第16話うふふ。(アミィ視点)

「アミィお嬢様」


 お気に入りの若い執事があたしの名前を呼ぶ。この男はあまり仕事は出来ないが顔が良いのでいつも側に侍らせている。美しいあたしの側には美しい男が似合うからだ。


 あたしは艶やかで綺麗だと必ずみんなが誉めてくれる緩やかに巻いた黒髪をふわりと靡かせ、空のように煌めく瞳をにこりと細める。それだけで執事が頬を染めた。熱を帯びた瞳であたしを見つめる様子は特に楽しい。


「ここにいるわ」


 わざと気だるげに長椅子に体を預け、ドレスの裾から素足をちらりと覗かせればその視線はそこに釘付けになった。


 この男は散々焦らしてやっているが、まだ襲っては来ないのよね。焦らして遊ぶのは好きだが、全然手を出されないとそれはそれであたしに魅力が無いと言われているようで腹が立った。


 あたしの魅力にやられて、理性を忘れた男が破滅していくのが楽しいのにーーーー。


 だからあたしはわざと胸を寄せ、大きく開いたドレスの胸元からこぼれ落ちるギリギリのところを執事に見せつける。


 ほぅら、もう目が離せないでしょう?


「お、お嬢様?なにを……」


「あぁ、なんだか胸が苦しいわ。助けてくれないかしら……。お前はあたしを助けてはくれないの?」


 見たくないの?本当は触りたいんでしょう?と、しっとりとした目で訴えてやれば、執事がゴクリと息を飲んだのがわかった。


 ドレスの裾をするするとあげていき、男が最も望む秘密の園の手前まで見せつけてやれば……ほら、堕ちた。


「お、お嬢様!俺はあなたのことが……!」


 むしゃぶりつくように胸に顔を埋め、ドレスの中に手を突っ込んでくる。あはは!やっぱり男はみんな同じだ。


「あんっ。あ、そんな……ダメよ……」


「お嬢様!どうか俺の想いを……!」


「あっーーーー」








 前のクビにした男はヘタクソだったけど、この男はなかなか上手かったな。顔も好みだしもうしばらくは側に置いてもいいかもしれない。


 最近は1番お気に入りのエドガー《玩具》が急に顔を見せなくなったから少し退屈だったのだ。あの男は顔はまぁまぁなのだが中身がてんで馬鹿だったので少し話を合わせてやれば山ほど貢いでくれたな、と思い出す。


 うふふっ、大粒ダイヤのネックレスを持ってきたご褒美に足を舐めさせてやったらめちゃくちゃ喜んでたっけ。だいたいの男は身体を与えて操っていたが、そんな関係を持たずにあそこまで自由に操れたのはエドガーだけだ。一晩中犬のように這いつくばってなにが楽しいのかと思ったが本人は満足そうにしていたな。しかしその貢ぎ物もエドガーが持ってこないせいで全然増えないのが少し不満だ。ペットの分際でどこへ行っているのやら。


 ま、あんなマザコンで自意識過剰な男に与えてやるのは足だけで充分だろう。あたしの美しい足に舌を這わせることができたのだからダイヤのひとつやふたつでは足らないくらいだ。どうせそのうち山ほど宝石を持ってくるだろうしね。


 昔からあの男が貢ぎ物は1番多かったし、なんでも「そうね」「本当はあなたが1番よ」と言ってやれば満足するのだから簡単だった。あたしと心が結ばれているらしいエドガーは「俺が伯爵になったらもっと宝石を持ってくるから」「馬鹿な女と結婚するけど、その女は2番で1番はアミィだけだ」とあたしに心底溺れていたから裏切りはしないだろうけど。


 そういえば昔、あたしが隣国の王子と婚約すると言ったら急にプロポーズしてきたのには笑ったな。婚約指輪にあんなショボい指輪なんか持ってきたのには驚いたが、たかが子爵令息のくせに王子に張り合うなんて本当に馬鹿だと思った。まぁ、貢ぎ物は欲しかったから適当に喜びそうな事を言ってやったら本気にして今も貢いでくれているわけだけど。


 思い出し笑いをしそうになったとき、執事が急にあたしの髪を撫で出した。


「アミィ……俺は本気なんだ。俺と駆け落ちしてくれないか」


 その言葉に、一気に楽しかった熱が冷める。


 あぁ、この男はダメだ。もういらない。あたしは隣国の王子と結婚して、将来は隣国の王妃になるのよ?せっかく遊んでやったのに、本気と遊びの違いもわらないなんて、つまらない男だわ。


「……」


 あたしは無言で執事から離れ、乱れたドレスを整える。そして少しだけ胸元をはだけさせた。


「ア、アミィ?」


 不安気な声で執事があたしに触れようとした瞬間。


「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!誰か助けてーーーーっ!!」


「アミィ?!なにを……!」


 執事……いや、執事だった男が慌て出すがもう遅い。あたしの叫び声を聞いた警備兵が部屋にやって来て問答無用で男を捕まえた。


「アミィ様!どうなされました?!」


 あたしが次に狙ってる隣国から派遣されてきた騎士がよろめくあたしを支えてくれる。うん、やっぱりいい男だわ。


「こ、この執事が!あんな格好で襲ってきて!急にあたしのドレスを引き裂こうとーーーー。とても怖かったです!」


「なんと!いくらアミィ様がお美しいからとそのような事をするなんて!そのふしだらな犯罪者をを今すぐ捕まえろ!!」


「ま、待ってくれ!俺とアミィは愛し合っ「その男が生きていたらあたしは安心できないわ。今すぐ殺して」え」


 騎士の剣が舞うように凪ぎ払われ、ぶしゅっ!と音を立てて男が倒れた。


 騎士に抱きつきながら目の前で血まみれになり物言わぬ骸となった男を見て震える素振りをしながらニヤリと口元を歪める。


「お怪我はありませんか、アミィ様」


「大丈夫よ……。でもまださっきの恐怖で震えが止まらないの。しばらく側にいてくださらない?」


「もちろんです。アミィ様は隣国の王子より命に代えてもお守りするように命じられておりますので」


「頼もしいわ」


 ーーーーあぁ、なんて楽しいの。この世の全てがあたしの思うがままだ。


 宝石も名誉も、人の命すらも簡単に手に入るなんてあたしは神になった気分だった。







 そんな頃、あたしにお茶会の招待状が届く。なんと王女からだ。あのワガママ小娘はなにかとあたしに渋い顔をしていたので、てっきり嫌ってると思っていたがわざわざお茶会に招待するなんて一体どんな風の吹きまわしだろうか。


「……異国の聖女がくる?」


 なんと、今話題になっている異国の聖女とやらがそのお茶会に来るらしい。なんとその聖女にはこの国の伯爵令嬢が選ばれたと言うではないか。


「異国ねぇ……。てっきりお伽噺だと思っていたけど、聖女って本当にいたのね」


 異国と言えば、詳しくは知らないがとんでもない大国で権力も財力もたっぷりと聞く。とても魅力的だ。なんと聖女になれば王族と同じくらいの権力が持てるらしい。招待状には聖女に失礼なことはしないように。と嫌味が書かれている。やっぱりあの小娘は気に入らないわ。


 しかも異国から聖女を探しに来た大使というのは男らしい。その大使が指名したからその伯爵令嬢は聖女となったのならば……上手く行けばその聖女の座を奪い取ってやれるんじゃないかと思った。


「隣国の未来の王妃と、異国で崇められる聖女。どちらが上なのかしら?」


 宝石とドレスで着飾り、聖女と讃えられたあたしの姿を想像する。きっと足元にはたくさんの男たちが侍っているだろう。うん、悪くないわ。


 え?なんでそんなことをするのかって?


 そんなの、面白そうだからに決まってるじゃない。だってこの世はあたしの思う通りに動くんだもの。


「うふふ」


 あたしは誰もが虜になる微笑みを浮かべて、まるであたしを照らしているかのような美しい月を仰いだのだった。





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