第21話 囲い込み


 ルクシア王国国王アレクシスは朝食を終えた後、朝一で済まさねばならぬ書類に目を通していると執務室のドアがノックされた。


 入れ、と中から返答を返すと入室してきたのはアレクシス専属である老執事。彼は王の執務机の上に届いたばかりの手紙を置いた。


「ルカから?」


「はい。速達で届きました」


 倍額以上の料金を掛けてまで届けられた手紙となれば、中身が近状報告ではないと簡単に察することができる。


 まさか、彼女とクルツの身に何か起きたのか。アレクシスは少々緊張しながらも手早く封を開けて内容に目を通した。


「……グルトを呼んでくれ。登城していなければ急がせろ」


「承知しました」


 王命を受けた執事は早足で執務室を出て行く。幸いにしてグルト――王宮魔導師筆頭グルト・エヴォージャンは昨晩から王城にある研究室に篭っていたようで、知らせを聞くとすぐにアレクシスの執務室へやって来た。


「グルト・エヴォージャン参上致しました」


 執務室にやって来たのは灰色のローブを着た老人。分厚いレンズのメガネを掛けていて、目元には隈と短い白髪頭はボサボサのままである。


 彼を筆頭に王宮魔導師という存在は、研究に没頭するあまり外見を疎かにしがちだ。大体の者達がこのような見てくれをしているのでアレクシスももはや気にしていないといったところだろうか。


「ああ。早速だが、これを読んでくれ」


 参上の口上もそこそこに、アレクシスから受け取った手紙の中身を読み始める。最初はグルトの脳裏にクエッションマークが浮かんでいた事だろう。だが、読み進めるうちに表情が険しくなっていく。


 内容全てを読み終えると、彼は手紙を丁寧に執務机の上に置いた。


「どう思う?」


「アカデミーで複合属性人工魔石の生成実験を行っている事は把握していましたが……」


 まさかこのような裏があったとは、とグルトは首を振る。彼が事情を知らぬのも無理はない。王城にある王宮魔導師の研究所と王立魔導アカデミーは似て非なる組織である。


 前者が研究を行うのは国防に関する事。魔導技術を軍事力に転換させ、完成された技術は国内外の脅威から民を守るために使われる。国防を優先させているだけあって、概要から研究内容に至るまで全てが表に出る事はない。


 一方でアカデミーで研究されている内容は軍事転用も視野に入っているが、まず第一に民間利用する事を優先している。


 アカデミー設立の裏側にアレクシスの母と大魔導師クレアが抱く「魔導具によって人の生活を豊かにする」という共通理念があるように、アカデミーで誕生した技術は国民のために使われるのだ。


 そんな組織が国民から技術を奪い、利益独占をするべく動くなどあってはならぬ行為だ。これがもし、大魔導師の耳にでも入れば……。


「私の尻にエクスカリバーが刺さるのだが?」


「私は尻にゲイボルグを突き刺すと言われています」


 二人揃って顔を青くする。尻に破壊力抜群な武器類をぶっ刺されるのも困るが、それ以上に事実を知った彼女が国を見限って出て行くと言い出す方がもっと困る。


「しかし、フリードマン卿ですか。あまり良い噂を聞かぬ貴族ですからなぁ」


「魔道具店の成長と経営手腕は見事なものだが……」


 さすがに今回の件はやり過ぎだ。貴族が国民から知識財産を盗むなど王国法で定められた中でも重罪に値する。


 とはいえ、まだルカの推測に過ぎない。限りなく黒に近い男であっても調査を行って事実を明らかにせねば、例え国王であっても安易に疑う事などできまい。


「ただ、学長が一緒になって話を進めている感じは無さそうですね。生成実験の話は彼から聞きましたが、研究室の主任が指揮をしていると言ってましたので」


「となると、出資者であるフリードマンの指示を忠実にこなしているだけか。まぁ、それもおかしな話だが」


 本来であれば出資者がアカデミーに対して命令するなどあってはならない。それが例え大口の出資者であっても、特定の人物の意見や私欲で組織の運営や一部設備を占有するなど存在意義に反するからだ。


「早速だが調査を――」


 アレクシスが内定調査の決定を下したタイミングで執務室のドアが再びノックされた。返事を返すと入室して来たのは先ほどの専属執事であった。


「フリードマン家の者が陛下に重要なお話があると申し出があったのですが……」


 曰く、アレクシスに面会を求めているのはフリードマン家の次期当主。現当主であるライドゥの孫であった。


 珍しく歯切れの悪い様子を見せた執事は「祖父が反逆罪として問われるかもしれない」と本人が言っていると付け加える。


 顔を見わせるアレクシスとグルト。まさか噂していた家の者が面会を求めて来るなど思いもしまい。しかも内容が反逆罪とは驚きだ。肉親である孫が直接言いに来るような事態にも驚きであるが。


「グルト、調査は必ず行うので準備をしておいてくれ」


「承知しました」


 グルトに席を外させて、代わりに執務室へ王の右腕たる宰相――ブリッグ・ヒュードリヒを呼び出した。


 ブリッグは今年で30になる若き宰相。前宰相が病のため退き、後釜として指名したのが彼だった。


 赤と茶が混じった短髪に中肉中背。顔の造形もこれといって目立つ部分はない。だが、彼の頭の中には師である前宰相から叩き込まれた国に関する知識が全て入っている。


 王が問うた事に対して間髪入れず答え、王国法や現在の経済事情、他国との外交状況なども全て頭に入っている優秀な男であった。


「さて、何が飛び出すやら」


 そんな優秀な男でさえ、今回の件は不思議に感じるのだろう。反逆罪などと正気の沙汰ではないし、孫が祖父を売る告発するなどという事態にも前例がない。


 執務室に呼び出されたライドゥの孫は萎縮しながらも二人の前で祖父の罪を告白した。


「ふむ。話は分かった。確かに君の祖父は反逆罪であるな」


 語られた内容を聞き、冷静な様子を見せながら口にするアレクシスだが、内心では心臓がバクバクと鳴っていた。


「お前ふざけんなよ! 大魔導師の家を燃やすなんて正気か!? 国から大魔導師が出て行ったらどれだけの技術的損失を被ると思っているんだ! そもそも、あそこにはウチの娘がいるんだぞ!」


 と、今にも叫びたい気持ちをグッと抑え込む。


「事の重大さを認識し、陛下に最速でお伝えすべきだと考えました。どうか、家の取り潰しだけはご容赦を……!」


 ライドゥの孫は見た目からしてまだ20代前半だろう。彼は床に額を擦り付ける勢いで頭を下げ、家全体に罪が及ばないよう願い出た。要は祖父の首だけで済ませてくれと言っているのだ。


「なるほど。その年で祖父を売るか」


「売る……というよりも、愛想が尽きたと言うべきでしょうか。私の父と母は祖父の酷い言動で精神が参ってしまいました。二人の介護をするにも家が必要です」


 アレクシスの言葉に首を振る彼は、彼なりに祖父への憎しみを持っているようだ。愛すべき父と母を潰された事への恨み、そして祖父の暴挙にこれ以上耐えられなくなったといったところだろう。


 確かに彼の父と母が病で倒れたという話はアレクシスの耳にも入っていた。調査は必要であるが、彼の口から語られる言葉には簡単に読み取れるほどの憎しみが含まれている。これで嘘なら大した役者だと言わざるを得ないほどに。


「そうか。同情するよ、


「え?」


 彼は王の告げた呼び名に違和感を抱く。アレクシスは彼を「フリードマン卿」と呼んだ。この呼び方は現当主にしか使わない。


 現当主はライドゥだが、孫である彼をそう呼んだのであれば……。


「君の祖父は非常に優秀な経営者であったが、それ故に心労が祟ってしまったようだな。どこか静かな場所で養生するべきだ。フリードマン卿もそう思うだろう?」 


 アレクシスはすぐに沙汰を下した。ライドゥには表向きは隠居としての『幽閉』を下したのだ。死刑ではないだけ幸せかもしれないが、欲に塗れたライドゥから全てを取り上げるという沙汰はある意味で死刑よりも重い。


「さて、どこか良い場所はあったかな?」


 アレクシスはチラリと横目で宰相ブリッグを見た。すると、彼は何の打ち合わせもしていないのにスラスラと提案を口にする。


「陛下。西の土地に未開発の山がございます。そこに最近、山小屋を建てたのですが、山の監視も含めた管理人をして頂くのはどうでしょう?」

 

「なるほど。名案だな。誰もいない土地だ。心が疲れきった者には最適な場所であるな」


 人里離れた土地、最寄りの街まで歩きで一週間以上の辺境も辺境。背の高い山があって雨が続いた日には土砂崩れが起きるという。


 勿論、山小屋なんて存在しない。これから粗末な小屋を作り、そこにライドゥを押し込む気だ。


「フリードマン卿、君の現状に同情してこれくらいの沙汰で済ませようと思う。祖父の世話は卿に任せよう。しっかりと世話してやってくれ。ああ、勿論だがこちらの都合で管理人を任せるんだ。今年の貴族報酬に限り役職手当を付けよう」


「店の経営も心配ならば経済部の文官を行かせましょう。急遽、当主となった身では色々大変でしょうからね」


 ニコリと笑うアレクシスと冷静な表情で告げるブリッグ。


 彼等の申し出は至れり尽くせりだ。祖父を反逆罪で死刑にするのではなく幽閉に留め、更には今年限りであるが世話代まで払うという。


 しかし、二人の表情からは「死刑にしないし、家も獲り潰しにしない。だが、こちらの提案を蹴るならば分かるよな? 厄介な老人はお前の家で面倒を見ろよ」といった意図が滲み出る。 


 フリードマン家のような手合いは放置すれば癌となるし、かといって大手商会持ちを取り潰すのも惜しい。最適な方法は内に抱き込んで二度と逆らえないようにして、健全で真っ当な商売を続けてもらいながら国内経済の循環に一役買ってもらう事。


 まだ20代の青年は政治に関する勉強をしてきたものの、間近で感じた王の恐ろしさに身を震わせるが己で選んだ結末だ。


 フリードマン家は今後爵位が上がる事はあるまい。だが、取り潰しになるよりはマシだ。深々と頭を下げて「寛大なご判断に感謝致します」と告げた。


 アレクシスは騎士を執務室に呼び、フリードマン卿と共にライドゥを捕縛するよう命じる。騎士と共に退室していった新当主フリードマン卿の背中を見送ると、ブリッグはアレクシスへ問いかけた。


「クレントに向かった刺客は如何致しますか?」


 王女であるルカに危害が及ぶのも問題であるが、クレアの弟子であるクルツに危害が及ぶ方が重大だ。対処法をいくつか頭に浮かべながらアレクシスの返答を待つブリッグ。


 だが、アレクシスは軽く首を振った。


「オルフェウスに一任するが問題無かろう。彼の周りには最強の護衛がついているからな」


 どこぞの闇組織や他国の諜報部隊、暗殺部隊が相手となれば話は別だが、今回の相手は精々街のチンピラ程度である。その程度であれば造作もないとアレクシスは告げた。


「追って連絡があるまで待機だ。それよりもアカデミーの調査とフリードマン家の処罰を最優先させよ」


「承知しました。陛下」

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