裏通りの魔導具店 ~大魔導師の弟子が送るのんびり生活~

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

第1話 大迷宮都市クレント


 この世界には迷宮と呼ばれるダンジョンが各地に点在している。


 中には魔獣という存在が闊歩しており、魔獣は人類よりも遥かに強く獰猛であった。ひと昔前では迷宮から溢れた魔獣によって滅んだ国まであったという。


 滅亡した国々が多く存在する中、生き残った国は迷宮内から魔獣が溢れないよう討伐及び内部の攻略と調査を続けてきた。


 数階層で最下層に辿り着く迷宮もあれば、中には未だ最下層まで到達できていない迷宮もあって全ての迷宮を攻略できていないのが現状だ。


 ただ、迷宮という存在は人に害をもたらすだけじゃない。迷宮内にいる魔獣から採取できる素材は人類に繁栄を促した。


 生活の向上は勿論のこと、迷宮攻略に役立つ装備や魔導具の開発などメリットはかなり大きい。迷宮という存在をコントロールさえできれば人類はより高みへと至れる……最近ではそう考える国も少なくない。


 そういった考えを持つ国の1つ、ルクシア王国内には3つの迷宮が存在しており、どれも冒険者と呼ばれる存在が日夜迷宮に潜っていた。


 3つのうち最大規模と評される迷宮があるのはルクシア王国東部に位置するクレント侯爵が治める領地、大迷宮都市クレントだ。


 大迷宮とだけあって、既に調査完了階層は30階以上にも及んでいるが未だ最下層にまで到達した冒険者はいない。専門家の推測によれば、まだまだ下層へと続く道がありそう……とのことだ。


 我こそはと都市訪れる冒険者の数は多く、それに比例して冒険者が齎す素材の数も多い。故に王国中心たる王都と同等の発展規模と経済成長を持つ都市であった。


 さて、前起きはこれくらいにして――今日は大迷宮都市クレントに訪れてから3日目となった中堅冒険者を少し追ってみようと思う。


「うーん……。この剣、イマイチだったな」


 大迷宮都市クレントのメインストリートにある歩道の片隅で、肩を落としながら腰に下げる剣へと視線を向ける男性冒険者。彼の名はレンという。


 短く切った茶色の髪。胸には鉄の胸当て、手足にはガントレットにグリーブといった男性冒険者にとってスタンダードな装備を身に纏う、ごく一般的な冒険者と言える男であった。


 彼はルクシア王国北部にある辺境の村で生まれ、迷宮冒険者に憧れて村を飛び出したという、この世界ではありふれた冒険者の一人である。


 ただ、彼は他の冒険者と比べて多少は才能があった。10代前半で村を飛び出して迷宮冒険者デビュー後、順調にランクを上げながら生活には困らないレベルでの稼ぎを得ることができていた。


 ルクシア北部にある迷宮――ルクシア王国内では一番階層数が少なく、既に最下層まで調査済み――で実力を磨いたレンは実力試しにと東部へ移動。3日前にクレントに訪れると早速迷宮に潜った。


 結果としては惨敗だ。いや、迷宮内で魔獣に食い殺されていないのだから「思ったように稼げない」という意味での惨敗である。


 彼がそう思う理由は、先ほどから視線を向ける剣に理由があった。


「高かったのになぁ……」


 ルクシア王国最大の迷宮に挑もうと決意したレンは、財産のほとんどを『魔導剣』と呼ばれる魔法効果を発生させる剣に投資した。


 彼が購入した魔導剣は刀身に炎が纏うという効果を持ち「剣の切れ味と炎の効果で魔獣をラクラク殺害できちゃうゾ!」と大宣伝されていた剣だ。


 購入した場所も東部へ移動する最中に立ち寄った王都の老舗魔道具店であり、老舗の魔道具店が作った魔導剣なんだから間違いないと思って購入したのだが……。


「炎が出るには出るけど……。それほど効果が無かったな」


 老舗魔道具店で大宣伝されていた割には剣の切れ味は並。刀身に纏う炎の効果も思ったより弱い。クレント大迷宮内を闊歩する魔獣と戦ってみたものの、この剣では3階層が限界という判断を下して地上に戻って来た。


「クレント大迷宮で稼ぐには10階層からって言われているし……。このままじゃ赤字だ」


 ただ、先ほども語った通り財産のほとんどを剣に使ってしまった。この剣があればクレント大迷宮でも利益が得られると思っていたが、彼の目論見は見事に外れてしまう。


 これでは日々の暮らしさえも雲行きが怪しい。


 道の脇でため息を吐いたレンは大きなため息を零し、これからどうするかと悩みながら当てもなく都市のメインストリートを歩き始めた。


「ん?」


 歩き始めて数分、商店と商店の間にある小道の奥から見える裏通りに小さな店がある事に気付いた。


 メインストリートにある煌びやかな商店や高級感溢れる大手商店と比べると随分とこじんまりとしている。建物も木造で造られており、メインストリートに並ぶコンクリートやレンガ造りの店と見比べても、地味で少し年季が入った――いや、正直に言えばボロい。


 店に向かって正面に立ち、改めて外観を眺めても感想は変わらない。


「ウィッチクラフト?」


 店の1階と2階の間には『魔導具店ウィッチクラフト』と書かれた看板があった。


 繰り返しになるが、すごく地味でボロい店だ。メインストリートに並ぶ綺麗でメジャーな店を知っていれば入ろうとも思わない。


 老舗や大手魔導具店に雇われなかった落第生、もしくは独立を夢見た愚かな魔導師がギリギリの予算で経営しているような「負け組」の雰囲気が店の外観から漂ってくる。


 王都の魔導店も知るレンが正常な状態であれば絶対に足を向けないような店だ。ただ、今の彼は正常とは言えない。


「もしかしたら掘り出し物があるかも」


 こういった地味な店では値段の割に良い物が眠っている……という話は定番だろう。魔道具店と謳っているからには取り扱い商品の中に魔導剣もあるかもしれない。


 一丁、この手持ちの剣と比べてみよう。そして、この大枚叩いて買った剣が間違っていなかった事を再確認しよう、とレンはドアを開けて店内へと入って行った。


 ドアを開けるとカランカランとベルが鳴って店主に客の存在を教えてくれる。


 店の中は外観と同じように地味だった。店内に設置された商品棚の数も少なく、数種類の迷宮探索用アイテムが置かれている。


 壁の脇には各種武器を立て掛けた武器棚があって、商品の配置レイアウトとしては特別な雰囲気は全くない。むしろ、魔導具店としては少し寂しいくらいだ。


 特別な何かと言えば、店主の代わりに店番している全身黒い毛を持つ狼だろうか。


 黒狼は店の奥にあるカウンターの前で寝そべっていて、ドアから入って来た客を一番に見える位置に陣取っていた。黒狼はレンが入店した時に鳴ったベルで顔を起こし、レンの姿をじっと見つめてから「ただの客か」と言わんばかりに目を閉じる。


「番犬か……? いや、番狼?」


 店の中で狼を飼っているなんて珍しいな。そんな感想を抱きながらレンは店内にあった武器棚へと向かう。


 棚に飾られていたのは確かに魔導剣だった。魔道具店の経営主である『魔導師』が作る武器といえば魔法効果を付与した武器なのだから当然なのだが。


 レンは剣を一本手に取って鞘から抜いてみる。店内の天井に備えられたランプの光を反射して銀色の刀身がキラリと光った。鍛冶職人が丹精込めて打った剣に魔法効果を付与させた物だと一目で分かる。


 だが、どうしてもレンには手持ちの剣よりも劣っているように見えてしまう。刀身をまじまじと見つめるレンは内心で「これより俺が買った剣の方が良いよな」と心の中で呟いた。


 それは彼が内心で抱くブランドイメージのせいなのかもしれない。


「いらっしゃいませ」


 呟いた直後、背後から若い男性の声が聞こえてレンの肩が跳ね上がる。独り言として声に出していないよな、とドキドキしながら声の方を振り返ると――


「?」


 そこにはレンのビクついたリアクションに首を傾げる青年がいた。金髪と晴れ渡る大空のような青色の瞳を持ち、歳は18か19くらいだろうか。今年で23になるレンよりも若干ながら幼く見える。 


「あ、ああ、すまない。剣を見させてもらっている」


「ええ、どうぞ」


 ニコリと純粋な笑顔を浮かべる青年の態度を見るに、先ほどの呟きは声に出していなかったようだとレンは確信した。レンが引き続き何本か剣を手に取って見ていると、青年が声を掛けてきた。


「お客さん、予備の剣を探しているんですか?」


 青年が店主なのか、ただの店員なのかは不明であるが、客に声を掛けて目的を聞くのは至極当然の事だろう。客の要望を聞いて、それに合った提案と回答を提示する事こそが客商売の基本である。


「予備……というか、手持ちの剣がイマイチでね」


 純粋さが溢れる笑顔に釣られてか、レンは青年の問いに素直な回答を口にした。それだけじゃなく、大枚叩いて買った剣が大迷宮で通用しなかったと愚痴さえも零してしまう。


「それは災難でしたね。少しその剣を見せてくれませんか?」


「ん? ああ、いいとも」


 笑顔で問われ、レンは何か少しでも現状を解決できる手助けになればと剣をカウンターに置いた。


 青年は置かれた剣を鞘から完全に抜いて、刀身をまじまじと観察し始める。次に剣の持ち手や柄の部分を観察し始めて――


「お客さん。この剣、不具合が出てますよ」


「え?」


 驚くレンを余所に、青年は柄と刀身の間を指差した。


「ここです。この刀身に刻まれる魔導回路の始点、ここがおかしいですね」


 魔導剣とは刀身や柄の部分に魔道回路と呼ばれる『文字と数字の組み合わせ』を刻み、魔石を原動力として魔法効果を発現させる魔法の剣だ。


 青年曰く、その回路の始点となる部分が「おかしい」らしい。


「魔獣の攻撃を受け止める時に削れちゃったんでしょうか? ここの文字が欠けているので本来の力が出せていないようですね」


 そんなまさか、とレンは内心で零す。この剣は買ったばかりだし、使ったのは数回だけ。そもそも、最初に使った時から性能自体は変わっていない。


 青年は「不具合」と言うが、レンは内心で「粗悪品」もしくは「不良品」だったのでは、と思い始めてしまう。


「すぐ直せるんで、直しちゃいますね」


「え? あ、ああ……」


 青年はそう言うと、カウンターの下から工具箱を取り出した。工具箱の中からヤスリと彫刻刀のような道具を取り出して、彼自身が言ったように「すぐ」魔導回路を新たに刻み始めた。


 時間にして僅か10分程度。青年の軽快で手慣れた修繕作業を見つめていたら、すぐに作業が終わってしまう。


「これで大丈夫だと思いますよ」


 青年に「試してみて下さい」と言われてレンは剣を握った。いつものように魔導剣を起動させ、魔法効果を起動させると――


「おわ!?」


 大迷宮で使った時以上に炎が剣にまとわりつく。それは試し切りしなくても分かるほど、魔法効果の出力は一目瞭然であった。


「凄いな。いや、助かった。ありがとう! お代はいくらだい?」


 思わぬ手助けに喜ぶレンは上機嫌で青年に修理代を問う。だが、青年は首を振った。


「少し直しただけですから。お代は結構ですよ」


「え? そんな……悪いだろう?」


 どん底かと思われた状況を救ってくれたのだ。タダというのは後味が悪すぎる。レンは何とか感謝の印を示したいと言うが、青年の答えは変わらなかった。


「じゃあ、今度迷宮で使うアイテムが必要になったら買いに来てください」


 笑顔でそう言う青年に負けて、レンは強く頷きながら「必ず買いに来る」と約束して店を出た。


 店を出たレンは修理された剣の性能が気になり過ぎて、その足で都市南側にある大迷宮の入場手続きをして試し斬りを行うことに。


 苦戦していた3階層まで向かい、剣を試すと以前と比べてまるで別物のような効果を発揮する。硬い甲羅を持った魔獣を一太刀で両断できるし、剣に纏わりつく炎で鬱陶しい蜘蛛型魔獣の糸も簡単に燃やし斬る事ができたのだ。


 修理された剣はまさに完璧だった。


 まさに「剣の切れ味と炎の効果で魔獣をラクラク殺害できちゃうゾ!」である。購入時にレンが抱いていたイメージ通りの代物になったと言えるだろう。


 レンは地上に戻って、準備を済ませると翌日に再び大迷宮へと潜った。そして今度こそ、彼は想定していた通りの10階層まで辿り着くことができたのだ。 


「俺もここでやっていける! やっていけるぞぉ!」


 喜びの声を上げながら魔獣を屠り、大量の戦利品となる素材を持って地上へと帰還。大迷宮の入場管理を行い、同時に冒険者の管理組合となる冒険者ギルドへ戻って戦利品を金銭に換金することに。


「レンさん、順調ですね。最初の日はダメだ~とか言ってませんでした?」


 戦利品の清算中、栗色の長い髪を後ろで束ねた女性職員に笑顔でそう言われた。大迷宮と隣り合わせで生きるクレントの住人にとっては、安定した戦果を挙げてくれる冒険者は大歓迎といったところだろう。


 彼のような人物が大迷宮の中で活発に活動してくれれば氾濫の恐れも少なくなるし、持って帰ってきた戦利品で都市が潤うのだから。


「実は不良品の剣を掴まされてしまったみたいで。でも、一人の青年が俺を救ってくれたんだ!」


 レンは喜びの声を上げながら高らかにそう言った。窮地を救ってくれた青年に何度礼を言っても尽きない、と。


 ただ、ギルドの女性職員はレンが「青年」と口にしたのを聞いて「ああ~」と何か合点がいったようなリアクションを返す。


「それってウィッチクラフトのクルツ君ですよね?」


「え? 名前までは知らないけど……。金髪の優しそうな青年だったな」


 レンは脳裏に青年――クルツの容姿を思い浮べた。中性的な顔の造りとのんびりとした優しい笑顔も相まって、相手の警戒心を一気に解いてしまうような独特の雰囲気がある。


「それがクルツ君です。彼はこの都市で一番の魔導師ですよ」


「一番の?」


 一番、と聞かされてレンは首を傾げた。


 メインストリートに並ぶ店は他領地にも支店を持つ老舗商店や新規精鋭の貴族が出資する小奇麗な商店ばかりが並んでいる。この大きな都市で一番の実力を持っているならば、どうして目立つメインストリート沿いに店を構えていないのだろうか。


「そこは事情がありまして……。まぁ、とにかく彼の腕が一番なのは確かですね。彼の事を知る人は全員揃って彼の名を挙げますよ」


 ギルドの女性職員はニコリと笑いながらそう告げる。同時に疑うような視線を向けるレンに向かって彼女は内心で呟いた。


 なんたって彼は――大魔導師クレア・ベルンハルトの弟子なのだから、と。

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