第17話 魔石加工術 2


「まぁ、とにかく練習すれば誰にもできる技術なんだ。師匠から最初に教わったのは薬草に魔力を与える活性術でね。これは別の素材にも応用できるからって」


 大魔導師式における基礎の基礎、これが扱えなければ大魔導師式を学んでもほぼ意味がない。それほどまでに基本的な事であり、重要な事であるとクルツは語った。


「細かく形を整えるのであれば外殻をヤスリ革で削る必要があるけど、二つの魔石を合成する時や大きく外殻を加工したい時は有用だね」


 魔石に関してはデリケートな形の調整もあるので全部が全部この方法を使えるというわけじゃない。以前、クルツが修理したエコーの杖と同じように。


 だが、複合属性を作る時には必ず使う技術であるし、先に語った素材に魔力を与えるという件にも共通する技術だ。


 クルツはまずは単一の魔石で練習して、魔核を自壊させない事を目指すべきだと言った。 


「僕の手を見ててね? 片手では風属性、もう片方の手からは純粋な魔力を放出するよ」


 クルツは魔石の入った箱から小ぶりの風属性魔石を取り出してテーブルに置いた。


 そして、左手からは緑色の魔力が放出され、右手からは虹色の魔力が放出させて見せる。緑が風属性、虹色が無属性扱いでもある純粋な魔力だ。


 感覚的には両手別々の動きをしてみせたり、両手に持ったペンで別々の文字を書ける人間に近い。魔力操作技術に対して器用な人間と言うべきだろうか。


 言うのは簡単だが、相当難しい芸当だ。特に一つの技術を体得して成熟してしまった大人が改めて行うと難しいと感じてしまう。


 しかも、これで完成じゃない。クルツのように複合属性を生成するのであれば、両手からそれぞれの属性魔力と無属性魔力を瞬時に切り替えながら作業せねばならないのだ。


 最初に複合属性魔石を完成させた時、彼の手から虹色の魔力光が見えていたのはそのせいである。彼は息を吸うように各属性の魔力を瞬時に切り替えているのだ。


「左手に風……。右手で無属性……」


 ルカも同じように小ぶりの風属性魔石で試してみることに。


 彼女が得意とするのは『火』と『水』だった。他の属性は不得意と診断され、アカデミーでは不得意属性は切り捨てろと教わる。


 その理由は「君が使えなくても別の者が使えるし、君が不得意な属性は別の者に任せれば良い」と、組織的な考えを持っているからだろう。


 ただ、この考えが悪いわけじゃない。魔導師の分母数を増やす事や分業制にして雇用率を上げたりとメリットは多い。あくまでも個人としてのスペシャリストか、それとも組織的に成り立たせるかといった考えの違いだろう。


「ううん、難しい!」


 ルカもその一人だ。故に不得意と診断された風属性の制御が上手くいかない。魔石の外殻がぐにゃりと粘土化したものの、勢いが強すぎて魔核を魔力で覆えず自壊させてしまった。


「ちょっとずつ練習すれば良いと思うよ」


「そうね。でも、アカデミーにいる人達には難しそうだわ。特に卒業して自立している人には受け入れられにくそうね」


 人は楽を覚えたらそちらの道に行ってしまう。特に今のアカデミーではそういった風潮が強い。


 話を聞いたクルツは「ううん」と悩み始め、実は……と語り始めた。


「実はね、この技術を魔導具化しようとしている人がいるんだ」


「え?」


 それはクレア様じゃなくて? とルカが問うとクルツは「違うよ」と首を振った。


「この都市にいる錬金術師の人なんだ。マイナーな素材を扱う人でね、僕もお世話になった事があるんだけど――」


「え? え? ちょっと待って!? クレア様以外の人でこの方法を思いついて、魔導具化させようとしていた人がいるの!?」


 話を遮って驚きの声を上げるルカ。だが、彼女の驚きも当然だ。


 技術の1つであるものの、大魔導師と同じ発想を思いついてそれを魔導具によるオートメーション化させようとした人物が王都以外に存在すると思ってもいなかったのだろう。


 技術が集約され、新しい技術の誕生は王都が一番早い。そう感じてしまうのは、やはりアカデミーが王都にあるからだ。加えて、ルカはアカデミーが大魔導師から得た技術を実用化させているという事実を知っているから猶更だろう。


「うん。この都市にいるよ。アーバンさんって人なんだけどね。理論を完成させて実用化に向けた研究をしているんだけど……」


 そこまで言ってクルツは苦笑いを浮かべた。


「研究成果をアカデミーに審査してもらったら断られちゃったんだって。現実性がないって」


「はぁぁぁ!?」


 ルカはクルツの話を聞き、何を馬鹿なと大きな声を上げた。


 現実性が無いと断られるなんて馬鹿な話だ。現に目の前にいるクルツが現実にしているし、そもそもアカデミーでは複合属性の人工魔石生成に向けて動き出しているじゃないか。


「あっ」


 そこでルカは気付いてしまった。まさか、と脳裏に嫌な予感が浮かぶ。


「その人が研究成果をアカデミーに審査申請したのっていつ頃か分かる?」


「え? んー……。2年前くらいかな?」


 クルツの答えを聞き、ルカの脳内ではパチリとパズルが完成されるような感覚が走った。


 彼女がアカデミーで『複合属性を持つ人工魔石の開発』が行われ始めたと噂を聞いたのが2年前。もしかしたら、アカデミーはアーバンから技術を奪ったのではないか、と嫌でも思ってしまう。


「その人はまだ都市にいるの?」


「うん。まだ複合属性人工魔石を作る研究を続けているよ」


 クルツ曰く、アーバン氏はまだ自身の店にある研究室で複合属性人工魔石の製作と量産方法について研究を続けているらしい。


 それを聞いたルカはホッと胸を撫でおろすと同時に王女としての責務を果たすべきだと決意した。


「クルツ、申し訳ないけど今からアーバンさんのところへ案内してくれないかしら?」


「え? うん、いいよ」


 今日の予定を全て白紙にしても、ルカは今日中にアーバンの元へ向かう事を優先した。もしも、彼女の予想が正しければ大問題となる。


 傷が浅い方が良いと、彼女は小さく呟きながら2階に上がって外出の準備に取り掛かった。

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