第18話 錬金術師:アーバン


 アーバンの店はメインストリートを西に向かい、中央十字路付近の裏路地に存在する。


 クルツの家であるウィッチクラフト同様、日陰の多い裏手通りでひっそりと経営している小さな店だ。


 ただ、メインストリート沿いにある大手商会では扱わないようなマイナーな素材や魔法物質、顧客の要望を聞いて特定の魔法物質を生成するなど大手には無い細やかなサービスをしてくれる。


 どちらかというと中堅の個人経営魔導具店や鍛冶師、家具屋などの中堅業者に頼られる店といったところだろうか。店の経営と同時に研究を行っていることから、そこそこの稼ぎはあると思われる。


 クルツとアーバンの間柄としては、近所の知り合いといったところ。たまにギルドで顔を合わせれば世間話をしたり、買い物途中で会えば「今こんな研究をしている」と話し合うような仲だ。


 加えて、アーバンは大魔導師の存在を知りつつも、大魔導師という存在にあまり興味がない人物だ。大魔導師やクルツという存在を知っていながらも決して助言は求めない。


 大魔導師に頼らず、彼自身の理論を展開して独自の研究を行ってきた事から大魔導師クレアからの評判も良い。


 クレア曰く「よき研究者」らしい。独自の理論と持論を証明すべく、試行錯誤を繰り返しながら邁進する姿勢が高評価なのだろう。


「ここだよ」


 ルカは案内された店の正面に立ち、店の外観を見渡した。


 レンガ造りの古い一軒家といった外観で、屋根には小さな煙突が生えていた。煙突からは灰色の煙がモクモクと空に向かって立ち上り、外壁は所々ヒビが入って年季を感じさせる。


 少し汚れたガラス窓から見える店内には瓶に入った薬品が棚に並んでいるのが見えていて、奥にあるカウンターに人の姿は無かった。


「クルツ、アーバンさんには私が王女という事を伏せておいてくれる?」


 ルカは自分を『王都アカデミーから来た視察』と身分を偽ってほしいとクルツに伝え、頭に乗せた帽子を整えながら胸ポケットに挿していた伊達メガネを掛けて簡単な変装を行った。


 彼女が王女と分かっては相手も気を使って本音を話してくれないと思ったからだ。


「うん。わかったよ」


 了承したクルツはジジに店の前で待つよう言って、ルカと共に店の中へ入って行く。


 クルツの店と違ってドアには来客を告げるベルは取り付けられておらず、客が声を掛けるまで本人は気付かないような店だ。商品である薬品や素材などが棚に置かれているので少々不用心な印象を受ける。


 店の奥からは煙のような匂いが漂ってきていて、商品棚のある場所にまで匂いが充満していた。思わずルカは上着として着ていたカーディガンの袖で鼻を覆う。


「アーバンさん! いますか!」


 クルツは特に匂いを気にしていないようだ。彼はカウンターへ前のめりになりながら奥の部屋に向かって店主の名を叫ぶ。


「はいはい……。と、クルツ君じゃないか」


 奥からやって来たのは白衣を着た40代の男性。無精ヒゲが生え、伸びに伸びた髪はボサボサ。白衣の下はグレーのシャツに茶のズボン、足元はサンダルといった格好である。


 まったく自分の容姿など気にしないといった感じの中年男性だ。


「アーバンさんとお話したいって方を連れてきました」


「私と?」


 一体誰だ? とばかりに疑問符を浮かべるアーバンはクルツの後ろにいた女性に目を向けた。


「こんにちは、アーバンさん。私は王立魔導アカデミーから参りました」


 ルカが一歩前に出て、クルツの横に並ぶ。人当りのよい笑顔を浮かべながら偽りの身分を口にした。


「そりゃあ、遥々ご苦労様です。しかし、どうしてアカデミーの人が?」


 アカデミーから来たと聞いてもアーバンは態度を変えない。白衣のポケットに手を突っ込みながら「何しに来たの?」といった雰囲気を醸し出す。


「アーバンさんは複合属性人工魔石の製作研究をしているとお聞きしました。以前、アカデミーに研究成果を審査申請したようですが……」


 ルカが早速本題を切り出すと、アーバンは「ええ」と素直に頷いた。


「確かにしましたね。審査は却下でしたが」


「その後、研究はどうですか?」


「続けてますよ」


 クルツの言った通り、彼は実用性が無いと言われても独自の理論を証明しようと今も研究を続けているようだ。


 ルカはニコリと微笑んで「研究成果を見学できますか?」と問うとアーバンは「構いませんよ」と言って、二人を奥の研究室へ案内した。


「これは……」


 奥の研究室にあったのは巨大な魔導具の集合体だ。


 真ん中のにはガラスケースのような透明な箱があり、中には台座のような部分が2つ設置されて隣接している。透明な箱の両サイドにはゴム製のチューブが伸びて、別の魔導具と思われる金属製の箱へと繋がっていた。


 大きいと感じる理由はこの両サイドにある金属製の箱を持った魔導具だ。金属製の箱にはレバーが付いていて、箱を持ち上げている木造の四脚もかなり太い。


 更にこれら2台の魔導具は数本の銅の針金線を束ねた捻じれ線で別の魔導具へと繋がっていた。そちらは床に置かれた長方形型の魔導具でレバーしか取り付けられていないシンプルな物であった。


「まだ試作機ですが、これが複合属性人工魔石を生成する魔導具です」


 最早、魔導具を通り越して魔導設備とも言えるような巨体をアーバンは説明し始めた。


 まず、彼は真ん中のガラスケースを外して左の台座に火の魔石を、右の台座に風の魔石を置く。台座と台座の間には極僅かな隙間しかなく、セットされた2つの魔石は接触しそうなほどの距離感だ。


「台座に置いたら粘度を高めた魔力水で魔石を覆います」


 粘度を高めた魔力水はジェル状のようになっており、魔石の表面を覆いながら台座の下に滴った。台座の下には窪みがあって、そこに流れ込む事で魔石全体が魔力水で覆われる仕組みのようだ。


 ガラスケースを閉め、次はガラスケースと繋がった金属製の箱についたレバーへと手を伸ばす。


 レバーを下ろすと箱の前面がパカリと開いた。中にはハンマーのような物が取り付けられており、細かなガラス片のような物が散らばっている。


「次にこの箱の中へセットした魔石の反属性であるクズ魔石を投入します」


 アーバンは床にあった麻袋を開け、中にあった小さなスコップで中身を掬う。スコップで掬った大量のクズ魔石――小石程度の大きさである極小の魔石――をハンマーの真下にある受け皿へ流し込む。 


 左に水のクズ魔石。右に土のクズ魔石をセットして、箱のレバーを上げて前面を閉めた。


「たった今セットしたクズ魔石をこの魔導具で破壊します。外殻をハンマーで破壊し、大量投入したクズ魔石の魔核を敢えて自壊させる事で魔力を一気に放出させます」


 彼は金属製の箱を指差し、そこからゴムチューブへと指をズラしていく。


「放出した魔力をガラスケースへ流し込み、魔石を覆う魔力水へと付着させる。すると、大量の属性魔力を一気に受けた魔力水は魔力を吸収して属性を含みます。属性魔力水となった事で接着している魔石の外殻を中和するのです」


 両サイドから放出された属性魔力が魔力水に溶け込み、魔力水は属性の力を持った魔力水へと変異する。その変異した魔力水が魔石の外殻を溶かして、2つの魔石が自然に融合するという仕組みらしい。


 彼の理論は確かに事前に見たクルツの方法に通ずるものがある。クルツは素材など使用せず魔力のみでやっていたが、彼は現代の錬金術師らしく魔法物質の力を借りて現実にしようとしているようだ。


「その金属製の箱に投入するのはクズ魔石限定ですか?」


「大きさは問いません。極論言えば一定量の魔力放出が起きれば良いのです。ただ、クズ魔石は安くて量を揃えても金額が安いのでそちらを利用しています」


 ある程度の大きさであったり、形が良い物、売り物として成形されている魔石はそれなりに値段が張る。


 対し、クズ魔石と呼ばれる小石程度の物や形が悪い物は売れ残る傾向が強いのであまり店では取り扱っていない。売り物にならないので「クズ魔石」と呼ばれ、値段も捨て値同然。


 しかし、クズ魔石であっても魔石には変わらない。魔導具店で売っているような魔石でも可能だが、現状の実験コストを考えるならばクズ魔石を大量に使った方が安いようだ。


 アーバンは冒険者ギルドからクズ魔石を直接購入して研究の材料にしていると付け加えた。


「さて、起動しましょう」


 アーバンは二人に「危ないので少し離れて下さい」と注意を口にする。クルツとルカが十分離れたのを確認すると、金属製の箱を持つ2台の魔導具と捻じり銅線で繋がる魔導具のレバーを倒す。 


 レバーを倒した瞬間、床に置かれた魔導具から「ヴォンヴォン」と独特な稼働音が鳴り響く。数秒後、2台の金属製箱の中からハンマーがクズ魔石を粉砕する音が鳴り響いた。


 稼働音はかなり大きい。クルツとルカが耳を塞ぐほどで、近所迷惑もいいところだ。


 ガシャン、ガシャンとガラスを割るような破砕音がしばらく続き、それが終わると今度は大量の風が吹き込む音が鳴る。


 金属製の箱から噴き出された大量かつ強力な風が、中央のガラスケース内に破砕された魔石の外殻片と共に魔力を吹き込む。ジェルで覆われた魔石は外殻片と共に属性を含む魔力を浴び始めた。


「あっ」


 ルカが中央のガラスケースを注視しているとジェルで覆われた魔石の外殻がぐにゃりと変化するのが見えた。風の当たる外側から徐々に形を変え、台座の上で歪な形へと姿を変えていく。


 噴き出す風が完全に停止しても魔石の変化は止まらない。形を変えていく魔石はお互いを吸着し合うような動きを見せて2つの魔石が歪ながらも1つになった。


「これで完成です。今のところは」


 魔導具の稼働を停止したアーバンが中央のガラスケースを開けて中身を取り出した。


 2つの魔石は確かにくっついている。だが、形がかなり歪だ。


 側面同士がくっつきあって『∞』のような形で融合しており、現在の状態では半融合と言うべきか。


 クルツが見せたような綺麗な丸型にはなっていないし、真ん中で融合はしているものの両側面は尖ったりへこんだりと形が歪である。


 加えて、魔石内部には魔核が2つあった。


「魔核が2つ内部に存在しますよね? これだと魔力の放出がかなり不安定なんです。雷の属性を発しますが、かなり効果は短くて小さい。融合させる際にあと一歩足りないんですよ」


 1つの外殻内に魔核が2つ。これによって魔核同士が反発しあって魔石としての出力が安定しない。一度、限られる予算内で魔力の放出量を増やして実験もしたが結果は変わらなかったと付け加える。


 現実問題として魔導具としても大型であるし、作業には複数の魔導具を連結させて行わなければならない。結果、完成までの時間、コスト……全てがまだまだである。


 しかし、現状使っている魔導具の改善と魔石の外殻が溶けた後、あと一つ要素を加えれば完成に近づくはずだとアーバンは語った。


 出来上がった魔石の魔力放出が不安定な原因は「魔核同士が完全に融合していない」のが原因なのだと、既に完成品を目にしているルカは察する事ができた。


 だが、それでも素晴らしい魔導具だ。彼の言う通り、もっと突き詰めれば複合属性人工魔石を量産できる可能性は十分に秘めているだろう。


「これだけでも十分に素晴らしい成果だと思いますが……。この魔導具はアカデミーに見せたのですか?」


「ええ。一つ前の試作機ですが見せましたよ。理論のレポートと設計図も」


「当時、成果を見せた者の名前は覚えていますか?」   


「確か……。フリードマン伯爵だったような」


 アーバンにいくつか質問したルカは「フリードマン」の名を聞くと小さな声で「やっぱり」と呟いた。  


「そうですか。ありがとうございます。こちらの研究成果を再度アカデミーに伝えさせて頂いても?」


「え? もう一度審査してくれるんですか? 前に見せた時は実用性が無いのでもう審査できないと言われましたが」


 アーバンの言葉を聞いてルカは思わず「嘘でしょ!?」と叫びそうになった。同時にフリードマンへの怒りがふつふつと沸いていく。


 王立魔導アカデミーは地方に住む技術者から技術を募集し、有用であれば技術を認めて実用化に向けての支援を行う。王都に招く事もあれば、地方で研究を続けてもらうために出資したりと支援の形は様々だ。


 事前の書類審査はあるものの、申請回数に制限など無い。イタズラ目的ならまだしも、アーバンのような錬金術師に対して二度と審査はしないなどと言うはずがない。というよりも、前回の時点で王都に招かれていてもおかしくはないのだ。


「少し時間は頂きますが、私の権限で審査させます。安心して下さいね」


 ルカは内に沸く怒りを抑えながら精一杯表情を作って告げた。クルツに「行きましょう」と促し、アーバンに礼を告げてから店を出た。


 しばし道を歩き、アーバンの店から遠ざかったところで――


「もう! もうっ!!」


 何度も地団駄を踏みながら、内に秘めていた怒りを露わにする。


「ど、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないわ! あのクソジジイ!!」


 王女らしからぬ声と言葉を口にして、ルカは怒りに満ちた目をクルツに向ける。


「帰ったらすぐにお父様へ手紙を書くわ! それとクレント卿にも知らせないと!」


「え、あ、うん。便箋を用意するね……」


 ずんずんと大股で歩いて行くルカ。クルツは困った顔を浮かべながら彼女の後を追った。

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