第4話あら、まぁ。
私は昔から自分の桃色の髪をコンプレックスに思っていました。
我がアレクサンドルト伯爵家では赤毛は吉兆だと言われています。赤毛の当主は幸運をもたらすそうです。願掛けのようなものではありますが、それでも赤毛の子供が生まれると親戚一同でとても喜ぶそうです。
両親はふたりとも見事な赤毛です。父は若い頃に「赤き獅子」と呼ばれる美丈夫だったそうですし(今では頭部に見る影もありませんが)、母は「紅い宝石」と呼ばれていたそうなのです。そんなふたりが結婚し子宝に恵まれたと聞いた親戚一同は子供が産まれたらそれは素晴らしい赤毛になるだろうと心待ちにしていました。
ですが、産まれた私の髪は桃色だったのです。
お医者様の話では髪の色素が薄いのだろう。と言うことでした。髪の色以外は特に健康にも問題無く顔だって母にそっくりでしたが、髪の色を見た親戚たちはとてもガッカリしたそうです。
父と母は「髪の色など関係ない」と私を可愛がってくれましたが、私以外に子供が出来なかった為「あんな桃毛が次期当主か」と陰口を叩かれていました。
両親がもう子供を作らなかったのは私の為でしょう。もし赤毛が産まれれば私はさらに蔑まれるし、また桃色なら私と同じく蔑まれるからです。
だから私は両親の為にも立派な次期当主にならなければいけません。
その為に学園では必死に勉強をしました。
それにこんな桃色の髪をした私に恋愛など無縁でしたので将来はお父様がちょうど良い相手を見繕ってきて政略結婚することになるだろうと思っていたのです。だから色恋沙汰にも無関心でいました。
私には友達と言える令嬢がいませんでした。みんなこんな桃色の髪は気持ち悪いのでしょう。それに私も令嬢たちの輪に入って恋話をするなんて出来ませんでしたから協調性のない女だと思われていたかもしれません。
そんな私に声をかけてくださったのはなんと公爵令嬢のレベッカ様でした。
レベッカ様は真面目で規律の鑑のような方でした。もしかしたら髪色のことを「はしたない色」だと怒られるのだろうかと萎縮していたのですが……。
「あなたの髪、とても綺麗な色ね」
両親以外の方に初めて髪色を誉めてもらったのです。
それから私はレベッカ様と仲良くなり、親友と呼べる存在になりました。
レベッカ様は隣国の王子の婚約者です。その王子には絶対にレベッカ様を幸せにして欲しいと願っていました。
隣国の王子は時折「視察」と名目してレベッカ様に会いに来ていました。……いえ、レベッカ様に会いに来ていると思っていたのです。
私は勉強しているかたまにレベッカ様とお茶をするかでしたし、他の令嬢のように
もちろん興味がなかったこともありますが、私のような桃毛が近づいて不快な思いをさせたらレベッカ様も不快な気持ちにさせてしまうかもしれないからです。
レベッカ様がよく男爵令嬢と衝突していると耳にし始めました。
隣国の王子は「やはりもう少しこの国にいることにした」と視察から留学に変えて学園にいますが、なぜかいつもその男爵令嬢が側にいるそうです。
男爵令嬢は綺麗な黒髪と空のような瞳の色をした可愛らしい令嬢でした。
隣国の王子がレベッカ様の輝く金髪と海のような濃いブルーをした瞳を「男を誘う下品な色」だと称したと聞いた時は信じられませんでした。自分だって金髪碧眼のくせに、なぜレベッカ様だけがそんな事を言われなくてはいけないのかと思いました。どうやらレベッカ様が他の男性に声をかけているらしいと噂があったようですが、まさかそんな根も葉もない噂を信じるなんてと殺意すら湧いたものです。
私はたまにしか会えませんでしたが心配していることを伝えるとレベッカ様は「大丈夫よ」と答えられ、さらに「あなたはちゃんと自分を愛してくれる方を見つけるのよ」と私に言いました。
そんな頃、私の前にひとりの男子生徒が姿を現しました。そう、エドガーです。
エドガーは焦げ茶色の髪と瞳をしていて笑うと白い歯をキラリと見せてくる人でした。
毎日のように「君のその髪は美しい。君の側にいたい」と交際を申し込まれた日々は私にとって未知の世界でひたすらパニックです。
この髪をこんなに誉められる日がくるなんて夢にも思わず、もしやこれが「愛される」ということなのかと錯覚しました。
今から思えば恋愛経験が無さすぎて免疫がなかったのですわ。
その頃のレベッカ様はとても忙しくて私と会う時間を作る暇がありませんでした。色々と相談したかったのですが迷惑をかけてはいけないのでお手紙でエドガーとお付き合いすることになったとだけ伝えました。
そして、あの断罪劇がおこなわれたのです。
「どうして……」
レベッカ様が隣国で断罪され修道院に送られたと聞き、信じられませんでした。
エドガーは私がレベッカ様と親友であることを知りませんが、自国の公爵令嬢が断罪されたことにショックを受けているのだろうとしばらくソッしていてくれました。……いえ、その間によそに行っていただけなのですけれどね。
エドガーとはそのまま婚約しました。お父様とお母様は「ロティーナを大切にしてくれるならば大賛成だ」と喜んでくれて親戚たちも説得してくれたのです。もちろん親戚たちは「濃い色が入れば再び赤毛が産まれるかも」と言っていましたが気にしないことにしました。
私は両親に大切にされ、
公爵家の事も知り、おじさまとおばさまにこっそり会いに行ったこともあります。あの男爵令嬢を養女にしたのは驚きましたが、レベッカ様の命には代えられません。そして秘密でレベッカ様の連絡先を貰い、おじさまとおばさまは直接レベッカ様と連絡が取れないので私が代わりにと定期的にお手紙を送っています。
親友の窮地に何も出来なかった償いを少しでもしたかったのです。
そして……エドガーの真実を知ってから1週間。私はエドガーの身辺調査を徹底的にすることにしました。
実は婚約当時はあんなに私に熱烈なアピールをしてくる男性だからと信じていたのです。騙されていたとも知らずに、私も恋に恋していた愚か者だったのですわ。
しかし、このまま結婚したら私の大切な領地で彼が横暴な振る舞いをする事は先日の態度を見ても明白です。私を信頼してこんな桃色の髪の次期当主を受け入れてくれている領民を不幸にする事だけは許せません。
「あら、まぁ」
しかし出るわ出るわ……。エドガーはこんなにも碌でもない人間だったんですわね。
しかもあのアミィ嬢ともまだ完全に切れていない様子です。
ねぇ、エドガー。あなたは私の事を「2番目の女」だと言っていたけれど、どうやらあなたは私にとってランク外の男になってしまったようですわ。
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