第6話ちくしょう!

 まさか、まさか隣国のスパイなんてヤバイ人がやって来るなんて……!




 え?結局どうしたのかって?

 そりゃ追い返しましたよ、もちろん。問答無用で急所を狙って火かき棒を振り回したら「えっ?うそっちょっまっ!?ここは普通、話を聞くとこだろ?!」と叫んでましたが聞く耳など持つ義理はありません。


「だからどこの普通と比べてるのかは知りませんけど!不法侵入は犯罪です!!」


 とりあえず泥棒や痴漢ではなさそうなので一旦お帰り願うことにしました。(強制的に)


 火かき棒が銀髪の男の横をかすり「あっぶね!」と言いながら窓から逃げていったのでした。


 男が消えたのを確認し急いで窓を閉めます。カーテンを引いて外が見えなくなると、やっと体の力が抜け座り込んでしまいました。


「こ、怖かった……」


 なんなんでしょうか、あの人。おかげで足がガクブルして立てないじゃないですか。


 しかも本当に隣国のスパイなのだとしたらお父様にも報告出来ません。スパイとは各国に存在はしますが極秘扱いなのです。特に他国のスパイについての情報なんて欠片でも知っているなんてバレたら、それこそ命を狙われるでしょう。“隣国のスパイは銀髪で灰色の瞳をした若い男だった”なんて口にすれば私の人生は終わりですね。


 何をしに来たのかはわかりませんが、出来ればもう二度と会いたくないです……。












 と、思っていたのですが。


「そこのバーテンさん、ビールおかわり~」


 なぜ、私の目の前で楽しそうにビールを飲んでいるのでしょうか?


 しかも銀髪も灰色の瞳も隠そうともせず堂々としているし、スパイってもっと隠密行動的な感じで姿形を変えて生活していると思っていたのですがスパイのイメージがガラリと変わってしまいました。まぁ、この領地で彼の瞳の色をいじる人間はいないと思いますが(領主の娘が不吉な桃毛なので)それでもどうなんでしょうか。


「お待たせいたしました」


 私は出来るだけ目を合わさないようにして新しいビールを出します。

 本音としてはすぐにでも追い出しところとは言え、今の私はこの酒場のバーテンダーのロイです。この桃色の髪さえ隠せば大概の人には私だとバレません。一応は婚約者のはずのエドガーにもバレなかったのですから、この人にもバレるはずがありませんね。

 もしかしたら私の口を封じるために見張りに来たのかと一瞬疑いましたがいらぬ心配だったようです。


「どーも。ところで君、ロイ君だっけ?たまにしか店にいないって聞いたけど」


「はい、時々お手伝いさせてもらっていま「なんでそんな下手な変装してるの?」えぇっ?!」


 油断しているところにそんなことを言われ、思わず狼狽えてしまうと、銀髪の男はにんまりと意地悪そうな笑顔を見せたのでした。


「やっぱり、ロティーナ嬢だ」


 ……なんてことでしょう。どうやら店に入った時から私だとバレていたようなのです。


「……ここでは“ロイ”です」


 なんだかこの姿を見られているのが恥ずかしくなってきました。照れ臭くてそっぽを向いてそう呟くとさらにニマニマとこちらを見てきます。


「ではロイ君、おすすめのおつまみ追加で~」


「畏まりました」


 ここではあくまでも店員のバーテンダーとお客ですからね。冷静に対応しますよ。決してなんか馬鹿にされた気がして悔しいなんて思ってません。今日のおすすめはスパイスの効いたポテトフライですが……激辛スパイシーポテトにしてやるよ、ちくしょう!

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