酒を注文したのに、微塵も気づかないんですもの。さらにはあんな暴露話まで堂々としていくなんて……多少どころかとんだおバカさんでしたわ。
私は仕事中もちゃんと指につけていた婚約指輪を見てそっと外しました。
ねぇ、エドガー?私を侮ったら大変なことになるって教えて差し上げますわね。
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