第27話 な、んで。(アミィ視点)

 ※残酷な表現があります。ご注意下さい。








「な、んで……」


 ねぇ、これは夢なの?


 なんで、こんなことになっているの?


 夢なら早く覚めて……!






 ***







 あの日の真夜中、ジルはちゃんとあたしを迎えに来てくれた。


「お待たせ、オレのお姫様」


 そう言ってジルがあたしに差し出したのは桃色をした大量の長い髪の毛。


「これ、あの女の?」


「そ、根元からバッサリいってやったよ。あの時の絶望した顔を君にも見せたかったなぁ」


「うはは!わざわざ髪を切り刻んでから殺してやったの?あなたって案外意地が悪いのね」


「面白かったよ?」


 ジルはあの女が最後にどれだけ泣きわめいたかを教えてくれた。涙と鼻水だらけになって「信じていたのに」と足にすがってきたらしい。


「これで信じてくれた?」


「いいわ、信じるわ。それにこんなに髪を切られて平気な女がいるはずないもの。あたしだったらその時点で舌を噛み切るわよ」


 それなのに髪を失っても意地汚くすがってくるなんて、やっぱり底辺の女ね。美しい髪は女の命なのよ!


「じゃあまずはオレの隠れ家に行こう。そこには君の望む素晴らしい世界が待ってるよ」


「嬉しい……!愛してるわ、ジル!」


 そうしてあたしはジルの手を取り、その一歩を踏み出したのだ。












 ***








 あたしはあたしの為の素晴らしい世界で幸せになるはずだった。

 あたしを愛してくれて、あたしの望みを叶える為なら手となり足となり動いてくれる最高の駒を手にいれたはずだった。のに。


 今のあたしは、手足を縛られ汚れた床に転がされていた。


「な、何するのよ?!あたしはこんなプレイごめんよ!」


 最初はもしかしたらジルはちょっとそっち系の性癖なのかもしれないと思った。だがあたしが断ればすぐに「冗談だよ」って笑顔を向けてくれるはずだった。


 でも今、冷たい視線であたしを貫いている男は本当にあたしに愛を囁いた男と同一人物なのだろうか?


「どうしたの?聖女になりたいんだろう?」


 ジルは冷たい表情のまま動けないあたしの脇を足先でつつくように蹴ってくる。


「そ、そうよ!あたしは聖女よ?!聖女にこんなことして許されるはず……」


「ねぇ、君は覚えてないって言ったけど、君にを渡した男はさ、オレの親友だったんだよね」


「はぁ?なによ、それ」


 いきなり関係の無い話をしだすジルに眉根を寄せて「早く縄をほどいて!」と訴えるが聞いていないのか独り言のように話し続けた。


「あいつさぁ、根は真面目ですごくいい奴だったんだ。だけど突然をしやがった。オレは絶対になにか理由があるはずだと思って捜索に名乗り出たんだ。あいつを見つけて事情を聞くまでは信じようって。そんで別ルートであいつにをさせた黒幕を見つけて、理由もわかって、もしかしたら減刑してもらえるかもって……。でも、それも無駄に終わったよ「だから、なんのことを」あいつは人生最初で最後の恋に溺れて死んだんだ。君が殺したんだよ」


「……!」


 怖い。なにか言い返そうと思ったのに上手く息が吸えなくなるくらい恐怖を感じた。


 そして無言のまま近づいてきたジルは、なんとあたしの髪の毛を乱暴に掴みナイフを振り下ろし根元からザクリと切り出したのだ。


「きゃあ!!やめてぇ!!」


「あーぁ、暴れるから思ったより切りすぎちゃったね。おっと、髪を切られたら舌を噛んで死ぬんだったっけ?死ねば?」


 そう言いながらわずかに残る髪の毛すらもザクザクと切り刻んでいった。時折ナイフの先が顔にあたりいくつもの赤い筋が重なる。


「痛い!やめてぇ!!」


 このままじゃ殺される!あたしは必死にジルの足にすがりついた。


「あれぇ、どうしたの?涙と鼻水でせっかくの美貌が台無しだ」


「し、信じてたのにぃ……!」


「へぇ……それは光栄だね」


 すると乱暴にあたしの顎をつかみ、無理矢理なにかの液体を口の中に流し込んできたのだ。


「がぼっ!」


「こぼすなよ、汚いな。ほら、全部飲んで?」


 鼻と口を押さえられ、その液体をなんとか飲み込む。苦くて酸っぱくて臭い、そんな液体だった。


「げほっ!なにを、なにを飲ませたのよ?!」


「毒じゃないから安心して。……君は、そんな簡単に殺したりしないから」


 じわじわと体が熱くなり、手足が痺れてくる。


「じゃあ、へ行こうか。聖女様?」


















「聖女様だ。なんでも言うことを聞いてくれる聖女様だ」


「ありがてぇ、ありがてぇ」


「これでまた明日も生きてられるぞ、生きる希望だー」


「まさに聖女様だぁ、神様からのお恵みだぁ」


 あたしは今、「聖女様」と呼ばれたくさんの男たちに群がられている。

 時には髪をむしられ、時には顔を殴られ、噛み付かれた事もあった。反抗することは許されずひたすら嬲りものにされるしかなかった。


 あの後、ジルはこう言った。


「君に飲ませた薬はを改良したものでね、効果は似てるけどひとつだけ違うところがある。飢えた男たちは君の望み通り君に夢中になるが、決して君の要求に応えたりしないのさ」


 ーーーーほら、君の大好物な“君に夢中な男たち”だよーーーー







 は奴隷が働く鉱山だった。数十人の奴隷たちが暮らす集落のようなものがいくつもあり、あたしはそこの男たちが満足するまでいたぶられ、そして次の場所へと連れていかれた。色々な欲求に飢えた男たちがいつ死ぬかもわからず命を削って朝から晩まで働いているのだ。その欲求と不満は決して優しいものではなかった。


 そしてあたしは“聖女”という名をした飢えた奴隷たちに与えられたご褒美だったのだ。




 もうここへ来て何日が過ぎただろうか。3つ目の集落に連れてこられた。移動した日は1日だけ休みがもらえる。やっと手にいれた休息に安堵しながらあたしはもしかしたら隣国の王子が助けに来てくれるかもしれない、あの書き置きを見た公爵家が探しに来てくれるかもしれないと淡い期待を胸に抱き神に願った。だがそんなものは来なかった。



 次の日、監視の男が言った。


「お前はこれから景品になるんだ」


 あたしは木で組まれた台の上に座らされている。ここでは滅多に見かけない花が随分伸びてパサパサになった髪の上に飾られた。


「いいか、お前らよく聞け!今から最も危険な仕事で1番成果を出した者にこの女と結婚させてやる!みんなの聖女様を独り占めできる権利が手にはいるんだぞ!」


 地響きが起こるかと思うほどの男たちの叫び声が響き、あたしはそれを黙って見ていた。


 この男たちの誰かの物になる。それは、移動の休息すらも無くなる地獄が始まるということだ。


「な、んで……」


 なんで、こんなことになっているのだろう?


 そして、見つけた。


「うーーーー!」


 そこにいたのは、すっかり変わり果てた姿をしたエドガーだった。

 だが、もうあの頃のあたしに従順だったエドガーじゃない。あれは飢えた獣の目をした恐ろしい男だ。


 こ・わ・い。


 もう、男を見ても恐怖しか感じなかった。
















 *****








 ねぇ、アミィ嬢。


 その閉ざされた世界で君の望み通り、唯一無二の聖女になれたよ。


 みんな君に夢中で、君との時間を手に入れるためならどんな過酷な事でも喜んでやるんだよ。嬉しいだろ?


 あとはオレからのサプライズ。最も君に恋していた男を、1番好きな人と結婚させてあげたくてね。だってあの香水の効果が切れてもまだ君が好きなんて、その気持ちだけは本物だったみたいだからね。



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